第6話 キャッスル・ラン! Part2


「いつからですか! いつから開いてたんですか!?」


「知らねぇよ! ……そういえば、お前に飛びかかった時に何かが足に当たった気がしないこともないこともないこともない様な」


「素直に足が当たったって言ってくださいよ!」


全力で廊下を走る俺達を、通りかかったメイド達が不思議そうに見ているのを感じる。

マズイ、このままじゃ怪しまれる。


「リーナ様! ここは二手に別れましょう!」


「分かった! ……おいお前一人で逃げるつもりじゃ」


「もう遅いですよ! そんな事言ってないで、早く探してください! 今は外に出ているはずなんでいいですが、もしマリー様が俺達より先にシュヴァルツを見つけたら……ボン! ですよ」


「怖いこと言うんじゃねえ! じゃあ俺はこっち探すから、ジンはそっちを頼む!」


「はい!」


正直このまま知らんふりしてやろうかと思った事は、リーナ様には言わないでおこう。



「おーい、どこだー」


ここは城内のドレスルーム。さっきから探し回っているが、気配すら感じない。

もう絶望だな、こりゃ。と諦めかけていると。


「ジン。見つかった?」


後ろから声を掛けられ振り向くと、そこにはアンナが立っていた。

良かった、一瞬マリー様が帰ってきたのかと……、ちょっと待て、今見つかった? って言ったか?。

アンナはシュバルツの事は知らないはずだが。


「え、いや、あ、え? 何が?」


自分でも分かるくらいキョドってしまった。終わったわ、これ。

だが、アンナは首をかしげると、変なことを言い出す。


「あれ? てっきりジンも探してるのかと思ったのに。マリー様のイヤリング」


……マリー様のイヤリング? なにそれ。


「マリー様がどうかしたのか?」


「うん。さっきね、マリー様がお帰りになられたんだけど、ちょっと様子がおかしかったの。それで話を聞いたら、イヤリングを片方無くしたらしいのよ。だから、今メイド総出で城内を探し回ってるの」


「あー、なるほど。……え、マリー様がお帰りになられた?」


「うん」


「てことは、今城内に?」


「居る。そういえば、ジンはこんなとこ」


俺はアンナの話の途中で駆け出していた。



ヤバい、ヤバイヤバイヤバイヤバい。

半泣きのまま無我夢中で走っていると、たまたまリーナ様と合流した。


「リーナ様! 聞きましたか!」


「ああ、メイドから聞いた。まさかこんな時になぁ……」


リーナ様は頭を抱えてうずくまる。


「今はそんな事してる場合じゃないですよ! マリー様が城内にいる以上、俺達のほうが早く見つけないと、血にまみれた残骸の処理をするハメになるんですよ!」


「そんな事出来るかよぉぉ! うわぁぁん! シュヴァルツゥゥゥ!」


子供のようにワンワンと泣き出してしまうリーナ様。

勢い余って変なこと言っちゃった、どうしよう。


「リーナ様! どうされたんですか!?」


リーナ様の泣き声を聞きつけて、アンナを含めたメイド達が集まってくる。

これだけでもマズイが、さらに。


「ちょっとどうしたのよ。……リーナ!? 何があったの!? ジン! 一体……何よその笑顔」


マリー様まで来ちゃったよ。

これはもうダメかもわからんね。

俺が全てを諦めて笑っていると。


「きゃああああ! そこ! そこに何かいます!」


メイドの一人が悲鳴を上げた。

俺達がそっちを向くと、そこには。


「!! シュヴァルツ!」


リーナ様は、のんきにテコテコ歩いていたシュヴァルツを抱えあげるように抱きしめる。


「ちょっと! 何よそいつ! リーナ! どういう事か説明して!」


それを見ていたマリー様は、慌てふためきながらリーナに詰め寄っていく。

修羅場と化したこの場、どうしようかと悩んでいた時。


「あれ? その子、何か咥えてません?」


何かに気づいたアンナはシュヴァルツに近づき、咥えていたものを自分の手に乗せると。


「これ! マリー様のイヤリングですよ!」


「「「「「……え?」」」」」



その後、俺、マリー様、リーナ様、アンナの四人は、リーナ様の部屋に集まった。


「なるほどね、まあ事情は分かったわ。でも、流石に城内で飼うのはねぇ」


マリー様は額に指を当て、何かを考えている様だ。

俺とリーナ様は、正座をして横に並び、マリー様の判決を待っている。さっきからリーナ様が俺をチラチラと見てくるのは、何とかしてくれって事だろうか。

俺が何を言おうか考えていると、リーナ様は覚悟を決めたのか、口を開く。


「……マリー。いや、マリー様。お願いします! 世話は全部俺がします! 絶対他のやつには迷惑掛けないようにするから、許してください!」


必死に頭を下げるリーナ様に、マリー様もどうしたもんかという表情を浮かべる。

おっ? てっきり完全に拒否すると思っていたが、意外な反応。

これは……。


「マリー様、俺からも一ついいですか?」


「なに?」


リーナ様は不安そうに俺を見る。

こうなったらもう最後までリーナ様をサポートするのが、執事の仕事だ。


「そこにいるシュヴァルツは、マリー様の大切なイヤリングを見つけるという大仕事を見事に果たしました。由緒正しきスターライト家の主としては、何か褒美を与えるべきだと考えます」


俺はアンナに抱えられて大人しくしているシュヴァルツに目を向ける。


「……そうねぇ」


マリー様は悩んでいる。もう少しか。


「それに、ブラックウルフは子供の頃から訓練すると、主に忠誠を誓う、立派な使役動物になると言われています。ここは一つ、リーナ様に訓練させてはどうでしょうか? きっとリーナ様にとっても貴重な経験になります」


マリー様は貴族ということに誇りを持っている。そこを攻めれば……。

俺の話を聞いたマリー様は唸るように悩み、やがて、ふうっと息を吐いた。


「……分かりました。リーナ、責任を持ってそのホワイトウルフを訓練すること、いい?」


それを聞いたリーナ様は、マリー様に抱きついた。


「うん! 俺、頑張るから! 絶対頑張るから!」


泣きじゃくるリーナ様の頭をマリー様が優しく撫でる。

何かデジャブを感じるが、今回は上手くいったようだ。



次の日、リーナ様に呼ばれた俺は、部屋の前に来ていた。


「リーナ様、入りますよ」


「おう、入れ」


中からそう聞こえ、俺は扉を開ける。そこには。


「おお、きれいになりましたね」


きちんと身体を洗われ、すっかりキレイになったシュヴァルツを抱いたリーナ様が座っていた。

こころなしか、昨日より凛々しくなった気がする。


「ああ、もうこいつはスターライト家の一員だからな。なぁ〜? シュヴァルツ」


リーナ様はやさしくシュヴァルツを撫でる。気持ちそうに見をよじる姿は、確かに可愛い。

後で俺も触らせてもらおう。


「昨日は色々世話になったな。……悪かったよ、無理やり巻き込んだりして」


珍しく、リーナ様は頭を掻きながら申し訳無さそうな顔をする。


「良いですよ、いつものことですから」


が、それもつかの間。俺の返事を聞くと、すぐにいつもの自信あふれる顔に戻った。


「それもそうだな、じゃあこれからもどんどん無理言うから」


「いや、それは勘弁してください。毎日こんなんだと、身がもたないですよ」


「大丈夫だって。だってお前は、この俺が認めたスターライト家の執事だぞ?」


「……そうですかね」


全くこの人は。

ちょっと嬉しいのが困る。


「そうだ。だから、これからも頼むぞ、ジン」


「はいはい、分かりましたよ。それで、用はそれだけですか?」


「おお、実はな、シュヴァルツ用の首輪が必要なんだ。ジン、街まで付き合え。今から」


「え? 今からですか? 今は丁度食事を」


「いーまーかーらーだ。ほら、早く用意しろ。嫌って言うなら無理やり連れてくぞ」


「分かりました! 行きます!」


リーナ様はニカっと笑うと、シュヴァルツを抱いたまま傘を持ち。


「おーし、じゃあ行くぞ!」


鼻歌を歌いながら部屋を出ていった。


「……はいはい、どこでも行きますよ」


俺は急いでリーナ様とシュヴァルツの後を追いかける。

腹は減ったが仕方ない。今日も今日とて、このワガママお嬢様に付き合うとしよう。


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