第47話 分かってる?
いつものように夜七時になると有馬真一が音無千鶴の家にやってきた。千鶴は笑顔で出迎える。
「いらっしゃい! 真一」
一瞬瞠目し、動きを止めた真一だったが、すぐに『おじゃまします』とこれもまたいつも通りに律儀に挨拶をして、家にあがってきた。
千鶴の母親が作った夕食を囲み、他愛ない会話を楽しんでいると、居間の電話が鳴った。電話に出た母の反応から、近所の人だと分かる。
「千鶴」
食べ終わった皿を流しへ運んでいた千鶴を、電話を終えた母が呼んだ。
「なあに?」
「山田さんのおじいさんがたくさん魚を釣ったらしいの。何匹でもいいから貰って欲しいんですって、ちょっと行って来るわね」
エプロンを脱ぎながら短い説明を残し、容器を手に母はあっというまに山田さん宅に行ってしまった。
「あらあら、行っちゃった」
よそ見をしながら皿を洗おうとしている千鶴の隣に真一が立つ。
「俺が洗うよ。キノは食器を拭いて、仕舞ってくれない?」
「オッケー!」
千鶴はスポンジを真一に渡し、手を洗う。片付けは二人ですればあっという間に終わってしまった。いつもより時間は早かったが、二人で勉強を始めることにした。
「あっ! そうそう。真一に教えてもらいたい問題があったの!」
そう言うと、千鶴は自室に問題を取りに行く。
ふと視線を向けた先、本の隙間から覗く懐かしいアルバムが目に留まり、思わず手を伸ばしていた。
「真一! ちょっと来て!」
階下に向かって大声で呼べば、真一が慌てて階段を駆け上がって来た。
「……キノ?」
背後から声を掛けられ振り向けば、真一が開いた扉の外でじっとこちらを見て立っていた。その表情はどこか困惑しているように見える。
「何やってるの?」
千鶴は首を傾げる。
「聞きたいのは、おれの方なんだけど……」
「懐かしい写真が出て来たの! 小学校の頃のアルバムだよ。真一、早く入って来てよ」
「……親がいない時に、男を部屋に入れるもんじゃない」
言っていることもそうだが、真一の声はいつもより硬かった。
「え? 男? もう、何を変なこと言ってるのよ! ほらほら、早く来てってば!」
廊下から一歩たりとも入って来ようとしない真一の姿に焦れた千鶴が強引にその腕を掴んだ瞬間、千鶴の体がくるりと回転し、トンと背に軽い衝撃を受ける。
いつの間にか千鶴は廊下にいて、壁に背を付けて立っていた。驚きのあまり目を見開けば、顔の横にドンと音をたてて真一が手を付く。
「……ねえ、おれも男なんだよ。ちゃんと、分かってる?」
そう呟く真一の声はどこか苦しそうに聞こえた。その表情に笑みはなく、感情を無理に押さえつけているようにも見える。
だが、一体何が自分の身に起きているのかさっぱり理解できない千鶴は、ただ茫然と真一を見上げるばかりだ。そんな千鶴に向かって、真一は顔をゆっくりと近づけてきた。整った顔が視界を覆い、千鶴は思わず目を閉じた。
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