第4話 練習試合

「で、あんたから一本取ったら、なんか貰えたりするの?」

 訓練場の中央で、ヒルダが穂先をシーラに向けていった。二人とも強化装甲服パワードアーマーを着て、練習用スピアを片手に持っている。突如として始まった二人の練習試合を見ようと、やじうまが集まってきた。私もその一人だ。


 この前線基地FOB33は、速乾コンクリート立体造形機とブロック工法でつくられた城郭だ。全体は、いわゆる、集中式城郭に近い形をしている。指揮所とヘリポートを備えた天守閣キープを三重城壁が囲んでおり、天守閣キープと居住区をかねた第一城壁の間が広く訓練場になっていた。となると、練習場の中央で誰かが練習試合をしようとすれば、第一城壁にいる半分と天守閣キープにいるほぼ全員がそれを知ることになるわけだ。

 例えば、私とニナが練習試合をしたところで、よほどのもの好きか、賭けができればなんでもいいという人間くらいしかあつまってこないだろうが、今回戦うのはシーラとヒルダだ。BCFのエースと、期待の大型新人の対決である。シーラは言わずもがな。ヒルダは以前所属していた前線基地FOB12へのADAM襲撃に対処し、五匹のADAMを殺している。

 訓練所は非番の連中が全員出てきたのではないかと思うほどの人が集まってきていた。戦術騎士同士の練習試合は、スピアの練度向上が見込めるとして、公式に推奨されている。ゆえに、練習場では頻繁に練習試合を見ることができるし、暇つぶしにと、非番でもわざわざ観戦しにくる隊員もいる。とはいえ、これほどの人が集まってくるのはめずらしい。

 天守閣キープの窓を開け放ち、練習場を見下ろす人影のなかには、副基地司令の姿もあった。シンディ・ブラッドフォード少佐、あるいは“隻眼のシンディ”。彼女は元戦術騎士の叩き上げであり、戦術騎士同士が槍でド突き合うのを見るのが何よりも好きという変人である。

 BCF設立前のこと、首脳部のほとんどが戦死し、戦力も限られた中で、三万人の市民を連れて撤退するという『勿忘草ワスレナグサ作戦』を成功させたのはいまでも語り草だ。しかし、日常的に練習試合へ大金を賭けていたのがバレ、半年の減給処分を食らったのも、同じくらいには語り草になっていた。


「これだけの人が集まってきて、なにもなしってのはないだろ?」

 ヒルダは軽く練習用スピアを新体操のバトンのようにくるくると回しながらいった。練習用スピアは刃はついていないものの、実戦用のコンバットスピアと変わらぬ重さがある。ヒルダはそれを軽々と振り回す。強化装甲服パワードアーマーのアシストがあるとはいえ、尋常なことではない。シーラも長身ではあるが、ヒルダはさらに大きい。身長2m近い筋骨隆々のヒルダと比べると、さしものシーラも小さくみえる。

 やじうまたちの声援が飛び交う中で、シーラは、ただ頷いた。

「名誉だけを」

「ん?」

 ヒルダは首を傾げた。

「騎士らしく、名誉だけを賭けて戦おうじゃないか」

 シーラは両手を広げ、周りを見回した。やじうまたちから歓声があがり、「シーラ」コールが響く。長年、英雄として広告塔になっていただけあって、観客を煽るのも上手いようだ。ヒルダは興奮するやじうまたちを見て苦笑した。

「じゃあ、そういうことにしようか。先輩」

 ヒルダはバイザーを下げ、スピアを構えた。呼応するように、シーラもバイザーを下げ、スピアを構える。両者がにらみ合うと、それまで騒いでいた観客たちが静まり返った。

 息が詰まるような緊張感の中で、先に動いたのはヒルダだった。

 素早い踏み込み。あっという間にシーラを間合いにとらえ、そのまま、鋭い突きを放つ。シーラが穂先を使って突きを逸らす。ヒルダはさらに踏み込み、すくい上げるようにスピアを振るう。

 あの巨体からは想像がつかぬほどの速さ。ヒルダは噂通りのやり手らしい。自身の体の大きさからくるリーチの長さを活かして、一方的に攻め立てている。だが、シーラも負けてはいない。

 シーラが切り上げを身をひねって躱し、穂先でヒルダのくるぶし近くを切りつけた。一瞬踏み出した右足めがけ、スピアの柄のしなりを利用して放たれた攻防一体の一撃。私には穂先が瞬間的にぶれたようにしか見えなかった。すさまじいスピードの攻撃だが、それだけでは有効打にはなりえない。

 戦術騎士の甲冑はダイラタントゲル装甲に覆われており、ADAMの外皮と同じく、素早い攻撃に対してより強い特性を持っている。ADAMによる全体重をかけた体当たりのような質量攻撃はさすがに防げないが、ADAMの爪での引っ掻きやスピアでの素早い斬撃には強い。

 ヒルダのくるぶし当たりのゲル装甲が衝撃によって硬化する。シーラは構わずそのまま穂先を地面に滑らせるようにして横に振るった。前方へ重心を傾けていたヒルダは軸足を払われバランスを崩す。たまらず片膝をついたヒルダを、シーラの三連突きが襲った。ヒルダは初撃をスピアの柄で逸らしたが、二撃目を胸に、三撃目を頭に食らった。そのまま、ヒルダが後ろへ倒れこむ――と思いきや、彼女は勢いのままのけぞり、後方転回をして立ち上がった。

 沈黙していたやじうまたちが歓声を上げる。ヒルダはスピアをシーラへと向けた。彼女の闘争心はまだ折れてはいない。ゲル装甲がある程度衝撃を吸収してくれるとはいえ、シーラの三連突きはすさまじい威力だった。生中な戦術騎士であれば、あのま態勢を崩し、とどめを刺されていただろう。さすがのタフさだ。

 つぎに動いたのはシーラだった。恐ろしい速度の突きの連打。ヒルダは身をよじって躱し、スピアの柄を使って突きを防いだ。しかし、スピアのしなりを使って、上へ下へと打ちわけられる変幻自在の突きに、やがて対処しきれなくなった。喉元に強烈な突きを食らい、ヒルダがのけぞる。動きの止まった一瞬に、シーラはヒルダの右足に穂先をひっかけ、引き込むようにスピアを振るった。ヒルダが後ろへ倒れこむ。辛うじて受け身を取ったヒルダが、スピアを握りなおしたときには、すでにシーラはヒルダの胸にスピアを突き立てていた。

 ゆっくりと突き入れられたスピアが、ゲル装甲を貫通し、薄いセラミック装甲に達した瞬間、ブザー音が鳴った。やじうまたちが歓声を上げる。

 シーラはスピアを引き抜いた後、ヒルダに手を差し伸べた。しかし、ヒルダはその手を握ることなく、一人で立ち上がった。

「次は勝つ!」

 バイザーを上げたヒルダは、それだけを言い残して、練習場から去っていった。レタが慌ててそのあとをついていく。やじうまたちは、一斉にシーラに駆け寄っていって、それぞれにねぎらいの言葉をかけた。私はすさまじい試合の熱に浮かされたまま、それを遠巻きに見ていた。

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