011 グラバーラス・ノルデン

「この石は何に使うんですか?」


 癒やしの指輪をつけたアイリが、せっせこと岩石を掘り出す俺を不思議そうに尋ねてきた。いきなり壁を壊して、岩盤を崩しているんだから、何をしているのかと思うのは当然か。


「これはミスリル原石なんだよ。これを精錬所で濃集してミスリル鉱石に、精錬すればミスリルができる」


 普通、ミスリル原石に限ったことではないが、この手の原石は精錬所に持っていくだけで終わりだ。が、それでは安値にしかならない。俺の場合は精錬所に持ち込み、手数料を払ってミスリル鉱石の段階で引き取るのだ。ミスリルまで精錬すれば売値も高いが手数料も高くつく。だから手数料の安いミスリル鉱石で引き取るというわけ。


 これを金属相場で売り払うのである。もちろん特殊技能【ふっかけ】を使ってだ。これで通常より高値で売り抜けられる。ダンジョン攻略にかかる費用は全部ペイできるという寸法。


「グレンさんは何でも知ってるんですね。すごい!」


 説明すると無邪気に褒めてくれるアイリ。あゝ、ありがたやありがたや。今日来て良かったよ。もう少しで終わるからと、俺は機嫌よく採掘のピッチを上げた。


「キャーーーーーーーーー!!!!!」


 突然の悲鳴に振り向くとウォーグ、狼のモンスターがアイリの至近距離にいる。しかも二体。


 ヤバい! 俺の体がとっさに動いた。


「きぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーー」


 俺は手前のウォーグ目掛けて前屈みに走り込み、前傾姿勢で居合抜く。この初太刀で一頭目を仕留め、斬った勢いのまま抜いた刀を上段に構えた。


「ぎぃぃぃぃやぁぁぁぁぁーーーーーー」


 構えた刀を残ったウォーグに向かって一気に振り下ろし、これを仕留める。仕留められた二体のウォーグは霧のように消えた。


「大丈夫か、アイリ」


 振り向くと、怖かったのだろう、アイリがへたり込んでいた。


「いや、あまりに急で・・・・・」


 小声で答えるアイリ。振り向いたらいきなりウォーグなんかがいたら、誰でも恐怖する。


「グレンさんが凄い叫び声でモンスターに襲いかかっていってたし・・・・・」


 ああ、そっちに驚いたか。無理もない。気が狂ったような叫び声を上げながら斬りつけに行くのを見れば、誰だってこの人はおかしくなったんだと思うだろう。


「あれは商人剣法の奥義『抜即斬』だ。叫びながら斬りにいくのは自分の力を極限まで引き出すため。怖がらせたならゴメン」


「助けてくれたのに・・・・・ グレンさんは悪くありません。ただ驚いてしまって」


「だろうなぁ。ああいう剣術なんだ。悪く思わないでくれ」


「とんでもない。グレンさんが怖いなんて。でも本当に強いんですね、グレンさん」


 ホッとした表情でこちらを見てくるアイリ。ビックリしたんだろうなぁ。俺はアイリに立ち上がるよう促すと、ミスリル原石とモンスターが落としたカネをさっさと回収して、急いでダンジョンを出ることにした。


「本当に大変だったな」


「はい。ビックリしました」


 外に出るや、すぐさま待たせてあった馬車に乗り込んだら、ホッとしたのかアイリの表情が和らいだ。


「やっぱりダンジョンって怖いとこだったんですね」


「そりゃ地下だもん」


「もっともっとレベルを上げないと。今日は勉強になりました」


 アイリは顔を引き締める。生来真面目なんだろなぁ。普段の姿勢を見てもそう思う。学ぶことに対する意欲が強い。


「これからグラバーラス・ノルデンに行くから、そこで風呂に入って、食べて帰ろう」


「え、グラバーラス・ノルデンって・・・・・あの?」


「どしたの?


「最高級ホテルのグラバーラス・ノルデンですか?」


 そうだ、と頷くとアイリが驚きの声を上げた。


「ええええ、そんなとこに!」


「風呂入って食べるだけだ。マトモに使える施設があるところ、王都でも少ないんだよ。だから、そこ。グラバーラスはいいぞ」


 このエレノ世界は本当に不便な世界で、風呂に入ろうにも使える施設が本当に少ないのだ。だから天然温泉二十四時間営業のグラバーラス・ノルデンはありがたい貴重なホテルなのである。


「でも値段が・・・・・」


「大丈夫大丈夫。風呂と食事の日帰りだし、費用はミスリル原石で全部出る。その為に採掘したんだから心配するな」


「そこまでしてもらったら私・・・・・」


 アイリは恐縮していた。多分このクラスのホテルなんか利用した事もないのだろう。


「あんな地下に潜ってるのに風呂に入らないというのもどうかと思ってな。いつも帰りに利用してるんだ」


「だからホテルを使うのは俺のわがままだ。すまんがわがままに付き合ってくれ」


 無茶な俺の理論にアイリは困った顔をした。困った顔までカワイイというのも困ったもんだが。食べるところも個室だし心配するな、俺を信じろ。と言ったらようやく頷いてくれた。


 グラバーラス・ノルデンに着いたのは予定より早い十五時半だった。先に食事の手配を済ませ、アイリから預かっていた荷物を手渡した。事前に預かっていたものを【収納】でしまっておいたのである。俺たちはさっさと風呂場へ直行した。


 グラバーラスの風呂はいい。ナトリウム炭酸水素塩泉、俗言う重曹泉。肌がツルツルになり「美人の湯」と言われる温泉だ。このエレノ世界は掘削技術が低いようで、温泉採掘がなされておらず、温泉自体が貴重な存在。


 グラバーラスの温泉は天然湧き出しだが、源泉温度が少し高い七〇℃のため加水してある。源泉至上主義者から見れば冒涜なのだろうが、だからこそ水量が安定しており、二十四時間営業が可能。日帰りは食事のみ受付なので利用客は少ない。それゆえにカネを使っても利用しているのだ。


 俺は髪と体をさっさと洗うと湯船に浸かってゆったりとくつろいだ。グラバーラスの風呂の形式はズバリ「ローマ風呂」。いかにもエレノ制作陣が考えそうなベタなものだが、ゆっくりとくつろげるから、まぁいいだろう。しかしゲーム中には出てくることもない、このホテルの風呂まで考え抜くなんて、ホントにヒマな制作陣である。


 風呂から上がった俺はホテル内のレストラン「レスティア・ザドレ」の個室に入った。これまで何度か利用しているが、シックで落ち着いた内装と味の確かさからここを気に入っている。貴族社会のエレノ世界だが、貴族でないからと入れない施設は、実のところ少ない。ここらは現実世界の過去とは違う部分。逆に現実世界であれば、確実に排除されるだろう。


 まだアイリが来ていないので、俺は紅茶を頼んだ。このエレノ世界、なぜかコーヒーがない。あとビールもない。現実世界がモチーフなのに、何かが抜けているのがエレノ世界。俺はコーヒー党だったのだが、仕方なく紅茶党へ鞍替えしなければならなかった。出てきた紅茶をすすっているとドアが開いた。


「グレンさん、お待たせしました」


 そこにはいつもの大きな青い瞳に風呂上がりの紅潮した肌、湿り気が残ったプラチナブロンドの髪が美しい女神の姿があった。


(やっぱりキレイだな)


俺はこの世界のヒロインを改めて見惚れた。

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