ゴーストバスターナナカマド:track5 体育館の怪異
狭い部屋の中に、緩やかにテクノポップが流れている。ベッドの上にうつ伏せになった少女は溜息を吐いて言った。
「あのね、確かになんでもするって言ったけども」
うーん、と前髪を触っている少女の名前は森村七竈。その前には、ほとんど歳が離れていない子どもたちが集まって、七竈に頼み事をしている。
「ななちゃんにしか頼めないの!」
「そう!みんなうそだとか、気のせいって言うから!」
「お願い〜っ!」
子どもたちがそう言ってタイミングの合わないお辞儀をしているのを、七竈は見なかった。代わりに、その後ろに立っている俺を見た。
「滝二くん。私たちはチャリティをやってるんじゃないんだよ」
「……わかってるよ」
「じゃあこんなガキどもを連れてくるんじゃないっ!」
七竈が怒鳴ると、すぐさま子どもたちから非難の声が上がる。
「ガキじゃないもん!」
「ななちゃんだって子どもじゃん!」
「いつも同じ色の服着てるくせに!」
「今関係ないことを言ったやつから斬るぞ!!」
痛いところをつかれたのか、ムキになって刀を手に取りそうになる七竈を取り押さえた。意外と力が強い。あんな刀を振り回しているからだろうか。
「ま、まあまあ!それに、この子たちもタダで俺たちを働かせようってつもりじゃないらしいし」「……ほーお。見上げた志じゃないか。見せたまえ」
ちらり、と七竈は子どもたちに視線を送る。子どもにそんな顔するな、と言いかけて黙った。子どもたちの一人が、お年玉を入れるポチ袋のような袋に、パンパンに小銭を詰めたものを差し出した。
「みんなのお小遣い」
「千円はあると思うから」
「ななちゃん……」
流石に子どもたちにじっと見られてバツが悪くなったのか、何も言わずに七竈はそれを受け取った。
「にしても、学校ってこっそり入れるものなんだな……」
体育館の扉を、できるだけ静かに開ける。七竈はいつもの太刀は佩いていない。ガチャガチャ音が鳴るから嫌だ、というのが言い分である。指を口の前に立てて、七竈はまるで泥棒のように足音を殺して歩く。
「田舎だからだよ。油断すると捕まるぞ」
——子どもたち曰く、学校の体育館に『何か』がいるのだという。学校に行きたかったけれど死んでしまった子だとか、兵隊の幽霊だとか、女だとか、色々な脚色をされてその『何か』は学校の七不思議として語り継がれてきたようだ。
「夕方の五時にね、体育館にいると連れていかれちゃうんだって」
子どもたちの一人がそう語った。午後五時に体育館にいると、子どもはお化けに連れていかれてしまう。だからなのかはわからないが、その小学校に通っている児童は、午後五時には体育館への立ち入りが禁止される。
「けどね、うそだと思って。行ったの、友だちと一緒に」
一人がそう言った。その子どもの言うことには、そんな早い時間からお化けが出るわけない、と思って友だち二、三人を誘って行ったそうだ。体育館の倉庫に隠れて午後五時を待った。外から、五時になりました、というアナウンスが聞こえてくる。その途端だった。
「五時になりました」
アナウンスと同じ声が体育館から聞こえてきた、という。
「早くお家に帰りましょう」
声は、倉庫の方に近づいてきた。自分たちがそこにいるのを知っているかのように。
「五時になりました。早くお家に帰りましょう。五時になりました。早くお家に帰りましょう」
近づいてくる声に、ほとんど泣きそうになっていた、という。声が近づいてきて、少しだけ扉が開いて誰かの目が覗いて、がらがらっ、と倉庫の扉が開いた。その瞬間怖くなって、その子はうわーっと泣き出してしまった。けれど、開いた扉から顔を覗かせたのは、体育の先生だった。泣きながら先生に、知らない人が、と言ったけど取り合ってもらえず、怒られたそうだ。
だがしかし、先生のお説教から解放された時気づいてしまった。一緒に来た友だちがいないことに。
「だからさ、もし友だちがいたら、連れて帰ってほしいの」
「でもさ、もし本当だとしたら子どもがいなくなってるんだぞ。もっと周囲が動くんじゃないか?」
俺の疑問に、七竈はふむ、と腕を組んだ。
「その疑問はもっともだ。私も同じことを考えていたからな。滝二くん、これはひょっとするとかなり手強いかもしらんぞ……」
その瞬間、七竈の言葉に被さるようにアナウンスが鳴った。
「五時になりました。早くお家に帰りましょう。五時になりました……」
それと同時に、体育館の中でもアナウンスと同じ声が響く。しかし、中から聞こえるこれは男の声だ。子どもを呼びかけているような声を、七竈はバカにするように笑った。
「だが、小物だ!」
何もない空間を掴んで、腕を真っ直ぐに突き出した。すると、その瞬間『何か』が床に倒れた。倒れた『それ』の姿が、少年になったり、女になったり、兵隊になったりする。やがてそれは一人の少女の姿になった。だが、七竈は容赦という言葉を知らない。
「その程度で妖怪のつもりか?雑魚が!」
少女の姿をした『それ』に、七竈は蹴りを食らわせた。
「どうした?怪異だと言うならば、化けてみろ!私がこの世で一番殺したいほど憎らしい奴に成れ!」
七竈の叫びに、少女の姿が揺らめいた。泥のようなものが音を立てて蠢いたかと思えば、そこには一人の人間が立っていた。七竈は大きく舌打ちをして、『それ』の顔面を殴りつけた。また姿を変えようとする『それ』を掴んで、続け様に殴りつける。
……やがて、逃れようとしていた泥は雲散霧消した。
「……つまらん」
七竈は立ち上がって、手をぱっぱと叩いた。
「ああ、すまなかったね滝二くん。ついかっとなってしまった」
「あ……ああ」
「そうだ。大事なことを言うのを忘れていた。あの子どもの友だちは倉庫で寝ているだろう。送り届けてやりたまえ」
「な、なんで……」
「あれは自分の姿も保持できないただの人攫いだ。どうせ子どもが気を失ったから、その場に隠したとか、そういうことだろう」
……七竈の言う通り、確かに子どもたちがそこに寝ていた。そして、予想通り、子どもたちが見た『倉庫に入ってきた人』はそれぞれ違った。
「そういう方が『怖い』だろ。『怖い』ことがあると、人は誰かに喋りたがる。だからずるいやつはみんなそうするんだ」
七竈は吐き捨てるようにそう言った。
俺は未だに忘れられないでいる。七竈が化けてみろと言って化かさせた人間は、幽霊のような顔色をしていた。青白い顔で、長い髪をうなじのところでまとめて、フロックコートを着た男だった。その男が、慈しむような目で俺を見たのだ。
その目が、あの『千蔵六郎』のように見えてならなかった。
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