第24話 頑張って。

 突然、目の前に現れた三嶋舞は、腰に手を当てていどむような目で真一を見ている。

だが、そんな舞の姿よりも、真一は彼女の背後が気になった。


「あら、残念ね。ちづはいないわよ」


 まるで真一の心を読んだかのように、舞が冷ややかに告げる。


「………」


 真一は舞へ視線を戻した。真一の纏う空気の温度が一気に下がっていく。


「あれ? 何? どうしたの?! え? 有馬⁈」


 真一をリスペクトしている要が真一の様子が変わったことに気付き、慌て始めた。


「…………おれに、何か用?」


 隣で動揺する要を放置し、真一は不機嫌を隠そうともせず舞に尋ねる。

 だが、今日の舞は怯んだりしなかった。


「先日は、どうもごちそうさまでした」

「………」


 まさかこんな上からの態度でお礼の言葉が返ってくるとは思いもしなかった真一は、意表を突かれ僅かに目を見開く。


「──────それは、わざわざどうも」

「お礼もかねて、どこかお店に入って少しお話しませんか?」

「結構です」


 だが、すぐに話は終わりと言わんばかりに、真一はさっさとこの場を去ろうとして舞の横を通り抜けようとした。


「待ってよ! あなたに確認したいことがあるって言ったでしょう!」


 再び舞に呼び止められ、振り向いた真一の眉が僅かに寄る。


「ねえ、『さくら』って誰?」


 拒絶を真一が口に出す前に、舞が尋ねてきた。


「さく………ら?」


 舞の質問に対し、真一は咄嗟にオウム返しで答えていた。質問の意味がまったく分からなかったからだ。まるで真意を探そうとするかのように彼女の顔をまじまじと見つめる。


「まさか、知らないとは言わないわよね?」


 真一の探るような眼差しが気に入らなかったのか、舞は僅かに目を細めた。


「金曜の夜にわざわざあなたが会いに出かけた人のことよ。そう言えばわかるかしら?」

「はい。は~い!」


明らかに険悪な雰囲気になっていく二人の横で、まったく空気を読めない男が勢いよく手を挙げる。


「え?! な、何?」

「俺です!」


 驚く舞に、自分を指さしながら要は陽気に答える。


「はあ? 今、関係ない人は黙っていてもらえますか?」

「いや、だから佐倉です」

「──────え…………?!」

「俺、佐倉要っていいます」

「さくら………かなめ?」


 意表を突かれたのは舞のようだった。茫然としたまま要を見上ている。


「そう。人偏に左と倉庫の倉で、佐倉です。有馬とは同じクラスなんで、これからもよ・ろ・し・く!」


 勝手に自己紹介を終えると、要はにかっと笑った。


「………………………………あ、………は………あは、あはははははは」


 突然笑い出した舞の姿に、真一と要は顔を見合わせた。


「ふふふふ。ごめんなさい」


 笑い過ぎて浮かんだ涙を指先で拭いながら、舞は謝罪する。

 そして、要に微笑みかけた。


「私、三嶋舞っていいます。佐倉要、っていい名前ね」

「そう? ありがとう、三嶋さん」


 名前を褒められて悪い気はしなかったのだろう、要はにこにこと愛想良く舞に接している。

 だが、真一は憮然としたままだ。そんな真一へ舞はにっこりと笑いかけてきた。


「時間を取らせたお詫びに、いいことを教えてあげる」

「………」


 まったく聞く気のなさそうな真一の姿に舞は別段気に留めた様子はなく、ご機嫌なまま話を続ける。


「今日ね、ちづったらずっと気もそぞろだったの。挙句の果てに、顔面でボールを受けて鼻血まで出していたわ」

「!」


 千鶴が鼻血を出したと聞いて、真一はぎょっとする。


「ああ、鼻血は心配いらないから。ティッシュ詰めてたらちゃんと止まっていたから」

「ティッシュ………」


 真一の動揺に気付いた舞が軽く右手を振りながら千鶴の無事を伝える。一応千鶴が大丈夫なのだと分かり、真一はほっと胸を撫でおろす。

 そして、真一が視線を戻せは、舞と目が合った。彼女は真一の目をしっかりと捕えたままわざと口調をゆっくりとしたものに変えた。


「ねえ、ちづは何に気をとられていたのだと思う?」


 じらされていることに真一は気付いていたが、その意図が分からない。仕方なく舞に付き合うことにする。


「気をとられる?」

「ええ、そう。『さくら』って、誰なのかしら? って」

「………?」

「ちづは有馬君に『さくら』って名前の彼女がいるって勘違いしているみたいよ」

「!」


 真一の目が大きく見開かれる。その顔を見て、舞は満足そうな笑みを浮かべた。


「頑張ってね、有馬君。じゃあ、佐倉君もさようなら」


 突然現れた三嶋舞は、現れた時と同じようにあっという間に雑踏の中へ姿を消した。見えなくなった舞の姿を追うように、真一と要はしばらくの間、彼女が消えた先を見つめていた。


「………美人で、面白い子だね~。前に有馬と一緒にお茶していた子だよね?」


 三嶋舞へ興味を示す要の声は、真一の耳には届いていなかった。すでに別の事に気を取られていた。舞からもたらされた情報は真一にある可能性を示唆していた。


 もしかすると、千鶴が真一を意識しはじめているのかもしれないと。

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