004 エレノオーレ!

「今日はホントに散々だったな」


 寮の部屋に帰ってくると、俺はベットの上で大の字になって寝転び、今日の出来事を思い返す。昼休みにウインズを助けたらドーベルウィンに決闘をふっかけられ、決闘話の片付けのために職員室で縛られ、全く散々な一日だった。


「ピアノの時間も吹っ飛びやがった」


 毎日平日は器楽室でピアノを弾くスケジュールを組んでいた。サルンアフィア学園は一限七十分。午前二限、午後二限の四限制で、最後の四限目は選択授業。俺はこの選択授業を何も取っていない。取っていないのは全校生徒で俺だけらしく怪訝な顔をされるのだが、商人属性の俺にとってこの学園の授業で役に立つものは皆無。なので当然の選択だ。


 代わりに学園校舎の外れにある器楽室に籠もってピアノを弾くことで、空いた時間を有効活用していた。器楽室は一つの大部屋と三つの小部屋があり、この小部屋にそれぞれアップライトが置かれている。小部屋の防音も完璧で反響も適度に抑制されており、アップライトの蓋を全開にしても音が過度に跳ね返らない。


 入学式前、入寮当日にこの素晴らしい部屋を見つけた。で、ここを管理している職員に聞くと九時から十七時の間、空いていれば借りることができるという嬉しい話を聞いて以来、俺は予定が許す限り毎日器楽室に通い詰めている。


 それがアホな決闘話のために飛んでしまった。というか、そんなメンタルでピアノなんて弾ける訳がない。演奏はリズムとメンタルが全て。それが崩れたらどうにもならないのだ。この一点だけでもドーベルウィンの罪は重い。そんなことでピアノが弾けなくなったので、仕方なく図書室に向かうしかなかったのである。


「確かゲーム上では・・・・・」


 その図書室で今日湧き上がった疑問、アイリとレティの仲について逡巡した。


 乙女ゲーム『エレノオーレ!』はダブルヒロイン制を採用しているため、エンドの数は非常に多かった。アイリとレティという二人の主人公に対して、初期攻略者は正嫡殿下アルフレッド、剣豪騎士カイン、天才魔道士ブラッドの三人。


 この三人の攻略者をクリアしてから攻略できる対象者が二人、加えて全てのエンドを見ることでルートが開ける対象者が一人の計六人。それぞれに二つのエンドが用意されているので、アイリとレティそれぞれ十二のエンドがあり計二十四エンド。加えて四つの特別なエンドがあって、全部で二十八のシナリオエンドが存在する。


 ゲーム中では基本、二人はライバルで恋敵こいがたき。ゲームの本シナリオである正嫡殿下アルフレッド攻略では、ここに悪役令嬢が割って入って三つ巴のバトルが展開される。他の攻略対象者の際にも二人のヒロインは基本別行動。ただ共同戦線を張って戦うシナリオも存在するには存在する。


【フリックシナリオ】


 正嫡殿下アルフレッドの陪臣フリックの攻略にかかると、アルフレッドを攻略しているもう一人のヒロインと組んで共に悪役令嬢と対峙し、最終的に両ヒロインが殿下主従と結ばれるというシナリオ。このときはヒロイン二人が固い友情で結ばれる形のエンドなのだが、それは主要三人を攻略してから選べるシナリオ。今の状況は、まだゲームが始まったばかりで主要三キャラが攻略されたという状況にはない。だからフリックシナリオはありえない。


(やはりおかしい)


 おかしいと思うことは他にもある。図書室であの眼鏡野郎、ブラッドと遭遇していないからだ。ガリ勉で図書館に入り浸っていなければならないはずのブラッドが図書館にいない。俺は毎日放課後にいるから、居れば確実に遭遇しているはず。しかし俺は全く会っていないし、見たこともない。


 ゲームでは放課後、図書館に行けば確実にブラッドに会える。そこで会話したり、本を紹介してもらったり、魔法を教えてもらったりして眼鏡野郎の好感度を上げるのだ。


 ん?


 いや、ちょっと待て!


(図書館で主人公と会話してるの俺じゃん!)


 気付かなかった。


 そんな大事なことをどうしてすっ飛ばしていたのか。


 俺は主人公、特にアイリとは週に三、四日顔を合わせ会話し、本を教え、魔法習得の進め方をアドバイスしている。一方、レティの方は図書室にいるアイリを呼びに来るついでだろうが、それでも週一、二回は顔を合わせて話をしている。


(俺がブラッドポジにおるがな。エライコッチャ!)


 思いもよらなかった。


 この一ヶ月、スケジュールを自分で組み立てて実際に続けることばかり考えていて、ゲームキャラに対して全く意識が向かなかった。というよりモブですらない俺が気にする必要がない件だし、ゲームキャラの動きなんか自分の世界に帰る話と全く関係がない。


 本来シナリオなんか俺にとってはどうでもいい事、のはずなのだが、状況が違うとなってくると話は別。しかも俺がシナリオに巻き込まれているのなら、どうでもよくない話に変わってしまう。


 確かに俺がアイリやレティと仲良くなったのは、考えてみれば不注意なのかもしれない。特にアイリと俺の距離は少し近過ぎると言われても否定できない。しかし大人の関係という視点から見て、付き合っているというのにはあまりにも遠すぎる訳で、この関係性が発展しない限り問題とはならないだろう。


 だいたい本来図書館に現れるはずのブラッドがいないということ自体おかしいのだ。ブラッドが図書館に顔を出していればヒロインらと歓談しながらいい仲になっていき、モブですらない俺なんかは自然、無関係な存在になっていた筈なのだから。


(しかしブラッドは一体どこにいるんだ?)


 あのガリ勉野郎が放課後図書館に来ず、どこで勉強しているのか? クラス名簿にはキチンと名前があった。だから学園内には確実にいるのだろうが、入学以来一度もブラッドの姿を見ていない。一方、正嫡殿下アルフレッドの方は入学式の時に目撃した。陪臣フリックと侍女エディスを従え、多くの女子生徒の桃色視線を集めていたので一目瞭然。信じがたい話だが、ゲームで見た濃い群青色の髪の毛がリアルに再現されていてビックリした。


 あと一人、剣豪騎士カインの方は廊下で何回か遭遇している。ブラウンの短髪にイカツイ体で胸を張って歩いているのですごく目立つ。誰かに教えられるまでもなく、あれがカインだとわかるレベルだった。


 だが、アルフレッドもカインもブラッドも俺とは別のクラスなので、動きはサッパリわからない。まぁ、同じクラスにいる悪役令嬢のことすら全くわからない訳で、同クラスでもわからない事には変わりないのかもしれない。


 よく考えてみれば初期攻略者も主人公も悪役令嬢もみんなクラスは別々だった。俺らの学年は十クラスあって、ゲームの主要登場人物六人が全員別々。更にその後攻略できる二人のキャラのうち、フリックは自分が仕えている殿下と同じクラスだが、悪役令息・リンゼイも六人とは別クラス。


「だからゲームでクラス風景がなかったのか」


 ゲームで攻略対象者と話をするのは図書館、学食、校庭、鍛錬場、闘技場、屋上などで、クラスの教室はなかった。そりゃみんな別のクラスなら教室で話しようもない。しかし全員をよくもまぁ、キレイに割り振ったものだ。こんな細かい設定まで、無駄に作り込んでやがったのか制作陣!


 無意味な謎解明はできたものの、本来のゲームシナリオと逸脱しつつある流れを考えるに、攻略者と主人公、そして悪役令嬢といったゲームの主要人物の動きについて、今後は注視していかなければいけないのかもしれない。特に見ておかなければならないのは各キャラのゲーム上と実際の性格の違いだ。


 例えばレティ、元気で活発な雷娘だったはずのレティシアが、リアルではアウトドア派からインドア派に転向しているのだ。実際会うレティは確かに快活は快活なのだが、学園の情報屋として校内をさすらっているような感じで、ゲームのキャラとはその辺り全く違う。


 アイリの方はゲームと大差ないように見えるが、それでもゲームで感じたような「あざとさ」みたいなものが全く感じられず、すごく勉強熱心で真面目。ゲーム上での男を漁る的な徘徊癖みたいなものは全くない。アイリは笑顔がかわいい本当にいい娘だ。その辺り違うと言えば違うのだろう。


 そういうことを考えれば他の登場人物。同じクラスにいるが話したこともない悪役令嬢や直接面対していないアルフレッド、カイン、ブラッド、フリック、リンゼイの攻略対象者がゲームと実際どう違うのかについて想像したとき、こちらにとって予想外の展開が起こる事も十分にありえる。


 そうした主要キャラとの絡みの中、気がついたらモブ以下の俺が、シナリオ自体に深く関わっていたなんて事になりかねない。下手に絡んで、戻れるものも戻れなくなってしまうなんて事も起こりうる可能性がある訳で、用心するに越したことはないだろう。


(さぁ、明日も5時起きだ。早く寝るとしよう)


 俺は自分の組んだスケジュールをこなすべく、さっさとベットに潜りこんで明日に備えた。

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