030 生徒会執行部

 三限目が終わった後、生徒会室にやってきた。今日に限ってだが、生徒会室の使用許可を得たからである。また、来る途中でバッタリ会ったクルトに助勢を頼み、放課後加勢してもらうことになった。貴族ではないクルトは、対貴族貸付である今回の件には適任。生徒会みたいな敵地みたいなところでは、単独よりも味方がいた方がいいだろう。


 誰もいない生徒会室に陣取ると、まず魔装具でアッシュド・ファーナスと連絡を取った。今まで魔装具は取引ギルドの連絡のみで使っていたのだが、王都内では魔装具同士の連絡を取るのが可能だと若旦那ファーナスが教えてくれたのだ。トランシーバーだと思っていた道具が携帯に進化した訳で、これは非常にありがたい。


「まいど!」


 商人式挨拶を交わすと、ファーナスは興奮気味に話し始める。先日の議題『金融ギルド』の件で、今日の午前中に貸金業者の大物ラムセスタ・シアールと初会合があり、好感触を得たとの事だった。シアールは貸金業者を畳んで『金融ギルド』の責任者となっても良い、というぐらい前のめりだったらしい。


 更には自身を含めた貸金業者からの出資も募り、『金融ギルド』の資本力を更に強めるべきとの提言まであったとのことで、これにはジェドラ父、イルスムーラム・ジェドラも大喜びだったそうである。シアールは『金融ギルド』の話を詰めたら俺と会いたい旨の話も出たそうで、貸金業界の大物は本気だと見るべきなのだろう。


「いくつかの親しい中小商会にも話を振ってるんだが、感触が非常にいい。みんな出資したがっている。これは一〇〇〇億ラントの大台に乗るかもしれんな」


 明らかに声色のいいファーナスの言葉に、俺は内心やりすぎたかもな、と思った。テンション上がりすぎだろ。みんな落ち着こうぜ、と思ったが発案した本人が言っても説得力がないだろうから諦める事にした。代わりに学園生徒会の『緊急支援貸付』の件を話し、助力を頼んだ。


「つまりは君がお金を出し、そのお金で生徒会に融資をという話だな」


「その間に介在する貸金業者を紹介して欲しいんですよ」


 生徒会が生徒に貸付する資金。これを俺が貸し付ける訳ではなく、業者が貸し付け、その業者に俺が無償融資する形にするというのが俺の案だ。俺が一括して貸金業者にカネを預け、生徒会は一〇〇〇万ラント単位で貸金業者から貸付を受ける。これによって、回収にかかる煩雑な業務は生徒会と業者に一任、俺は業者からカネを返還してもらうだけだ。


「分かった。で、どれぐらいの資金を出す」


「まずは一億ラント」


「一億ラント! そんな規模で! 君にはいつも驚かされる」


「残額五〇〇〇万ラントを切ったら、五〇〇〇万ラントを追加する」


「ほぅ。なるほど」

「妙手だな。受ける金融業者もメリットが大きいだろう。リスクもない」


 若旦那は俺のニュアンスに気付いたようだった。流石は四大ギルドの当主。ファーナスはジアールと友誼が持てたので早速業者を紹介してもらうようにする、と案件を快諾してくれた。


 ――放課後、生徒会室に生徒会のメンバーが集まってきた。生徒会は役員と執行部員がおり、執行部員は自薦のみで入ることができるらしい。現実世界のクラブ活動に近いようだ。一方、役員は任期一年。執行部員経験者の中から選ばれるとのことで、選任方法は前任者からの指名であったり、執行部員間の投票であったりするそうな。


 役員の構成は、会長、副会長、執行主務、代表幹事、会計主査、書記長の六役構成。後、各学年の学年代表が加わる。会長職の人間が他の役員を任命したり、執行部員間の互選であったりと、これも様々のようである。生徒会メンバーは嫡嗣外の子爵男爵クラスの子弟及び平民で、目指すは宮廷官僚であることは聞くまでもない。


 今回、俺が生徒会側に要求したのはいわゆる「念写能力」を持つ人材の確保だった。コピーのないこの世界では、文書の複製はなんと念写という「魔法」を使う。最初知ったとき、なんという超常現象だと思ったが、今回のような大量の複製が必要なときには必要不可欠の人材だ。


 流れとしては俺が作った文書を精査し、清書要員が清書を行う。その後、清書の確認を行ってから念写要員が複製するという流れ。清書は書記長、念写は執行主務が中心となるそうだ。そうこうしている間にクルトが来てくれたので、俺の隣に座ってもらった。妙な空気が漂っている中、事情も知らないクルトは居心地が悪そうだったが、こればかりはしょうがないので諦めた。


 俺と『緊急支援貸付』について協議するのは会長のトーリス、副会長のアークケネッシュ、そしてエクスターナと名乗る代表幹事の男子生徒の三人。代表幹事とは何かと聞くと、学年代表のまとめ役との事だが、何をまとめているのかは知る由もない。クルトには協議中、俺が作った文書の不備を確認してもらうことにした。


 まずは契約書等々の基本的な書類についての精査に入ったのだが、会長のトーリスが矢継ぎ早に質問を繰り出してきた。


「半年間無利子とはどういうことか」

「半年後の利子五%、手数料五%とは何か」

「上限一〇万ラントである理由は」

「そもそもこれは生徒会の業務なのか」

「貸金業者からの融資を受けてまですることか」


 コイツ、まだ抵抗したいんだ。神経質そうな生徒会長に対し、俺は一つずつ簡潔に、そして確実に説明、というか論破した。するとトーリスはみるみる顔を紅潮させていく。


「今は文書内容の精査だ。趣旨を問う場面じゃない」


「なにを! 私は生徒会長として聞いているのだ」


 今にもひっくり返りそうな顔でこちらを見るトーリスに、俺は本音を言った。


「そんな態度じゃ社畜は務まらんな」

「できる方策を見つけ出せず、出来ぬ理由を探し出す奴に宮仕えなんてまず無理だ」


 ガタンという音と共にトーリスが立ち上がった。しかし俺は構わず言う。


「ノルト=クラウディス公爵令嬢とは『今日中』という約束なんだ。黙ってやれ」


「うぬぬぬぬぬ!」


 弱々しいうめき声をあげながら、ドスンという音と共にトーリスが突然崩れた。周囲が騒然となる中、側にいた代表幹事のエクスターナが脈はあると話したので、おそらくストレスで参ったのだろう。俺はそのエクスターナと共にトーリスを医務室に運び込んで、当直から「暫くの休息が必要」との簡易診断書を受け取り、後事を託した。


「参ったなぁ」


 医務室から出た後エクスターナが呟いたので事情を聞くと、トーリスは神経質で興奮すると倒れることがあるらしい。どちらにしてもトーリスという男は使えない。これだけはハッキリした。


 生徒会室に帰ると、残っていた副会長とクルトが文書を見て会話していた。俺たちが留守中に書類確認をしてくれていたようである。既に協議済みの文書は清書され、念写も始まっていた。単にトーリスが邪魔していただけじゃないか、これ。


 話によると副会長とクルトで協議して、支障のない作業を先に推し進める方針を打ち出したとの事で、この二人が予想以上に有能だったのはデカイ。業務がはかどるというもの。ここにクルトを誘って大正解だった。


「副会長には『会長代行』として私との協議を行ってもらう事にします」


「いえ、私は」


「生徒会規則二十四条の三『会長が職務遂行が難しいと判断された場合、会長代行を置くことができる』を適用する」


「しかし」


「医務室の当直から『診断書』をもらってある。名分はできた。後は宜しく」


 突然俺から会長代行に任命されたアークケネッシュは呆気にとられていた。クルトもビックリして俺を見ている。完全な部外者、しかも最下級生が勝手に任命するのだから、驚いても仕方がない。そのアークケネッシュの横でクスクスと笑っている代表幹事のエクスターナにも伝える。


「エクスターナ殿には生徒会規則二十四条の六『生徒会役員に急遽欠員が出た場合、職務代理者を置くことができる。この場合、第二十二条兼掌けんしょう規定はその限りではない』に基づき、副会長代理を兼務してもらいます」


「ええ! そんな事できるの?」


「生徒会規則に書いてありますので、普通に可能です」


 こうして会長代行アークケネッシュ、副会長代理エクスターナという暫定執行部体制が誕生した。この会長なき暫定執行部は『緊急支援貸付』の募集期間中という限定的なもので、この体制と俺は協議を行う事になった。その協議の方だが、これまでとは打って変わって非常にスムーズに進み、誰が邪魔していたのかは言うまでもない。


「事務手数料は?」 「一人五〇〇ラントで」

「その徴収方法は?」 「融資より天引きで」

「貸出最小単位は?」 「一〇〇〇ラントで」

「手続き時刻は?」 「八時より生徒会室で」

「手続き期間は?」 「来週の平日末日まで」


 俺の矢継ぎ早な質問にアークケネッシュは即答した。早い。これだけ早いと気持ちが良い。なんでコイツを使わない。となどと思っていたら、今度は副会長代理となったエクスターナが手続き方法について提案してきた。


「文書受理は朝と昼休みのみ。放課後は融資引き渡しのみと手続きを分けるべきでは。今なら事前通告できるので混乱が発生しないでしょうし、こちらも対応が楽だ」


 全くその通りだ。事務処理する者から見れば、カネが借りられると目の色を変えられて殺到されても困るだろう。そう思っていたらクルトが、融資引き渡しの順番や人数を事前に知らせていないと揉めるよ、との助言も得られた。こういう話がしたいのだよ、俺は。君たちみんな有能だよ。


「今の二人の意見、共に採用したいと思います。生徒会としては生徒会の執行部員の負担を少なくしながらスムーズな融資引き渡しを行いましょう」


 アークケネッシュはすぐに両案の採用を決めた。目つきは悪いがテキパキと仕事をする。いいじゃないかアークケネッシュ。ウチの部署にいた柏木主任を思い出す。あいつもこういう感じでバリバリ仕事をやってたよなぁ。おかげで彼氏がいないと嘆いていたが。


「ところで・・・・・」


 アークケネッシュに尋ねた。一年の学年代表は誰ですか、と。先程までそんな人間がいたことすら俺は知らなかった。基本学園に全く興味がない俺だからそれは仕方がない。俺の言葉にエクスターナが席を立ち、念写作業をしていた小柄なポニーテールの女子生徒を連れてきた。


「学年代表のグリーンウォルドです」


 脳内リストを検索するとコレット・グリーンウォルド、地主騎士の次女という情報が出てくる。クルトが「レティシア様と同じクラスの子です」と小声で囁いてきたので、アイヤーとなってしまった。


 それは別として、このグリーンウォルドに俺の隣席に座ってもらうよう、生徒会側に要望した。理由は今後、生徒会との連絡を取り持つ伝令としての役割を求めての事である。この要望に本人も役員も了承した。おそらく俺の意図が伝わったのだろう。生徒会は脱トーリスに向けて確実に動き出したのである。

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