第7話 ドルチェの憂鬱 Part1

それは今夜。ドルチェ様を起こしに行った時のこと。

俺はいつものように寝てるだろうなと思いつつ、ノックをした。


「ドルチェ様。俺です、入りますよ」


「んー、いいよー」


……起きてるなんて珍しいな、と驚きつつ部屋に入ると。


「おはよう、ジン」


「おはようございます。……それで、これは何ですか?」


「んー、本?」


「それは見たら分かります。どうしてこんな犯罪現場みたいになってるんですか?」


ドルチェ様の部屋は、ひどい有様だった。床、ベッド、机。至る所に本が散乱していて、まるで強盗が荒らし回った後の様だった。


本に埋もれながら、ドルチェ様は話し出す。


「昨日寝る前に本読んでたらね、ふと思い出したの。一年くらい前に読んだ本で、面白いのあったなって」


「はあ」


「勿論内容は全部思えてるけど、それでももう一回読みたいなぁって思って、部屋の中探したけど、無かった……」


しょんぼりとしながら小さな声で話すドルチェ様。

……マズイ。

部屋に無いとしたら、可能性としては『あそこ』しかない。


「それは残念ですが、まあ無いものはしょうがないですね。さ、そんな事は忘れて、お着替えを始めましょうか。散らばった本は後で俺が」


「だから、今から探しに行きます」


この流れはマズイ。


「……ああ、本屋にですか? でも、この時間は閉まっていると思いますよ。何だったら明日俺が」


絶対にマズイ。


「もう絶版になってるから、本屋には売ってないよ。だから『ブックハウス』に探しに行きます。ジン、着いてきて」


「嫌です」


「……着いてきて?」


「可愛く言っても嫌です」


渾身のキメ顔をスルーされたドルチェ様は本の布団から出てくると、俺に飛びかかってきた。


「着いてきて着いてきて着いてきて!!」


「嫌です! あっ! もう! そんなに動けるなら普段からもっとキビキビ動いてくださいよ!」


「うー! うー!」


「そんなに叩いても俺は、あ! ちょ! ちょっと痛い! 痛い痛い!」


ドルチェ様は本の事になると見境が無くなる。それが良いところであり悪いところでもあるが、一度こうなってしまったら正直めっちゃ面倒くさい。


「前もこんな事ありましたよね! 急に俺をブックハウスに連れて行って、『じゃあ、一緒に頑張ろう……!』とかいって本を探し続けた事! あれ結局何時間かかりました!?」


「……1時間くらい?」


「3日です! もう俺はあんな苦行は嫌です!」


「ヤダ! 読みたい読みたい読みたい!」


子供のように地面に寝っ転がってダダをこね始めたドルチェ様に、俺はゲンナリした。

ダメだ、完全に読みたいモードに入った。

一旦このモードに入ったら、ドルチェ様は何時間でも何日でもダダをこね続ける。

それを考えれば、まだ本を見つけるほうがマシか……。


「……表紙と本のタイトル、覚えてるんですか?」


ドルチェ様は勢いよく起き上がると、目を輝かせながら何度も頷く。


「……このままずっと引きずられる位なら、見つけたほうがマシです。ですが、これで最後ですよ! もう次からは絶対に絶対に手伝いませんからね!!」


「うん…! うん…!」


仕方ない、覚悟を決めよう。


「それと、二人じゃ辛いことは前に分かったので、今回は助っ人を連れていきます」


「……誰?」


俺はニヤッと笑うと、ポケットからディスタ様特製のアレを取り出してこう言った。


「一緒に地獄に落ちてくれる優しい方たちです」



城に隣接する形で創られている巨大図書館。ここが、ドルチェ様個人が保有している図書館、通称『ブックハウス』だ。

ここにある本は全てドルチェ様が世界中から集めた本や資料で、表に出ているものと倉庫に眠っているもの全て合わせると、その数は数千万にも数億に登ると言われている。

要するに、とんでもない数の本がここにあって、俺達は今から、その中のたった一冊を見つけなければいけないという事だ。


「――と言うことなんで、今日はお願いします。アンナ、ベロ様」


「ジン、これはどういう事?」


「悪いとは思ってる。でも、二人じゃどうしようないんだ。ね? ドルチェ様?」


「皆、一緒に頑張ろう…!」


ドルチェ様は両手を胸の前でグッと力を入れる。


「……あの、ジン? どうして私まで?」


ベロ様はよく状況が理解できていないのか、戸惑っているようだ。

だが、ベロ様は俺に貸しがある。仕えるべきお嬢様にこんな事させるのは心苦しいが、今回に限ってはそんな事言ってられない。


「……ベロ様、前のお茶会の時に」


そこまでで思い出したのか、ベロ様はビクッと反応する。


「俺のズボンを無理やり脱がして、それを城のてっぺん」


「わー! わー! 分かりました! 手伝いますから! あの時のことはもう許してください!」


俺は手をバタバタさせて話を遮るベロ様にニコッと笑顔を向け、アンナの方を見る。


「アンナ、今日は来てくれてありがとう。アンナが来てくれたら百人力だ」


「こんな事なら来なかったけどね。……はぁ、もう来ちゃったものはしょうがないし、私も手伝うわ。全く、ジンは本当に世話が焼けるわね」


アンナは本当にいい人だ。こんな人を地獄に引きずり落とすのはちょっとだけ胸が痛い。

まあ何を言われようと無理矢理にでも手伝ってもらうつもりだったけど。


「じゃあ、ドルチェ様。本のタイトルと、表紙の絵をお願いします」


「うん。本のタイトルは『レイン』で、表紙は、男の子と女の子が大きな木の下で手を繋いで座ってる。内容は、一見ただのボーイミーツガールモノに見えて実は奥が深い。主人公のバル・ホークワンは10歳にして少年兵になるの。それで紛争地に送り込まれるんだけど、そこでヒロインのシャルル・ノーツと出会って、二人は恋に落ちていく。でもね、それをよく思わない」


「ドルチェ様、もう大丈夫です!」


「……これからが良いところなのに」


ドルチェ様はプクッと口を膨らませて俺を睨む。

途中で遮ったのは悪いが、あのままだと永遠に話し続けるだろう。それじゃあ話が進まない。


「という訳で、その本を今から探します。ドルチェ様が言うには、読んだのは一年くらい前らしいから、おそらくは倉庫じゃなくて本館にあると思われます。それじゃあ、各自頑張って探しましょう、解散!」


さあ、地獄の宝探しスタートだ。



俺はまず手始めに一周してみる。

これで見つかったら楽なんだけどな。なんて浅はかな考えも少しはあったが、まあ、そう上手くは行かない。


「それにしても、何冊あるんだ。これ」


つい心の声を漏らしてしまったが、それほどに、このブックハウスは広い。前の世界にいた時でも、ここまで沢山の本がある図書館は無かったと思う。

俺は何となく、適当に一冊手にとってパラパラとページをめくってみる。

見たことのない変な絵の下に、名前だと思われる文章が書いてある。その横にはグニャグニャとした文字で書かれた説明文らしきもの。

普段城から出ることがあまり無いから実感が湧きにくいが、こういう時にふと思い出す。

そうだ、俺は異世界に来たんだな。……元気にしてるかな、皆。

俺が元の世界の事を思い出してしんみりしていると、後ろに気配を感じた。


「ジン、何読んでるの?」


首を回して後ろを見ると、ドルチェ様が興味深そうに、俺の持っている本を見てくる。


「ああ、ドルチェ様。何の本なんですか? これ」


俺は片膝を着いて、見やすいように表紙をドルチェ様に見せる。

すると。


「これは植物図鑑。それも危険指定された植物の図鑑」


その事を頭に入れ、適当にページを開いて絵を見る。……まあ、言われてみれば植物に見えるような見えないような。

でも、ええ……。

ドルチェ様は俺の肩に顎を乗せるようにして、覗いてくる


「そのページは食人花草っていう植物の説明が書いてるよ。えーと、森などで迷った旅人や冒険者をそのきれいな見た目と匂いでおびき寄せて、近づいてきた所を一気に触手で襲って、最後には溶解液で溶かして食べる。だって、怖いね」


「怖すぎますよ、何なんですかこの世界の植物は」


「ねぇ、次のページ。早く」


ドルチェ様は手を伸ばしてめくろうとする。


「ああもう、俺がめくりますから。えーと、次は……。見たことあるな、これ」


「これは火草って言って、食べたら手から火炎弾が出せるようになるんだって。ジン、何で知ってるの?」


「まあ、俺の育った所の住人なら大抵は知ってますよ。俺もお世話になったんで」


ドルチェ様は不思議そうに首を傾げる。


「いくら不死身だからって、あんまり生えてる草とか食べちゃダメだよ」


「分かってますよ、心配してくれてありがとうございます。ドルチェ様は優しいですね」


俺がそう言うと、ドルチェ様は照れ隠しからか俺の背中を叩いた。


「……別にそんなんじゃない。ジンはおバカさんだから、変な草でも美味しそうだったら食べちゃうでしょ?」


「ドルチェ様は俺のことをそんなバカだと思ってたんですか」


ちょっとだけショックだった。


「……まあ、もしジンが変なの食べても、私が治してあげるから」


少し顔を赤くしながらそう言うと、ドルチェ様はもう一度俺の背中を叩く。

やっぱり優しいな、この人は。


「じゃあ安心して食べれますね」


「……やっぱり食べるんだ。今自分で言った」


ドルチェ様は信じられないという表情を浮かべる。


「今のはそういう事じゃないですよ! 全くもう!」


「それは私の言葉なんですけど。何やってるんですか? 二人とも」


怒気を含んだその声に、俺とドルチェ様はピタリと動きを止め、オズオズと振り返る。


「ジンにドルチェ様? もしかして今、サボってましたか? そんな訳無いですよね? もしそうなら、分かってますよね?」


眉間に青筋を浮かべて仁王立ちしているアンナに、俺達は全力で謝った。


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