第3話 ヘレン・アシュフィールド
ずっと私はどう死んだらいいのかばかり考えていた。私はあのとき死ぬべきだった。だが、死ななかった。『ヘレン、きみは運が良かった』と皆が言った。でも、本当に運が良かったのなら、私の両親はまだ生きているはずだ。
両親がシタデル04に移り住んだのは、私が生まれる三年前だった。生物学者だった母のおかげで、優先的にシタデルに移住することができたのだ。
世界中いたるところでADAMは出現したが、最も数が多かったのは北米大陸だった。銃弾が効かぬ怪物の出現で、いくつもの都市が破棄された。対ADAM
結果、徐々に人類は海岸線近くまで押し込まれた。これ以上、人類が領地を失わないために作られたのがシタデルだった。人類最後の
私はシタデル04の壁の中で育った。シタデル04では、私が物心ついた時から、
当時、シーラはシタデル04遠征隊のトップエースで、私の英雄だった。凱旋パレードには欠かさず行った。子どものころ一度だけ、彼女を肉眼で見たことがある。
父が私を肩車して見せてくれたあの光景は、いまでも目に焼き付いている。満艦飾の隊列の中で、まぶしい金髪をなびかせ、誇らしげに槍を掲げるシーラは、テレビで見るより、ずっと美しく強く見えた。私は彼女にあこがれて、大人になったら遠征隊に入ろうと思っていた。いつかシーラと肩を並べて戦うことができたら、どんなにいいだろうかと夢見ていたのだ。
破局が訪れたあの日は、いつもと同じような火曜日だった。私は、いつものように学校に行って、授業を受けていた。朝のうちからADAM接近の注意報が出ていたけれど、それもいつものことだった。いつものように、50cm砲と戦術騎士たちが、ADAMの群れをやっつけてくれるのだと信じていたし、遠征隊も帰ってきたばかりだったので、もしかしたら、午後には活躍したシーラのインタビューが聞けるかもしれないとすら思っていた。
結果は違った。それまで観測されたことのないほどの数のADAMが地雷原を踏みつぶし押し寄せてきて、要塞砲の処理能力を上回った。そのうえ、ADAMが山のように積み重なって、防壁にとりついたのだ。防衛隊や遠征隊も奮戦したようだが、幾匹かのADAMが防壁を乗り越えて、シタデル内部に侵入するのを許してしまった。
シタデル04はパニックに陥った。シタデル03から増援が到着するまでの間に、市街はめちゃくちゃに荒らされた。私は教師たちに連れられて、シェルターに入ったようだが、そのときのことも、そのあとのこともあまり覚えていない。気がついたときには、私は両親を失って、孤児院に入っていた。
あのころの私にとって、両親は世界のほとんどすべてだった。からっぽになった私を、いままで動かしてきたのは怒りだ。ひどい裏切りへの怒り。ADAMを打ち漏らしたシーラへの怒りだった。どうして、あと一匹多く、私の両親を殺したADAMを殺してくれなかったのか。シーラのことを思うたび、はらわたが煮えくり返った。怠惰だと思った。傲慢だと思った。惰弱だと思った。不公平だと思った。あの怒りがあったからこそ、どんなつらい訓練も耐えられた。
でも、いまは違う。
シーラは怠惰でも、傲慢でも、惰弱でもないということを、私は知ってしまった。彼女は勤勉で、謙虚で、強い。不公平さがあったとしても、それはシーラの責任ではない。シタデル04の防衛がシーラで無理だったのなら、世界中の誰でも無理だ。仕方なかった。それが事実。
だが、私はどうしても両親の死が仕方なかったなどと思いたくなかった、なにかが、誰かがもっとうまくやれば、両親は死なずに済んだのだと、せめて信じたかった。最善を尽くさなかった誰かが悪い。それは、シーラのほかにいないと思っていた。
同時に、自分がADAMに復讐する力も勇気も持っていないから、シーラに八つ当たりしているだけなのだともわかっていた。だからこそ、自分を、シーラに罰してほしいとも望んでいた。私の両親と同じように、シーラに殺される。これで死に損なった私が死んで辻褄は合うというものだ。それに、私よりはるかに強大で美しい存在に殺されるのは、きっと素晴らしいことだろうと思う。この前のADAMのように、見つめられながら殺されるのなら、なおのこと良い。
私はシーラを心の底から崇拝しつつ、殺したいほど憎んでいた。彼女を殺すべき理由が、彼女を殺すべきでない理由と同じくらいあった。シーラを殺したい、シーラを殺したくない、シーラに殺されたい。矛盾した考えが、支離滅裂に頭の中をぐるぐる回ってまとまらない。
むちゃくちゃなのは自分でもわかっていた。でも、どうしようもない。私の心はずっと昔に粉々に砕けて、そのままなのだ。
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