第28話 怖い。

 澄んだ朝の空気の中、小鳥のさえずりが心地よい。

 だが、音無千鶴は悶々した表情を浮かべ、学校への道を歩いていた。


「ちづ~、おっはよ!」


 背後から元気に声を掛けて来たのは、千鶴の親友の三嶋舞だ。


「あっ、おはよう。舞!」

「ん?! どうしたの? 難しい顔しちゃって、まだ有馬君の彼女さんの事で悩んでるの?」


 舞は千鶴の冴えない表情に気付くと、顔を覗き込むように聞いてくる。


「あ、その話なんだけどね。佐倉って、下の名前じゃなくて、名字だったの。それも男子だった。私の勘違い! ごめん!」


 手を合わせて謝る千鶴を見る舞の目がキラリと光った。


「へぇ~、そうなんだ。……有馬君に聞いたの?」


 千鶴は首を振る。


「真一と一緒にいた時に、たまたま佐倉君から電話があって、その時に……ね」

「……じゃあ、今は有馬君には彼女がいないんだね?」


 再び千鶴は首を振る。


「……それは、分からない」

「え? 何で、分からないの?」


 舞は首を傾げた。


「聞かなかったし、というか、聞ける雰囲気じゃなかった……」

「雰囲気? 有馬君がどんな雰囲気だったの?!」


 まるで飛びつきそうな勢いで舞は聞いてくる。その様子に少し面食らいながらも、千鶴は昨夜の事を思い出しながら答えた。


「……ちょっと、怖かったんだよね──」

「え? 有馬君、怒ってたの?!」

「あっ、違う違う。いつもより優しかったぐらいだよ」


 舞の問に、千鶴は慌てながら両手を振って言い直す。


「じゃあ、何が怖いと思ったの?」


 舞はまったく話が見えてこないので、焦れはじめた。


「だって! 覚悟しててね、って言われたんだよ! すっごいまじめな顔して!」


 その時の事を思い出したのか、千鶴は怯えた顔をして舞に訴える。


「嘘! マジで?! 千鶴は何を覚悟しないといけないの?!」


 千鶴とは対照的に、舞は少し興奮気味だ。


「それが、分かんないんだよね。真一って、彼女が出来たら私を無視するんだよ! だから、それが嫌だって話をしたら、そう言われたんだよ」

「ふ~ん。……ちなみに、千鶴は何を覚悟するんだと思う?」


 どこか意味ありげな表情で舞が質問してくる。千鶴は困った表情で考え込んだ。


「───真一って、人見知りが激しいんだよね。だから、……彼女と遊ぶ時に、私を同行させるとか……?」


あはははははっ!


 突然、舞が大笑いしはじめた。そして、目に浮かんだ涙を拭いながら千鶴を見つめる。


「ないわ~。それは無いって。……もし、本当にそうだったら、引くわ~」

「はは、……だよね」


 千鶴は少し恥ずかしそうに頭をポリポリと掻くと、視線を遠くに向け、つぶやく。


「でも、最近の真一って、変なんだよ。もう何を考えているのかさっぱり分かんないの。それにね。時々、知らない人みたいな感じがして、……怖いと思っちゃう」

「……そうなんだ」


 さきほどまで大笑いしていた舞だったが、今は真摯な表情で千鶴の話を聞いてくれていた。


「………昨日だって、真一は顎をおもいっきり打った後、のけぞって大笑いしていたんだよ!」

「それは、………怖いね」


 千鶴と舞はそれぞれの思いを胸に学校へ向かうのだった。

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