012 二人の真実

 アイリと俺が入った「レスティア・ザドレ」は、ノルデン料理のフルコースが売りの高級レストランなのだが、俺はノルデン料理の特徴というものがイマイチわからなかった。というのも、現実世界でその手の店に入った事がなかったために、国によっての相違点を知る機会を得られなかったからである。せいぜい和洋中程度の分類ぐらいの知識しかない。


 ただ、ここの料理が美味いのは食べたので分かる。同じカネを出して食べるのなら美味いものを食べるべきで、それを気兼ねなく食べるために個室を取っているのだ。これならば気兼ねなくディナーを楽しめるというもの。


 俺は「レスティア・ザドレ」の売りであるノルデン料理のフルコースと、ワインをグラスで頼んだ。アイリの方はワインを飲まないということでミネラルウォーターを注文する。このレストランだけではないのだが、メニューにはアルコールはワインしかなく、ドリンクはミネラルウォーターしかない。選択肢が異様に少ないのだ。エレノ世界は本当に謎が多い。


 食事を進める中で、アイリがある悩み事を打ち明けた。テーブルマナーを知らないので困るというものだ。実は俺も知らない。知らないから高くても外では個室を借りるというのが俺のやり方。そもそも俺は自分の世界に帰ることしか考えていないので、この国のテーブルマナーなんて覚える気もない。が、アイリはこの世界の子なのだから、覚えるのは当然か。


「学園に入ったのはいいのですが、周りを見ると食べ方が上手な人ばかりで・・・・・」


 俺はバクバク食べるアーサーの食いっぷりしか見てなかったから気にもしていなかった。よく考えると、サルンアフィアは貴族学園。作法をしっかりと身に付けている者も多いのだろう。


「だったら教えてもらったらいいよ、貴族の子に。例えば・・・・・ レティなんかどうだ?」


「レティシアなら聞けますね」 


 振る舞いはフランクだが、レティはリッチェル子爵家の娘。貴族子弟だ。おそらくはテーブルマナーをはじめ、様々な作法を身に付けているはずで、俺たちの関係性から考えても、アイリが聞くにはレティが最適ではないか。


「一度レティシアに相談してみます」


 アイリは安心したような顔で微笑んだ。俺は気にもしていなかったが、食べること一つとっても神経を使うということは、学園は色々気疲れする部分が多いのかも知れない。特に女の子は。まぁ、それは現実世界でも同じだろうが。


「あのぅ、グレンさん」


 アイリが右手の甲を見せて訊ねてきた。中指には『癒やしの指輪』が青く光っている。


「この指輪を頂いた時に、同級生に私のような人がいるって言ってましたが、どなたなのですか」


 キャラクターアイテム。特定人物しか装着できないアイテム。乙女ゲーム『エレノオーレ!』では、『癒やしの指輪』以外に、いくつも存在する。ヒロイン、攻略対象者、そして悪役令嬢、それぞれの専用アイテム。俺は言うか言わぬか一瞬迷ったが、隠すわけにもいかなさそうな雰囲気なので、一人名前を上げた。


「レティ」


「レティシア!」


 アイリは『癒やしの指輪』の輝く右手で口を抑えた。みんなレティシアに繋がっているのですね、とアイリは驚いている。だって君ら二人が主役の世界だもん、ここ。


「レティはレティでアイテムがある」


「どこにあるんですか?」


 アイリは大きな青い瞳を輝かせて聞いてきたので、王都より少し遠いがモンセルの近くにあると告げると、ニッコリと笑って提案してきた。


「私とグレンさんとレティシアさん。今度は三人取りに行きたいですね」


 楽しそうなアイリに圧され、俺は思わず「ああ」と頷く。


「約束ですよ」


アイリは子供っぽく覗き込んで確認してきた。だからこちらの方は「わかった」と答えておいしかない。アイリのオーラには本当に圧される。


「私楽しみにしてますね」


 今度は満面の笑みで念押ししてきたので、いつの間にか俺は「段取りします」と約束しなければならなくなっていた。アイリは物腰柔そうに見えて実は押しが強い。それが全く嫌だと感じないのは主人公補正なのか天賦の才なのか。


 ゆっくりと出てくる料理を落ち着いて食べながら、アイリから俺のことをあれこれ聞かれ、ワインを口に含ませながら答えていく間に時間が過ぎていった。


「こんな話を聞いて楽しいか?」


「はい、楽しいですよ」


 アイリは楽しそうに微笑む。なんでも俺の行動や発想が突拍子も無く、予測不可能なので面白く飽きないそうだ。俺自身はそういう事を意識に入れていなかったので、本当に意外な反応だった。俺は新たに注いでもらったワインを飲みながら、自分のこれまでの事を色々と話す。


「まぁ今、俺がここにいるのはザルツのおかげだ」


「ザルツさん、って・・・・・」


「ああ、俺の父親だ」


 アイリがキョトンとした顔になった。


「あのぅ、グレンさんはお父様を名前で呼ばれるのですか?」


 あっ、と思った。酒が入って少し口が滑ったか。まぁ普通自分の親を呼び捨てにしたりはしないからな。しかし隠したって、いずれわかること。これで友達関係も終わるだろうがしょうがない。隠すつもりもなかったし、この際とアイリに正直に話すことにした。


「ザルツは俺と血の繋がりのある親子だ。だが魂は他人だ」

「体はこの世界のものだが、魂は別の世界から来た。ある日突然グレン・アルフォードになってたんだ。だから俺はグレンであってグレンじゃない」


 アイリは混乱しているのだろう、こちらを一点に凝視して硬直している。


「俺の名は剣崎浩一。こっちの呼び方じゃ、コウイチ・ケンザキだな」


「コウイチ・・・・・さん」


「ああ」


 アイリに名前を呼んでもらえるのは素直に嬉しい。これはいい記念だ。


「グレンさんはコウイチさんで、コウイチさんはグレンさんでいいんですね」


「そうだ。その解釈でいい」


「だったら何も変わらないってことじゃないですか。前からグレンさんでコウイチさんって事でしょ」」


 へ、そこ! まさかの返しに俺が一瞬固まった。アイリの方は一人納得したように頷いている。絶対に引かれるはずと思っていたら、まさかの全肯定とは。


「だってグレンさん、もの凄く詳しいじゃないですか。今日の指輪だってそう。あそこにあること、前から知っていたようだし」


 そう言うとアイリは右手の甲を俺に見せてきた。祈りの指輪がキラリと輝いている。


「ですから驚きましたけれど、驚きません。グレンさんの言う事なら間違いありません」


 断言されてしまった! この信頼、決して裏切ることは許されない。背けば間違いなく処刑ものだ。さすがはヒロイン、信じる力がハンパない。俺はワインを口に含み、表情を消しながら必至で平静を装った。


「ありがとうアイリ」


 ニコッとアイリは微笑んでくれた。


「俺はザルツ、父には感謝しているし、尊敬している。母親のニーナもそうだ。ロバート、リサ、ジル。俺はアルフォード家の家族全員が好きだ。彼らの家族だった事に感謝している」


「しかしそれと剣崎浩一として生きてきた人生とは違う。家族であって家族じゃないんだ」


 全て本当の気持ちだ。半世紀生きてきた人間が年端もいかない少女に本心をぶつけるのはどうかと思うが、エレノ世界に来てからずっと感じてきた違和感、本心だった。恥ずかしいがアイリの『癒やしの力』にすがっているのかもしれぬ。すると今度はアイリの方が口を開いた。


「私、グレンさんの気持ちがわかるような気がするんです。私の父母も実の親ではありませんので」


 少し下に目線を落としてアイリは話し始めた。


「お父さんとお母さんが私が生まれた後に亡くなってしまって、お母さんの友人だった今の両親が私を育ててくれて大きくしてくれたんです」


「ローランご夫妻だね」


 このアイリの育ての親であるローラン夫妻とアイリとの関係。これは『エレノオーレ!』終盤において大きなポイントの一つとなる。だが、それは今言う事ではないし、とてもじゃないが俺が触るような事ではない。


「はい。感謝しても感謝し尽くせません」


 青い大きな瞳に薄っすらと涙を浮かべていた。


「感謝しないといけないよね、お互い」


「はい」


「隠すことじゃなかったんだけど、気が楽になったよ。ありがとう」


 頷くアイリに素直に感謝の気持ちが出た。本当にいい子だ、アイリは。


「いいえ。私もです。本当の事を話せて良かったです」


 瞳に涙を浮かべつつも晴れやかな顔でアイリは返してきた。俺は改めてワインを口に含ませた。


「今日は色々あったけれど、いい一日だった」


 はい、と同意してくれたアイリに俺はワイングラスを掲げ、それを飲み干した。

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