028 渡る世間はカネばかり

 ジェドラ、ファーナス、アルフォードの『三商会盟約』が成立し、王都ギルドにアルフォード商会が加入する。話だけ聞けば地方商会がいよいよ王都メジャーデビューとなるのだろうが、不確定要素が数多くあり、一筋縄にはいかないだろう。


 まず、王都ギルドの勢力図だ。王都ギルド二位のジェドラと四位のファーナスが手を結んでいるのは、『ガリバー』に対抗するためだと推察される。それが理由で地方商会アルフォードを入れて自陣営に引き込む戦略を立てた。逆に言えば三商会合わせても『ガリバー』の方が上であろうことは容易に想像が付く。


 では『ガリバー』とはどこか。言うまでもなく序列一位のフェレット商会のはず。それ以外には考えられない。つまり我が商会、といより俺が三商会盟約を交わした事により、自動的にフェレットは敵対勢力となるわけだ。


 俺は王都商人の実情を全く知らない。どうしてそのような勢力争いになったのかという基本的な知識がない。俺が現実世界に帰るために必要な情報でないのは明らかだし、知る気もなかった。俺はアルフォード商会の伸長をサポートするが、それは野心からではなく、世話になったアルフォード家への義理返しでしかない。


 しかしこうなってくると、知らぬ存ぜぬでは通らないだろう。俺が大きく関わってしまった以上、それは無理だ。だから俺は自分の帰還ミッションに加え、アルフォード商会の今後の振る舞いについて、様々な形で関わらざる得ない。これは現実世界に帰るまでの間、俺の大きな仕事になることは間違いなさそうだ。


 一方、俺の命を狙うワロスの件。エッペル親父から買ったワロス情報によると、フルネームがリヘエ・ワロスという、これまたフザけた名前であることが判明した。年齢は五十四歳。妻は既に他界したとの事で、気の毒だがそれは世の常、仕方がない。一人娘が居るらしい。


 このリヘエ・ワロスは金貸し屋「信用のワロス」を営んでおり、貸出量は資料内の数字を計算すると七〇〇〇万ラントくらい。資料外があったとしても一億ラントには届かない規模のようである。日本円換算三〇億円未満の貸金業者。これでもノルデンでは中堅規模の金貸し屋だという。


 この世界の貸金業界は俺が思った以上に脆弱のようだ。そりゃ、誰かが踏み倒してしまえば、カネの無くなった貸金業者が取引先に貸し出す訳がない。これが『焦げ付き』の大きな原因だ。ここに六〇〇億ラント規模の『金融ギルド』が登場すれば、業界に大激震が走ること間違いないだろう。


 結局、休みはこの二つの件で潰れてしまった。特にワロスの資料を読み解くのに半日かかったのが大きい。これでは正直ダンジョン攻略どころではない。というか、今の俺ではダンジョン攻略してもレベルが上がらないわけで、行くメリットは少なくなってしまったのだが。


(新しい休日の過ごし方について考えなければならんのかもなぁ)


俺は明日に備え、一杯のワインを飲み干して眠りについた。


 ――朝、鍛錬場に向かうといつもと様子が違っていた。同じ時間帯に稽古をしている生徒らの側から声をかけてきたのである。こんな事は初めてだ。


「俺、ジェファーソン。お前に賭けたよ」

「俺はタンデル。宜しくな」

「僕はフェリスティームだ。今まで挨拶できなくてゴメン」


 聞く所によると、彼らは皆、俺に賭けたそうである。理由は簡単で「厳しい鍛錬している俺が負けるわけない」と思ったからだそうだ。彼らが今まで声をかけてこなかったのは、練習時の雰囲気と叫び声が怖くて近寄れなかったとの話で、こちらとしては納得するしかない。


 朝の闘技場で鍛錬している者は、多くが騎士を目指している平民であり、基本的に特権階級である貴族に良い感情は持っていない。しかし平民とはいえ、彼らの多くは地主や官僚といった名士階級の子弟であり、俺と彼らの間にも身分差の壁というものがある。声がかけにくいという要因がここにもある。


 朝の鍛錬を終えて教室に入ると、やはりというか当たり前というか、険悪な視線に晒された。おそらくみんな負けているから当然か。俺は早々につき、隣席のフレディとリディアだけに聞こえるように囁いた。


「俺に賭けたか?」


 二人共コクリと頷いた。それ以上言わなくてもいい。言ったらスッた奴らに睨まれるだけだ。俺は先程と同じように囁いた。


「勝ったことは言わないほうがいいだろう」


 二人も分かっているようで、黙って首を縦に振った。すると俺の席の前の方から怒りの声が飛んできた。


「どうして空気を読まず負けねぇんだよ!」


 クソ舐めた論法を吐いてきたのはクリストフ・ベルトス・ディール。子爵家の三男。普通に家のお荷物。もちろんモブ。俺は立ち上がり、そのディールに近づいた。ポケットに手を突っ込んで睨んだら、少しギョッとしたようだったが、座ったまま俺に食って掛かってくる。


「平民が貴族に勝つなんてのは、あってはならん事なんだ。それをお前は!」


 実にバカ貴族らしい勝手な理屈だ。すると隣席の女子生徒が甲高い声で叫び声を上げた。


「あんないい加減な戦い方で勝つなんて、学園生徒としての誇りがないの!」


 ヒステリックに馬鹿げた論をブチ上げたのは、カタリナ・キャンディス・テナントという男爵息女。確か次女だ。家格資産容姿性格を考えれば将来は平民に嫁ぐ運命だよな、コイツ。続いて別の女子生徒も声を上げた。


「そうよ! 賭けた私のお金どうしてくれるのよ!」


 どストレートに喚いたのはインディラ・ジュザンヌ・フューリンデ。これも男爵息女、三女だ。面とオツムの悪さを考えれば平民嫁ぎコースだ。押し付けられるヤツは気の毒だがな。


 皆、一様に文句は言うが実力行使してくるヤツは誰もいない。おそらくは俺がそこそこ強いと思っているのだろう。光栄なことだ。ならば感謝を込めて礼を言わねばならん。


「先が見通せない自分の能の無さを誇ってどうする!」


 声のトーンを一段落とし、腹式呼吸で増幅させて教室に響かせた。空気はたちまちのうちに凍りつく。


「最初から負けると分かっている奴に賭けるのが貴族の誇りか? そりゃ誇りやのうて『チリ』じゃ!」

「この賭け、勝った貴族は何人もいるぜ! そいつら有能。負けたヤツ? タダのボンクラだ!」 


 敢えて言葉を荒げて言うと、最初俺を睨みつけていた視線は徐々に弱まる。最初に食って掛かってきたディールも、平民行き一号のテナントも、同じく二号のフューリンデも、さっきまでの威勢はなくなった。所詮負け犬、こんなものなのだ。ただ教室を見渡すと、本当に下を向いて俯いているヤツが何人もいる。相当堪えているな、これ。


「だったら、何で俺に勝敗を聞かなかったんだ。聞いてくれば教えてやったのに」


 俺が少しボリュームを落として呟くと、頭の悪そうな女子生徒フューリンデが言ってきた。


「だって、聞くまでもなかったもん」


 さっきまでとは打って変わってしおらしい。多分、魔法剣の話を聞いてドーベルウィンの勝ちだと思い込んだのだろう。俺は賭けた金額を聞いた。


「持ち金全額よ・・・・・」


 半分泣きそうな顔で呟いた。すると周りから次々と似たような告白が相次ぐ。いずれも相当額を賭けてスッたようだ。そのカネのほとんどは、俺とクリスと生徒会、あとアーサーとレティの手許に落ちているのだが、とてもじゃないが言えないし、言える訳がない。


 そしてディールが驚くべき事を口走る。


「絶対勝てると有り金全部に、親から借りた金も賭けたんだよ俺」


 はぁ? バカか君は!


「勝てばいいよ、勝てば。現金以上の勝ちが得られる。だが負けたらどうなる。ゼロじゃないんだ。借金というマイナスになるんだぞ! それをお前ときたら・・・・・」


 俺は額に手を当てた。ディールは俺の話に顔を下に向けてしまった。肩が震えている。多分、コイツこういう経験したことないな。バカな奴らだとは思っていたが、ここまでヘタレだとは思わなかった。最後まで立ち上がって戦おうとしたドーベルウィンの方がまだマシなんじゃないか、これ。


 周りを見るとうなだれる者、目に涙をためる者、頭を抱える者。貴族のプライドはどこへやら。皆、最初の威勢は雲散霧消してしまっている。同情する気は全く起こらないが、その姿があまりにも情けないので、俺はひと働きする気になってしまった。


「分かった。一度生徒会の方に救済策について聞いてきてやる。賭けたカネは戻っちゃこないが、カネの融通程度はできるはずだ」

「今回の決闘賭博で生徒会はテラ銭を得ている。濡れ手に粟なのは生徒会だ」


 俺の話にクラス内が一様に驚いている。そんなことも知らなかったのか君ら。そこに平民行き一号のテナントが聞いてきた。


「『テラ銭』って何?」


「博打の胴元が取る手数料の事だ、ピンハネとも言う。今回の決闘賭博で胴元となった生徒会には、そのテラ銭が一八〇〇万ラントくらい転がり込んでいる」


「一八〇〇万!」

「そんなに入っていたのか!」

「知らなかった」


 クラスがどよめいた。おそらくあまり聞いたことがない金額なのだろう。日本円換算五億四〇〇〇万。そんなカネがいきなり転がり込んでくる生徒会なんて現実世界にはないからな。


「その一八〇〇万は生徒会が労得ずして得たカネ。このカネを『緊急支援融資』として、一時的に生徒に貸すことなら可能じゃないか?」


「『緊急支援融資』!!」

「出れば助かる!」

「そんなことができるのか?」


 驚く生徒の問いに俺は答えた。


「やってみないとわからない。だが・・・・・」


やらない・・・・よりかは可能性がある」

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