003 学園図書館
乙女ゲーム『エレノオーレ!』の主人公であるアイリス・エレオノーレ・ローランと最初にこの図書館で会った日の事を思い出す。あの日、俺は新たに本を取りに行こうとすると、一人の少女が本棚の前で迷っているのか探しているのか立ち往生していたので、声をかけた。
するとその少女は回復魔法を知りたいのだが、初心者でもわかる本がどれなのかがわからないというので、俺は本棚から条件に見合った本を見つけ、少女に手渡した。そのとき初めてお互いの顔を正面から見合わせたのである。
「アイリ・・・・・」
俺はいきなりの主人公登場に、驚愕のあまり、ゲームをやっていた時の呼び名で呟いてしまった。
「えっ?」
少女は明らかに戸惑いの表情を浮かべだ。当たり前だ。初対面の相手にいきなり、勝手に名前を省略したような呼ばれ方をされているのだから。俺は
「いや、俺の知っている人を思い出したもので・・・・・」
ウソではない。ゲーム中のアイリスを見て、名前の「音」から娘の
「そうなんですか」
少女は俺の苦し過ぎる言い訳を素直に受け入れてくれた。そして自己紹介をした後、俺が探した本のお礼を述べてこう言ったのである。
「じゃ、これから私のことを『アイリ』と呼んで下さいね」
無邪気に微笑むアイリを見て呆気にとられたが、俺は出来得る限り表情を出さずに名を名乗り、では俺をグレンと呼んでくれ、と返した。これが俺とアイリの初対面だった。
「この前の本、ありがとうございました」
初対面以来、俺とアイリは図書館で頻繁に会っていた。席は決まって俺の向かい。合間に小声で少し語らい合うのも日課のようになっており、いつの間にか孤独な俺の心の『癒やし』となっている。そしてそしてあの日と同じ様にアイリに合う本を探し、手渡すのも二人にとって日常の一コマとなっていた。
「あれ、もう読んだの? だったら回復魔法の基本はほぼ習得できたと」
チラッとアイリを見る。商人特殊技能である【鑑定】を使って見ると、確かにレベルが1つ上がっている。二日前に渡した本をもう自分のものにしていた。レベル上げのスピードが俺とは段違いだ。主人公補正がこんなところにも出ているのか。
「はい。で、次何をしたらいいのかと・・・・・」
アイリが得意とするのは回復魔法と氷属性魔法。回復魔法を高めるか、氷属性魔法を習得しにかかるか、どちらがいいのか。
「新しい種類の魔法を覚えてみる?」
「え?」
声や仕草がいちいちかわいい。これを我慢しろというのは妻子持ちアラフィフには正直、なかなかキツイ。精神防御のため、いつも意識して佳奈を脳裏に浮かべておかないといけない。なにか修行させられている気分だ。
「ああ、氷属性の魔法だ。攻撃魔法だが防御にも使える」
「私、覚えられるんですか? そんな魔法」
ああ、得意だからね。ゲーム中は使いまくっていたし。なんてことは言えない。
「大丈夫、アイリならいけると思うよ」
そう言いながら俺は席を立ち、本棚から氷魔法の本を見繕った。
「まぁ、これくらいから始めればいいだろ」
取り出した二冊の本を渡そうとすると、立ち上がったアイリは頭をペコリと下げた。
「ありがとうございます。グレンさん」
「いやいや」
いやいやホントにカワイイよなぁ。ウチの娘もアイリみたいな感じだったら良かったのになと思いながら、俺の所定の椅子に座った。
「あのぅ、グレンさん。この前言ってたダンジョンの事なんですけど」
先日、アイリがダンジョンに一度行ってみたいという相談があったのだが、その時は考えてみる、と一旦保留にした。同級生とはいえ男女が二人っきりで穴ぐらに、しかも相手が美少女のアイリと二人でだなんて、どんな罰ゲームなのだと。
「あぁ、一度行ってみるか」
「やったぁ! ありがとうございます」
「今週末に近場で行こう」
無邪気に喜ぶアイリを横目に、何事もなかったように振る舞える俺スゴイと一人で思って表情を消していると、俺たちに女子生徒が近寄ついてきた。
「いっつも仲がいいわねぇ」
「レティシア」
女子生徒は自分の名を呼ぶアイリの隣に座った。
「レティか」
レティシア・エレノオーレ・リッチェル。リッチェル子爵家の息女で、栗色の髪とエメラルドの瞳が印象的な長身でスレンダーな少女である。レティと初めて会った時、セミロングの髪を見てなぜか佳奈を思い出したのは秘密の話。今でこそ佳奈はボブにしているが、若い頃はセミロングにしていてキレイだったなぁ、などと考えてしまっていた。
そのレティだが、ミドルネームが示す通り「エレノオーレ」。彼女も主人公の一人である。「エレオノーレ!」は、エレオノーレの名を持つ二人を主人公とするダブルヒロイン制を採用した珍しい乙女ゲーで、主人公によって同じ攻略対象者でも別の展開や対象者の違った側面が見ることができるのが売りだったようである。
可憐な美少女アイリスと快活で活動的なレティシアという二人のヒロインがプレイヤーとして選べる反面、明るいキャラのダークな面や、クールなキャラのダメダメなところが垣間見られるという「弱点」もあって、シナリオ構成側の面白みとは裏腹に、プレーヤー側にはトラウマを与えるとの一部の評もあった。
「グレン。決闘を申し込まれたんだってね」
トラブルがあって数時間。既に情報はレティの耳に到達している。さすが情報屋。
このレティとはこの図書室でアイリを介して知り合った。ゲームではしょっちゅう顔合わせしてきたが、いざ会ってみると、主人公補正の美少女オーラは強かったもののアイリ程ではなく、レティの貴族令嬢らしからぬさっぱりした性格も相まってすぐに意気投合。お互い「グレン」「レティ」と呼び合おうと誓った仲となった。
「情報が早いな」
ハッとするアイリを尻目に、二人に事情を説明した。ウインズと絡むドーベルウィンを引き離したら決闘じゃと喚かれたこと。教官らに一任したことなどである。
「だからバカ貴族は」
そう呟く俺にハッとして固まるアイリと、ニヤリと笑うレティのコントラストが面白い。
「すまんすまん、子爵息女の
「心にも思ってないことを、もう!」
わざとふくれっ面を作りこっちを見てくるレティに思わず笑った。思い出したらゲームをやっているとき、レティでプレイする方が気楽だったなぁ、と。ゲーム中のレティもノリが良かったが、実際会ってみると小悪魔的な要素も加わっていて、そうしたノリのセンスがパワーアップしていて実に面白く、心が和らぐ。
「ところで・・・・・大丈夫なんですか?」
心配そうな眼差しでアイリがこちらを見てくる。あぁやめてくれ、俺がその殺人光線でやられてしまう!
「問題は勝ち方だな」
「強く出たわね」
内心を悟られまいと無表情に答えると、レティはニコニコとしてこちらを見てきた。多分、言っている意味がわかっている。実力では俺が上だということを。
「完膚なきまでに勝たないと不正と騒がれるに決まってるからな」
力なき平民がいくら勝とうが相手は貴族。黒いものを白くできる力があることを忘れちゃいけない。この世界の不条理を織り込んだ上で勝たなければ、全て敗北に帰せられる。
「大変ねぇ。売られた喧嘩は」
レティはため息混じりにそう言うと、アイリに声をかけた。アイリを連れ出すためにここに来たようだ。確かにこれまでレティが本を読んでいるところを見たことはない。
「グレンさん。ではまた」
「うん。ダンジョンの件はまた言うよ」
「はい」
(いい子だな、アイリは)
立ち去る二人を見やりつつ、そんなことを思っていたらハッとした。
(ちょっと待て。あの二人、仲が良かったか?)
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