第二章 悪役令嬢
022 悪役令嬢クリスティーナ
闘技場のフィールドを出た俺たち三人は、共に安堵して通路脇で一息ついた。
「ヒドイ戦いだったよ、全く。くだらん戦いですまない」
俺は頭を下げた。本当に駄戦だった。モブとモブ以下の決闘。予想はしていたことだが、あまりのグダグダなこの戦いに二人を巻き込んでしまって、心底申し訳ない気持ちになった。
「いやいや、凄い戦いだったぞ!」
「大変な戦いを勝ってくれて、ありがとうグレン」
「決闘とは、ああした緊張感の中でやるものなのだと勉強になった」
「あれが真剣勝負というものなんですね」
俺と違ってアーサーとクルトはなかなか緊張感のある戦いだと感じたようで、とても盛り上がっていた。二人の話っぷりから、お世辞ではなく本気で言っているのがわかる。が、この違和感、このギャップ。エレノ世界の住民のこういう部分の感覚、ここに来て五年余り経つが、俺は未だ理解できてない。
「それにしても終盤のリッチェル嬢と横の女子生徒の子も凄かったよな」
「僕、ビックリしましたよ。グレンはあんなキレイな人達とお友達なんですね」
「あゝ、羨ましいぜ! な、クルト」
「僕なんかとてもお近づきには・・・・・」
ヤ・メ・ロ! その話はやめるんだ! あれはアカンやつや! キミらが安易に触っちゃいけない危険物件や! 俺の脳内警報が間断なく叫び声を上げている。
「もうね、飛ばしすぎてしもうて、こっちが引くわ!」
本音だった。あんなのを二人も相手にしていたら我が身が持たない。恐るべしヒロインパワー。闘技場の二人の叫びを見て、改めて実感した。アイリもレティもこの世界の万人を黙らせる「エレオノーレ!」の主人公なのだと。
「でもさぁクルト。こいつ、あの二人の女子生徒からお食事にまで誘われる関係なんだぜ」
「うわぁ。グレンやっぱりモテるんですね」
「羨ましいねぇ。しかもグレンに全額賭けたって言ってたし」
「それはレティだ!」
アイリじゃない。そこはハッキリしておかないと。しかしアーサーの言うように、考えてみれば凄いことではあるんだよなぁ。ある意味この学園の頂点に位置することになる二人だし。確かに二人と話すのは凄く楽しいのは事実。あんなもの一回体験したらやめられない。
だが闘技場での二人の「叫び」は完全に暴走だ。あの場においてあそこまで言ってしまった訳で、俺の側に二人が居るということが学園の生徒たちに広く認知されてしまった。今後、この戦いに勝ったことで俺に向いてくる明確な敵意が二人に向く可能性は限りなく高い。これについてはアーサーもクルトも用心しておくのに越したことはないだろう。
「今日の戦いで色々あったからな。二人も気をつけてくれよ」
二人は俺の言葉の意味を察したのか「ああ」と頷いた。俺は風呂場に向かうべく装備品や枝、それに『エレクトラの剣』を【収納】し、この場を立ち去ろうとした。すると向かい合う二人の様子がどうもおかしい。なぜか表情がぎこちないのだ。何かあるのかと思って二人の視線の方向、後ろを振り向くやいなや、いきなりメゾソプラノの声が聞こえた。
「道具を消すなんて、面白い能力を持っていますのね」
そこには腕組みをする琥珀色の瞳を持つ女子生徒が、男女二人の生徒を引き連れて立っていた。
「これはこれは公爵令嬢」
こちらをすっくと見据えるノルト=クラウディス令嬢に、俺は慇懃無礼な態度を敢えて隠さず、片手を胸に当てて一礼した。もちろん相手は全く動じていない。
「聞きたいことがあるの」
「見ることが出来なかった能力についてですか?」
「それとも・・・・・ 見ることが出来なかった事についてですか?」
挑発的な物言いに公爵令嬢は金色に輝く瞳でキリリっと睨みつけてきた。睨むその姿さえも美しい。しかしとてもじゃないが、今それを言える空気ではない。
「お答えしたいのは山々ですが、決闘で汗をかいてますんで風呂に入ってからでもよろしいでしょうか」
この場、この空気から後ろにいるアーサーとクルトを早く開放してやりたい。俺はこれからやろうと思ったことを理由に、話を一旦打ち切ろうと考えた。
「では待ちましょう。「ロタスティ」に個室を用意しておりますので、そちらで待たせていただきます。よろしいですね」
柔らかい文言とは裏腹な、有無は一切許さないという物言い。どうやら逃してはもらえなさそうだ。俺は素直に受けることとした。
「わかりました。入浴後にお伺いさせていただきます」
「では、よろしく」
俺の返事に公爵令嬢の一行は踵を返した。クルリと体を回した時、令嬢の亜麻色のロングヘアーがまるでテレビのコマーシャルを見るかのように芸術的に舞っているのはおそらく仕様なのだろう。俺はそんなことを思いながら令嬢一行を見送った。
「やれやれ」
俺はため息をついた。「何やったんだ、お前」とアーサーが怪訝な顔を向けてくる。
「いや、決闘中【鑑定】してきたんだ。令嬢がな。俺がそれを跳ね退けた」
「どうしてそんなことを公爵令嬢が・・・・・」
「わからん」
俺はクルトの疑問に率直に答えた。紛うことなき事実だ。
「しかし【鑑定】なんて使えるって、令嬢は相当レベルが高くないか」
アーサーの言う通りだ。ノルト=クラウディス公爵令嬢は異様に能力が高い。おそらくは悪役令嬢という設定の為で、悪役故に能力が高いということ。特に今はゲーム序盤段階だから、他の人間に比べ抜きん出ているのだろう。
「でもどうしてグレンは、そのレベルの高い人しか使えない【鑑定】を跳ね返せたの?」
「単純だ。俺の方がレベルが上だからだ」
俺の答えに訊いてきたクルトが驚いた。しかしアーサーはさも当然と言わんばかりの顔をしている。
「クルト。木の枝で魔剣に勝つような男だぞ。当たり前だろ」
「しかし公爵令嬢。不気味だな。威圧感が普通じゃないし」
アーサーは顔を曇らせた。アーサーにとって公爵令嬢は学園の貴族社会の頂点に位置する人間。その存在感というのは大きく、その場にいるだけでプレッシャーを感じるのだろう。そしてその人物が何故かこの決闘に積極的に絡んでくる。不気味に感じて当たり前だ。
「そういえばドーベルウィンが『エレクトラの剣』を持っている事をお前に伝えたのも公爵令嬢だよな、よくわからん」
「まぁ、クリスは普段からあのツンツン芸で振る舞ってるからな」
「クリス?」
クルトが首をかしげた。
(しまった!)
いつもの癖が出てしまった。ゲームキャラの脳内での呼び方がそのまま出力されてしまう悪い癖。そう言えばアイリとの初対面の時もこの癖が出てしまって困った。あのときは別の人を呼ぶ
「公爵令嬢の事だよ。ま、普段からああだから気にすることはない」
俺は何事もなかったかのようにサラリと振る舞い、その場を取り繕う。木を隠すなら森の中。重要な点を会話術ですり替えることによって、隠したいことを消してしまう。対処が適切だったようで、二人共「クリス」という呼び名に対して違和感を抱かなかったようだ。
「すまんが先に行く。今日は本当に世話をかけた。ありがとう」
ここは早々に立ち去った方がいい。俺は二人に礼を言うと、汗と汚れを洗い流すべく風呂場に直行した。
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