妖刀『黒銅大太刀』
広くて四角い部屋に、三人の青年と一人の少女がいた。
「こちらが我が家に古くから伝わる刀——『黒銅大太刀』でございます」
少女と青年たちは今、部屋の真ん中にあるものを囲んで話している。それは、三メートルはあろうかという巨大な大太刀だった。黒塗りの鞘に、白い柄が印象的な、無骨な刀だった。
青年たちは思わず生唾を飲んだ。彼らは圧倒されていた。目の前にあるのは大きいとはいえ、それ以外にはなんの特徴もない、ただの刀である。彼らは一介の学芸員であったはずだった。この刀も展示品として、自分たちの館に置くつもりであった。しかし、どうだろう。今、彼らにその気持ちは微塵もない。どうしてか、この刀を人に見せたくない。どこかに閉じ込めておきたい。そんな感情が湧き上がっていた。
「どうかされましたか?」
どこか上の空であった三人を不審に思ったのか、少女が怪訝そうに声をかけてきた。なんでもない、と誤魔化し、連絡事項はまた追って伝えますとだけ言って、三人は帰った。
その後、三人はずっと黙っていた。しかし、一人があの刀のことについて喋ると、堰を切ったように話し始めた。やがて、彼らの会話は『刀をいかにあの家から盗み出せるか』といったものに変わっていった。その瞬間の彼らは、悪事を企てているという自覚などなかった。家にいるのは女の子ひとりだけだ。それならば、刀を持ち帰る手段だけ用意すれば、なんとかできるのではないか。一人がそう言った。そうしよう、と残り二人が頷き、車輌や軍手、ロープなどの必要なものを揃えた。あの刀を手元に置けるのであればなんだってやる。そんなことを、彼らは本気で考えていた。
……今、彼らのうちの二人は、物言わぬ肉塊と化した。最後の一人は、見下ろされている。
「……言い残したことはないですかあ?」
あの少女が、赤い椿の描かれた黒い着物を着た、大人びた少女が、数日前とは全く違う表情でこちらを見ている。
「ぼ……僕は! 僕は悪くない!」
「そうですか」
思わずそう叫んだ青年を、少女は迷いなく斬り伏せた。少女が持っているのは、彼女がもう息のない学芸員たちに紹介した刀——『黒銅大太刀』!
「カカ! ようやったの、娘っ子」
どこからか、しゃがれた男の声が聞こえた。少女は途端に柳眉を顰める。
「お前を人間に渡す訳にはいかないからな」
「その空威張りもいつまで続くかの? そうやってお前の父親も死んだのだというに」
「あんな男と一緒にしないで。お前を壊すことを躊躇った臆病者に」
少女がそう言った途端、刀ががたがたと震え出す。まるで、肩を揺らして笑っているかのように。
「カカカカ! 儂を壊そうとは! 面白い!」
—— 『黒銅大太刀』は、妖刀である。この妖刀は人を招くのだという。招かれた人は異様にこの刀に執着するようになり、やがて狂死する。あれはそうして死んでいった人の血を啜っているのだ。だからあれほどに人を魅了してやまないのだ——そんな謂れのある刀である。
少女は自分の父親が刀に魅入られ、自らの命を絶った瞬間をその目で見ていた。そうして、ああ、刀が汚れるじゃないか、と冷静に思っている自分自身がいたことにも気づいていた。だから、この手でこいつを壊さなくてはならない。そう、少女はいつも考えている。
「なんとでも言え。お前を壊して、私も死ぬんだ」
紅の塗られた唇から滑り落ちた殺し文句に、妖刀はまた呵呵と笑い声を上げた。
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