027 三商会の盟約

 俺とファーナスが向かった先は、グラバーラス・ノルデン ――先日、アイリと使った王都最高級ホテルだった。王都ギルド序列二位であるジェドラ商会の当主ジェドラは、偶然にもそのとき俺とアイリがディナーをとったレストラン「レスティア・ザドレ」の個室で待っていたのである。


「やぁ、よく来てくれた」


 俺を見るなり白髪の男性が俺に近寄ってきて、握手を求めてきた。


「私はジェドラ商会のイルスムーラム・ジェドラだ。こっちが息子のウィルゴット」


 白髪の男性の横には銀髪をマッシュにした中肉中背の青年が頭を下げている。彼がジェドラ商会の跡取りなのだろう。


「グレン・アルフォードです、よろしく」


 俺は挨拶を返した。先日も使った個室。どうも俺はここに縁がありそうだ。そんなことを考えていると、ジェドラ父が立ち話もなんだからと、皆に椅子に座るよう促した。


「早速ですが・・・・・」


 ファーナスは先程、俺が話したプランをジェドラ親子に説明しだした。父親の方は前のめりに話を聞いていたが、息子の方は意味が分かっていないのか、反応がイマイチのように見える。


「それで君はどれほどの額を用意しようと」


 話を聞き終えたジェドラ父は、おもむろに尋ねてきた。よしと思い、俺は敢えて静かに言う。


「アルフォード商会で一五〇億ラント」


「ひ、一五〇億!」


 いきなりジェドラ息子が立ち上がった。ジェドラ父とファーナスは黙って俺の方を見ている。


「グレン・アルフォードで一五〇億ラント」


「計三〇〇億・・・・・ラントか・・・・・」


 ジェドラ父の言葉が続かなかった。若旦那ファーナスの顔を見ると硬直している。日本円換算九〇〇〇億を一学生がポンと出す、なんてのは普通あり得ない事だからな。夢物語も大概にしろと言われても仕方がない。


「そこを第一弾としてスタートしてはと」


 俺は敢えて涼しげに続ける。そうすることでこちらに余裕があるように見せるのだ。これにはジェドラ息子が参ったようで、「続きがあるのか」と呟きながら、崩れるように椅子に座った。すると、固まっていたファーナスが口を開く。


「素直に驚いた。まさかこれほどの金額を用意してくる上に、次の策があるとは」

「すまん。学生だからと君を少し甘く見ていたようだ」


 頭を下げてくるファーナスに俺は恐縮した。累計人生半世紀なんで、学生身分云々は気にしなくても、と。暫しの沈黙の後、白髪の男・ジェドラ父が口を開いた。


「この話、アルフォード家のみに資金を出してもらう話にするのは勿体ないと思う」


 !!! ジェドラ父の顔をまじまじと見た。彫りの深いシワは豊富な人生経験を表しているように見える。この顔、何か考えているな。そう思っていると、ジェドラ父は一息ついて言った。


「どうだ、ファーナス君。ここは我々もアルフォード商会と同じ額を出資しようじゃないか」


 なんと! これには俺も驚いた。俺のカネの管理を委託するつもりだけ・・だった話に、ジェドラが出資すると言い出したのだ。この提案にファーナスはしばらく考えこんでいたが、腹を決めたようで、力強く言った。


「我がファーナス商会も出資しましょう。ジェドラさんとウチがそれぞれ一五〇億ラントずつ。アルフォード家と合わせ計六〇〇億ラントで」


「おう、やろう。これは大きな仕事ヤマになるぞ!」


 ジェドラ父は息巻いた。目がギラギラしているのがわかる。どひゃー! 日本円換算一兆八〇〇〇億円。多分ノルデン王国始まって以来の巨額基金ファンドなんじゃないかこれ。もしかしたら俺は大変なものに火を付けてしまったのかもしれない。ジェドラ父は続けた。


「グレン君の持ってきた案を新たに作ったギルドで行う事とし、そこにアルフォード商会とグレン君、そして我々が等分出資して、この資金を基礎としてギルドを運営する」


「我々と友好関係にある商会有志にも出資を募り、更に資金を強化することができますね」


 ファーナスが続ける。「友好関係」という言葉が引っかかる。普通に考えれば友好でない商会も存在するということになる訳で、すなわち敵対関係になりうる、あるいは既になっている商会ところがあるとを示唆している可能性が高い。だが俺は王都事情に詳しくない。よって、話の推移を黙って見ることにした。


「出資した商会は新たに設立するギルド、仮に『金融ギルド』とでも言おうか。その金融ギルドから借りた貸金業者から優先的に融資を受けられるようする権利を我々の取引先に付与することで『焦げ付き』を無くすことができる」


「商会と取引先、相互の関係性も強化できますし、より戦略的な展開を見通せますね」


「これだけの資金を持つギルドの創設だ。運営は我々ではなく、経験豊富な貸金業者の者に任せた方がいいだろうな」


 ジェドラ父とファーナスは共に盛り上がっている。年商の二割に達する『焦げ付き』対策ができるというのは、やはり商会を運営する人間にとっては魅力的な話だったようだ。カネを得る為にはカネを使わなければならない。今回の話はまさにそれである。

 

 一方、ジェドラ息子は空気となっていた。まず話についていっていない。彼はまだ商会運営の中枢に立っていないと思われる。そんなジェドラ息子を尻目に、話を主導する若旦那ファーナスがジェドラ父に尋ねた。


「誰にギルドを任せられるとお考えか?」


「ラムセスタ・シアール」


「シアール信用の?」


 ラムセスタ・シアール。何者だ? 俺は口を開いた。


「ラムセスタ・シアール氏とは一体・・・・・」


 するとファーナスが答えてくれた。貸金業者の大立者らしい。長年、貸金業界に身を置いて表も裏も知る男とのこと。ジェドラ父が補足してくれる。


「シアールは以前、似たような構想をワシに話してくれた事があったのだ。ヤツなら必ずこの話に乗ってくるはず。それに・・・・・」


「それに?」


 そのシアールの後ろに何かあるのか?


「シアールが我々のギルドの責任者になったら、カジノ界隈が困るだろうな」


 カジノだと。カジノとシアールを結ぶ線。カジノに金貸しはつきものだが・・・・・


「ガリバーが地団太を踏みそうですな」


「一石二鳥ということだ」


 ファーナスとジェドラはお互い顔を突き合わせて頷いている。ガリバーねぇ。この場合の「ガリバー」とは大きいという意味だろうから、該当する所は・・・・・ 一つしかないんだが。そんなことを考えているとジェドラ父から依頼が声がかかった。


「ところでグレン君。これを機に実家のアルフォード商会に王都ギルドへの加盟を促してくれまいか?」


「実はグレン君の側から話があった時、この話をしようと思ったのだが、君の話がデカ過ぎて・・・・・」


「いや、新たなギルド創設と王都ギルドの加盟が組み合わされる事によって、我々とのよしみが結べるというもの」


 誼とは一体なんなんだ? ジェドラとファーナスはかなり早い段階からアルフォード商会と『誼』を結びたいと考えていたようだ。そこに俺が自分から飛び込んだ形となってしまったということか。だったら飛んで火に入る夏の虫とはこの俺だ。いずれこうなる定めであるのなら、俺は喜んで火に入ろうではないか。


「王都ギルドへの加盟の件、既にザルツより一任されているので話を進めて下さい」


「なんと!」


 ジェドラ父とファーナスは顔を向き合わせた。実はファーナスとの会合話を依頼した際にモンセルに早馬を飛ばして、ザルツに王都との取引については一任を取り付けていたのだ。俺の権限はおそらく二者が思っているより遥かに強い。


「グレン君は単なる学生ではなかったということだな」


「実は君が学園に入学した時、変わり種がいると王都ギルドで話題になってな。それで、君に地方で急進しているアルフォード商会への取り付けを依頼しようという話になったのだ」


「最近ではモンセル以外にセシメルやムファスタにまで勢力を伸ばしているアルフォード商会に王都ギルド加入の推薦を出せば大きな話になると思っていたのだが・・・・・ 君の話の前にはどうにも霞む」


 ジェドラ父とファーナスは苦笑していた。いやいや我が商会にとっては王都ギルド加盟の方が大きなニュースだぞ、と思ったが、それを言ったら嫌味になりそうなので止めておいた。しかしセシメルやムファスタ。ノルデン王国第四、第五の都市だが、ここの攻略を進めておいて良かった。


 俺が学園に入る前、最後の仕事として地方都市侵攻戦略を献策した。この尖兵になったのはジェラルドとホイスナー。両人ともモンセルで独立した商会を営んでいたが、店を畳みウチの傘下に入った。彼らの活躍によってジェドラ父の目にアルフォード商会が留まるとなったなら、頑張って二人を口説いた甲斐があったというものだ。


「我がアルフォード商会の王都ギルドへの加盟と新たなギルドの創設。どちらを先にすべきか考えなければなりませんな」


 俺は今後のスケジュールについて問う。するとジェドラ父は王都ギルド加盟の方が先だと指摘した。理由は、先に『金融ギルド』を設立すれば、アルフォード商会の王都ギルド加入を阻止される可能性があるとのことで、やはり敵対勢力の存在を示唆する内容である。一通りの説明した後、ジェドラ父は息子を見て言った。


「ウィルゴット。これで分かっただろ。お前はまだまだこれからだ。今後は我々の連絡役になりながら修行を積むように。皆さん、ここは一つ、息子にご指導ご教示を賜りたい」


 ジェドラ父は息子に諭し、俺とファーナスに頭を下げた。どうもこの父は煮え切らない息子に苛立っているようだ。中々のやり手のようだし当然か。しかしウチとこ・・・・の祐介も似たような感じな訳で、やはり子育ては難しい。これを佳奈に見せて、意見を聞いてみたい。


 この会合でアルフォード商会の王都ギルド加盟推進とジェドラ商会、ファーナス商会、そしてアルフォード商会の三商会の盟約。そして俺の話から始まった三商会が出資する新たなギルドの創設という三つの方針が決まった。俺にとっては全く予想外の、とんでもない、意義深い一日となった。

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