010 ダンジョン

 週末、俺はアイリと馬車に乗っていた。目的地は王都南にある初心者向けのダンジョン。俺たちは朝五時に起床し、「ロタスティ」で朝食を食べてから準備をして、チャーターした馬車に乗り込んだのである。


 どうもアイリは朝が弱いらしく、学食では眠たそうな目をこすっている。準備に際しては着替え一式を持ってくるように伝え、馬車の方は歩いていくより早いのでチャーターした。費用はもちろん俺持ちである。


「いいんですか? 本当に」


 心配そうにこちらを見てくるアイリ。俺は手を振って答えた。


「いいよ、いいよ、気にしない気にしない」


「でも馬車を借りるなんて・・・・・すごく高いんじゃ」


 多分高いんだろうなぁ。学食一〇ラントなのに五万ラントだからな、二頭立て馬車の一日チャーター。だが、インチキ相場で爆益の俺にとって、そんな額は問題にもならない。タイム・イズ・マネー。カネがあるのに時間と労を買うのを惜しんではいけない。


「俺、毎週馬車移動だから。心配無用だよ」


「え! そうなんですか!」


「週末ダンジョンはこれで六回目だけど、全て馬車。今日のように日帰りは初めてだけど」


 俺は学校入学以来、平日は鍛錬、ピアノ、図書館。週末は泊まりがけでダンジョン攻略というスケジュールをこなしてきた。今週は日帰りで、明日はフリーというのは初めてだ。


「どうして毎週ダンジョンに通うのですか?」


 ほんわかと聞いてくるアイリは実にカワイイ。今日はダンジョン用に装備を整えているのだが、それもカワイイ。というか何をやっても何を着てもカワイイ。こういうアイリを間近で愛でる事ができる俺は幸せだ。


「単にトレーニングの為なんだよ。俺はダンジョンでレベル上がりにくいから」


 俺の場合、学園の他の人間のように普通の鍛錬や読書、ダンジョン攻略やモンスター退治などではあまりレベルが上がらない。巨額の大商いを扱うほうがレベルが上るのだ。だから俺がレベルを上げるには相場を動かし続けるに限る。


「前から疑問だったのですが、どうしてグレンさんはレベルが上がりにくいのですか?」


 ゲームの登場人物ではないからね、という本当の答えは言えないよな。


「商人は元々、戦闘したり、魔法を使う職業じゃないからなんだ。代わりに特殊技能が使える」


「特殊技能?」


「人のレベルを見る能力とか、アイテムの価値を知る能力とか、隠し扉を見つける能力とかそんなの」


「スゴイ! グレンさんそんな能力持ってたんですか!」


「だからアイリがレベル上がっていく過程をずっと見ていた。申し訳ない」


「えぇ、なんで謝るんですか。今まで私を見ていてくれたから、レベルに合わせて本を紹介してくれたり、アドバイスしてくれたり、今日のようにダンジョンにまで連れてきてくれているのでしょう」


 アイリはニコッと笑った。あぁ、疑いを知らぬアイリの素直さが眩しい! 座っているアイリの後ろには後光が差している。この眺めを俺一人で独占できる幸せな時間はダンジョン近くに到着するまで続いた。


 目的地に到着すると、御者に待機してもらうように頼んで、俺とアイリはダンジョンに向かった。この王都南のダンジョンはモンスターも強くなく、規模もそれほど大きくないので、攻略というほど手間はかからない。が、目的は別にあって、ここにはあるアイテムが隠されているのだ。


 ダンジョンに入りしばらくすると、早速数体のジャイアントマウスと遭遇した。アイリの方を見るとやっぱり顔をこわばらせている。まぁ、来る前からモンスターを怖がっていたんだし、その部分は仕方がない。


「頼むよアイリ!」


 俺はアイリが目が覚めるように腹式呼吸で声を響き渡らせた。ハッと正気になったのか、凛々しい顔にバージョンアップしたアイリが冷気魔法【領域氷結エリアフリーズ】を唱える。足下が凍ってしまって身動きの取れないジャイアントマウスを、俺がスパスパと切り倒す。倒されたモンスターは塵と消えた。


「スゴイ! グレンさんのアドバイス通りにやったらすぐに終わっちゃった」


 この程度の事で感激されちゃう俺、幸せ!


 アイリが初期とはいえ冷気属性を習得したので、それを使いながらルーチンワーク的にモンスターの処理をしたかった俺は、移動中の馬車で打ち合わせしていたのだ。消えたモンスターは、お約束なのだが律儀にお金を落としていってくれたので、1ラント残らず回収した。


「グレンさん、この調子でバンバンやっちゃいましょう!」


 さっきとは打って変わってニコッと微笑んでくるアイリ。おいおい、さっきまでの怯えはどこに消えたんだ君! と思ったが、まぁ、そういうとこがアイリの強みなんだろうなぁ。というかカワイイから許される世界だ、これは。


 アイリの冷気魔法と俺の剣で現れるモンスターを片っ端から片付けるルーチンワークをこなしていると、当然ながらアイリの魔力は底をついた。そこで俺が持っている魔力をアイリに流し込む。


「へぇ、こんなことができるんですか」


「ああ、商人特殊技能【渡す】。俺が持っているものを他の人間に渡す技能。商人スキルの一つだ」


 俺が持っていても仕方がない魔力を、魔法を使うアイリに渡す。今ある方法で一番合理的な手法だ。この要領で果てしなく無限大に戦闘を維持できるようにしたのである。何回かアイリの魔力を【渡す】で補充しながら、俺たちは順調にダンジョン最深部に辿り着いた。


「行き止まりですよね。ここ」


「ああ、普通ならばな」


 俺は行き止まりとなっている壁に手をかざし、壁伝いに動かす。すると程なくして反応があった。隠し穴だ。壁に手を押し付けると小さなくぼみが現れた。


「これは・・・・・」


「隠し壁龕へきがんだな。壁に仕込まれた『くぼみ』だ」


「はい。でもグレンさんは、どうしてこんなものがあるとわかったのですか?」


 それはまさに設定ですから、と正直には言えない。


「商人特殊技能【探す】。これで隠された扉や穴を見つけるんだよ。ほら、中にこんなものが」


 俺は壁龕の奥に手を突っ込んで、小さな箱を取り出した。開けるとそこには爽やかな青色の指輪が入っていた。


(癒やしの指輪だ!)


 今日のお目当てのブツ。回復魔法の威力を上げ、体力を徐々に回復させる指輪。アイリが付けるべき指輪だ。俺はスッとアイリの右手をとった。


「これは君のものだ」


 驚いた顔を向けるアイリをよそに、俺は素早くアイリの右手の中指に指輪を通した。やはりというか、当たり前というか、サイズはピッタリだ。


「でも・・・・・、こんなもの・・・・・いいんですか?」


 戸惑いながら右手を回して、まじまじと指輪を見つめるアイリ。


「この指輪はアイリがこの場所にいたから現れたもの。他の人が来たって出てこない。付けるべき主を待っていたんだ。だから君がこの指輪をはめてあげなきゃいけない」


「そんなことって・・・・・」


「あるんだよ、これが。俺らの同級生にはアイリのような人は他にもいるから」

「その指輪はアイリにしかはめられない。君にはよく似合う」


「・・・・・わかりました」


 納得したのかアイリは下ろした右手を左手でギュッと握りしめ、小さく頷いた。


「ありがとうございます。グレンさん」


 こうして癒やしの指輪は、主の右手中指に収まった。

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