第38話 練習試合。

 陵蘭高校の白いブレザーを着た生徒達が次々と校門の中へと入って行く。


「有馬君、おはよう!」

「おはよう」

「おはよっ! 有馬!」

「おはよう」


 月曜日の朝、真一は同級生達と挨拶を交わしながら自分の教室へ向う。


「お・は・よ! あ~りま!」

 

 真一が自分の座席に腰を下ろすのと同時に、教室の入り口に姿を現したのはいつも無駄に元気な佐倉要だ。教室に真一の姿を見つけた途端、満面の笑みを浮かべて駆け寄って来た。


「昨日は、どうだった?」

「どう、って?」


 キラキラと瞳を輝かせている要に目もくれず、真一は鞄から教科書を出しながら質問に質問で返す。


「またまた~。昨日、行ったんだろ? パンケーキのお・み・せ・に!」


 相変わらずふざけたような口調で、要はさらに尋ねてくる。真一はピタッと手を止め、首を回し要の顔を真っすぐに見た。


「……ありがとう。教えてもらったパンケーキの店は良かったよ」

「うんうん。……で?」


 明らかに何かを期待したような目で要は真一の顔を見つめてくる。


「……で、って?」

「だ~か~ら~」

 

 さっと周りに視線を走らせた要は、声のトーンを少し落とし、そっと耳打ちしてくる。


「……昨日、千鶴ちゃんに好きだって言ったんだろ?」


 どうやら真一の片思いの進展が気になっているらしい。なぜ人のことがそんなに気になるのか、この男の思考がまったく理解できない真一だった。

 だが、関わらせてしまったからには、答えるのが筋なのかもしれないと思い直す。


「……いや、言ってないし、言わない」

「え? 何で? 何でだよ!」

「……」


 尚もしつこく聞いてくる要に、素直に答えた事を後悔しはじめた真一の目に、朝練を終えた森口が同じ野球部の堀と共に教室の入り口に現れたのが映る。


「この時期にグランドの工事ってありえないだろう!」

「俺に怒るな。それに、工事は二日間だけだ。その内の土曜日は、東校が練習試合してくれるんだから、そんなに怒ることもないだろう」


 堀が苛立ちを露わにしているのを、森口が宥(なだ)めている。


(……東校?)


 森口達の会話が気になった。東校といえば、千鶴の学校だったからだ。


「森口! 東校で練習試合するのか?」


 要の質問に、森口は素直に頷く。


「ああ。……今頃になってグランドのフェンスを取り換えるらしいんだ」

「取材対策かな?」

「それだけ学校が今年の野球部に期待しているってことなんだろう。……土曜日の練習試合って、おれが見に行ってもいいのかな?」


 真一が口を開けば、要が驚いた顔を向けてきた。


「え? 有馬が行くなら俺も行きたい!」

「! 佐倉が応援に来てくれるなら、俺は必ずホームランを打つ!」


 きらりと目を光らせ、森口が熱い口調で佐倉に誓う。本当に、森口は佐倉の事が好きらしい。佐倉はいい奴だと真一も認めているが、やはり森口は物好きだと思う。


「ああそう。がんばれ~」

「必ず来てくれ。俺のホームランはすべて佐倉のものだ」

「おまえは、いつも暑苦しんだよ!」


 隣でぎゃあぎゃあと言い合っている二人の声は、いつの間にか真一の耳には届いていなかった。二人の事よりも真一の思考のすべてを埋め尽くしていたのは、別の事だった。


(千鶴の学校……)


 まだ月曜日だというのに、真一はもう土曜日が待ち遠しくなっていた。

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