015 決闘賭博

 昼、学食「ロタスティ」で金貸し屋の件を思案しながら一人でメシを食っていると、例によってガタイのいい金髪碧眼の生徒が向かいに座ってきた。トレイの肉は今日も500グラムぐらいはありそうだ。言うまでもなくアーサーである。


「どうしたグレン。あまり顔色が良くないな。決闘話の件か?」


 違う。とは口には出さなかった。やはり命が狙われているというプレッシャーは隠せてはいないようだ。しかし金貸し屋に命狙われてるから対策法を考えているなんて、とてもじゃないが言えない。現実世界のどこに金貸し屋に殺されるみたいな生徒がいるというのか。このエレノ世界はホントにイカれている。


「婚約話の件、やはりお前の予想通りだったな、さすがだ」


「いやいや、大したことじゃない」


 空気を読んだのか、アーサーが話題を切り替えてくれて助かった。


「正嫡殿下も公爵令嬢も婚約話を否定されているそうだ」


「まぁ、そうするしかないもんな」


 公爵令嬢の方の否定話は、教室でフレディとリディアから聞いた。公爵令嬢とは同じクラスなので、令嬢側近に洩らせばすぐに広がる。この程度の事で従者を使うまでもないだろう。おそらく正嫡殿下アルフレッドの方も同じような流れで話を伝えているはず。


「こうなってくると、王宮側から否定してくるのも時間の問題かもなぁ」


「ああ。どういう文言、ニュアンスになるかは別としてな」


 アーサーは相変わらず豪快にバクバク食いながら頷いた。もう殿下と令嬢の婚約話は流れるのは確実だろう。ここまでハッキリとしてしまえば、ひっくり返すのは難しい。


「ところで今、生徒会の方で決闘の開帳をやってるんだが・・・・」


 は? アーサー、いま君、変なこと口走らなかったか?


「ま、待てい!!! 今、なんと言った?」


「生徒会の方で決闘の開帳を、だが。どうかしたのか?」


 俺は唖然とした。おいおい生徒会が賭場を開くんかいな。いくらなんでも、それはねえだろ。


「おいアーサー。それは普通のことなのか」


「・・・・・普通じゃないのか?」


 素で答えるアーサー。何の疑問も持っていないようだ。いやいやいやいや、君、普通じゃないからそれ。やっぱりエレノ世界はイカれている。どこの国に生徒会がバクチの胴元になっているような学校があるというのか。


「うーむ。それは学園公認ということなのか?」


「生徒会がやっている事だし、多分そうだろ」


 そうなのか・・・・・ 疑問を持つ俺が悪かったのか。たまにこの世界の突き抜けたイカれっぷりに、呆れを通り越した境地に立つことがあるが、今回のそれはメガトン級だ。


「先輩によると教師や職員、部外の人間も賭けることができるらしい」


 決闘が学園どころか社会公認の賭場とは、どこまでも狂ってやがるぜこの世界。アーサー情報によると、決闘が行われる際には生徒会が胴元になって賭場を開くのが通例らしく、寺銭が生徒会の運営費に当てられる事になっているという。生徒会の資金源というある意味合理的なシステムと言ったらそうなのだろうが、これが現実世界で受け入れられるかどうかは甚だ疑問だ。


 たとえおかしなものだろうと俺は受け入れるしかない。気持ちを切り替え、決闘相場の状況を聞いた。


「ドーベルウィンが圧倒的だ」


「ドーベルウィンのオッズが高いのかぁ」


「違う! 逆だ」


 わざとトボけたのだが、アーサーにすぐさまツッコまれた。


「お前の倍率が高い。ドーベルウィンよりずっとな」


「世の中、バカしかおらんのか?」


「『エレクトラの剣』の力だよ」


 どうもドーベルウィンが魔法剣を持っているという話が広がっていて、それなら勝負は決まったようなもの、と思っている生徒が多いらしい。俺に賭けている生徒は数人くらいで、殆どがドーベルウィンに賭けているそうな。連中の脳内は本命ドーベルウィン、大穴俺と言った感じか。この世界、この学園は基本、頭の悪いヤツしかいない。


「だったら俺に賭ければ儲かるのに」


「だから俺は全額賭ける。ウインズもだ。頼みますぜアルフォードさん!」


 そう言うとアーサーは俺を拝みながらパンパンと柏手を打った。負けられんがな、これ。俺は分かった分かったと言いつつ、いそいそと席を立った。やはり金貸し屋対策の事が脳裏から離れなかったからだ。


 金貸し屋の件は、いつもは集中し、頭を空にして取り組めているピアノ練習の間も脳内から離れない。今日のピアノは結局、脳内採譜したチェルニーもどきとハノンもどきを弾くだけで終わらせて、早々に鍵盤の蓋を閉じてしまった。要は曲を練習する前に脱落したようなもので、これでは話にもならない。


 その後、いつもは向かう図書館にも近づかず、そのまま寮の部屋に籠もった。こんな事は初めてだ。金貸し屋の件を考えるというのもあったが、実際は取り繕う自信がなかったので、アイリと会うのが怖かったからである。実際会ったら何を言われるか知れたものではない。妙な弱点ができてしまったものだ。


 俺はワインを飲みながら、冷静に考えるようにした。今日一日考えてみて出てきた案は、やはり「俺が金貸し屋にカネを貸すこと」しかなかった。しかしそれは簡単なように見えて簡単ではない。エッペル親爺じゃないが、金貸し屋と言えど、商売人。ホイこれとカネを渡したぐらいでは動かないし、解決しない。逆にカネだけ・・強請ねだってくるだろう。


 むしろ連中にとって問題なのは、貸したカネが焦げ付いて、稼ぐための種銭を失った事のはず。どんな商売でもそうだが、種銭がなければ仕事にならない。仕入れにも設備にも事前にカネが要る。人を雇うときだってそうだ。カネを稼ぐにはカネが要るのだ。


 では俺が貸せばいいとカネを貸して解決かといえば、そう簡単なものではない。商売人は商売人なりのプライドがある。名も通らない、訳のわからん年端も行かぬ、そんなヤツから嬉々としてカネを借りるような商売人というのは、まず商売人じゃない。そこらの野良だ。こういう部分は現実世界と共通している。


 俺に名がないというのは俺に信用がないというのと同義なので、仮にカネを貸すことができたとしても有難がられない。有難がられるには、有難がられるだけの信頼や実績が必要となるのだ。


「そこでアルフォード商会とはならないんだよなぁ、これが」


 ワインを口に含める。これがモンセルでの事だったらアルフォードの名は使えたかもしれぬ。モンセルではギルドの会頭なのだから。ところがここは王都。王都ギルドに名も連ねていないような地方商会なぞ、ここの連中は信用はしないだろう。よってアルフォード商会の名は使えない。


「結局の所、4大商会のいずれかの力を借りるしかないのか」


 4大商会とは王都ギルドに加盟する大手4商会のことである。


 王都ギルドの盟主【フェレット商会】


 ギルドの覇を競う【ジェドラ商会】


 レジドルナの会頭【トゥーリッド商会】


 王都ギルドの老舗【ファーナス商会】


 この4商会で王都ギルドのシェアの過半数を握る。これら商会から低利の融資を受けられるというのであれば、金貸し屋共も信用して話に食いついてくるはず。ただ、普通に考えて4大商会みたいなアルフォード商会よりもデカイところが、長年培ってきた信用をどこの馬の骨とも分からぬ俺に対して、簡単に貸しはしないだろう。


 よって交渉によって信用を貸してもらうしかないわけだが、俺にカネ以外でどんなバーターができるか見当もつかない。相手が喜んで食らいついてくる餌が何なのかがわからないからだ。そもそもそんな材料自体、全く見当たらない。


「ネタがないのに、どこと結べるのか」


 どことも結べないかもしれないな、と思いつつ俺はグラスのワインを飲み干した。これで3杯目。命が狙われていると考えているからか、いつもよりピッチが速い。あまり飲みすぎると暮らしのリズムが崩れてしまう。しかし飲まないとやってられない心境だ。当初思っていた以上にキツイ。


 俺は何らかの決断をする必要に迫られていた。

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