ゴーストバスターナナカマド:track9 まだガンには効かないがそのうち効くようになる

「最近眠れないんだよなあ」

 そう愚痴ると、七竈は意外そうな顔で俺を見つめてきた。

「いつも天使のような顔だなあと思って見てたのだけど、まさかそうだったとは……」

「絶対お前が原因だろ!」

「まあまあ……私だったら別にいいじゃないか」

 不穏な一言を残して、七竈は俺の頬を一撫でして、CDラックを漁っている。

「いい夢を見られる音楽でもかけてやろうか」

 と言いながらも、その手の中のアルバムの表紙に『新約ガバキック』と書かれているのを俺は見逃さなかった。布教チャンスをいかなる時でも狙っているその姿勢は、好事家としては満点だが常識人ポイントが欠けすぎている。

「遠慮しとくよ。俺、音楽かかってると寝れないし……」

「残念だ。ハードコアテクノには魔を打ち祓う力があるのにな」

「マジでそうだったらお前に頼ってない」

 溜息混じりで返した冗談に、七竈はそれもそうか、と笑って言った。


 ……その晩、酷くおぞましい夢を見た。ここ数日見た夢なんて覚えていなかったのに、その夢のことだけははっきりと覚えている。

 夢の中でも俺は眠っていて、仰向けに寝ている俺に覆い被さるようにして、誰かがじっとこちらを見ているのだ。それを『誰か』と断言できたのは、人のような溜息を吐いたからだった。一瞬、あの忌まわしい視線のことを思い出したが、それとは全く違うものだとすぐに理解できた。溜息に混じって聞こえた笑い声が、女の声だったからだ。女の姿をした誰かは、俺に覆い被さって、今からどうしてやろうか、といった風に俺を見ているのだった。「……、」

 それに気づいた瞬間、その女と目があった。それと同時に、重みと視線が消えた。何者かが女を蹴飛ばして、その上に馬乗りになって殴りつけている——と、その時の俺は思った。冷静に考えれば、乱闘は視界の外でやられていたはずなのに。

「見るな、見るな、見るな、見るな」

 必死な声で、その誰かは呟いている。

「見るな、見るな、見るな、見るな」

 その誰かの手に長物が握られていて、それが見慣れた日本刀であることに気づいた時、そいつはくるりと振り向いた。それは、血まみれになった七竈だった。

「あっ」

 そう呟いたのが、あいつだったのか俺だったのかは、覚えていない。


 気がつけば、俺は汗でびしょびしょになって布団の上にいた。まだ真夜中だというのに、七竈は椅子の上に座って、CDラックを漁っていた。俺の視線に気づいたのか、七竈は、あっ、と声を上げて振り向いた。

「おはよう、滝二くん。起き抜けに、楽しいハッピーハードコアはいかがかな?」

「……遠慮しとく」

 読書灯の灯りの下、気味が悪いほどに笑顔の七竈に、俺はそう答えることしかできなかった。

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