第5話 キャッスル・ラン! Part1

「それで、どう? 仕事の調子は」


「そこそこ。大変だけど、結構楽しい。アンナは?」


「私は毎日やること変わらないからなぁ。あ、それ一口ちょうだい? いいよね? 貰いまーす」


まだ何も言っていないのに俺の昼ごはんをごっそり持っていったこの女性は、アンナ・ローレライ。歳は22歳で、ムーンライト家に仕えるメイドの一人だ。俺がお嬢様五人の身の回りの世話を担当して、アンナ達メイドが城内の掃除や、洗濯などを担当する。

まだ俺がここに来て間もない時期、心細かった俺と率先して仲良くしてくれた、いい人だ。


「ん! 美味しいね、これ! もう一口」


「ダメ。俺の分が無くなるだろ。まだ自分の分があるんだから、先にそっち食べろ」


アンナが近づけたスプーンから逃がすように、皿ごと持ち上げる。


「……前のお茶会の後始末、誰が手伝ったんだっけ?」


「これ美味いですよね! 遠慮せずにもっと食ってください!」


「わーい!」


アンナは嬉しそうにスプーンを突き刺すと、全体の三分の一くらいの量をえぐり取って、大きい口に押し込んだ。

少し前に開催されたお茶会の時、リーナ様に血を吸いつくされてノックダウンした俺に変わって後始末をしてくれたのが、アンナだった。その事を言われると何も言い返せない。

飯が減るのは残念だが、美味しそうに食べるアンナを見ていると、どうでも良くなってくる。

アンナは、一緒にいて楽しくなるような、不思議な雰囲気を纏っている。

と、その時。


「……あ、ごめん。リーナ様から呼ばれたんで、行ってくるわ。もうそれあげるから、全部食べちゃって」


「え? 何で呼ばれたって分かったの?」


アンナは不思議そうに聞いてくる。


「ディスタ様が、これ作ってくれた」


俺は右ポケットから小型の携帯のようなものを取り出し、机の上に置く。


「……何これ?」


「お嬢様方も同じものを持っていて、俺を呼ぶ時はボタンを押してもらう。そしたら、俺の持ってるこれに反応が入って、その時のお嬢様の居場所が表示されるからそこに俺が行くっていう感じだな」


「ふーん、よく分かんない。それにしてもディスタ様は凄いね、こんなの作っちゃうなんて」


「ほとんど何やってるかわかんないけどな。じゃあ、俺行ってくるわ」


「うん、頑張ってねー」


アンナに別れを告げた俺は、急いでリーナ様の部屋に向かった。



部屋の前についた俺は、気持ちを食事から仕事に切り替え、ノックする。


「リーナ様、俺です。入ってもいいですか?」


数秒後、ゆっくりと扉が開くと、リーナ様は首から上だけを出して周りをキョロキョロとする。


「何やってるんでんん!」


リーナ様は口に人差し指を当てて俺を黙らせると、ぐいっと俺の身体を引っ張って部屋に引きずり込んだ。

いつになく周りを気にして焦った様子のリーナ様に、俺は怖くなる。


「……え? 何なんですか? もしかして乱暴するつもりで俺を呼んだんですか!? リーナ様がそんなハレンチな方だっただったなんて俺はショックですよ!」


「違うわ! 変な勘違いしてんじゃねえよ!」


顔を真っ赤にさせて否定するリーナ様に、少し安心した。


「じゃあ一体どうしたんですか? そんなに焦っているリーナ様初めてですよ」


「……まあ、その、あれだな! ……その、なんと言うか……ほら! お前なら分かるだろ!?」


「分かりませんよ。用がないならご飯食べてきてもいいですか?」


「待て待て待て!」


振り向いて部屋を出ようとする俺の腕を、リーナ様はがっしり掴む。

どんな時でも堂々としているリーナ様がこんなにモジモジしているなんて初めてだ。

……もしかして。

いや、万に一つもそんな事はありえないが、この慌て様。可能性はある。


「リーナ様、もしかしてですけど」


「お! 分かったか!?」


「お漏らししちゃいまウグ! イタタタタタタ!! すいません! 止めてください!」


リーナ様は無表情で俺の顔面を掴んで握り潰そうとしてくる。

ヤバい、間違えたか。


「……あーもう! こっち来い!」


俺の顔から手を離したリーナ様は、今度は俺の手を取り、部屋へと引っ張って行く。

確か奥には、キングサイズのベッドがあるな。

……ベッド!?


「え!? ちょっと待ってくださいよ! やっぱりベッドじゃないですか! 一体何を」


「お前はさっきから何言ってんだ! もうそういう事から離れろ! ……ちょっと待ってろ」


リーナ様は俺をベッドに座らせると、ベッド下に手を入れ、何か籠のような、ペットを入れるケージの様なものを取り出した。


「何ですか? これ」


「よく見ろ」


俺の前にその物体を置いたリーナ様は、両腕を組んでソワソワとしながら俺を待つ。

なんだコレ、中になにか……。


「!!! は!? ちょっ! これ!」


「おい! 静かにしろ! 誰か来たらどうすんだ!」


驚いて声を上げそうになる俺の口をリーナ様が塞ぎ、そのまま後ろに押し倒される。

最高級だけあってフッカフカだ。

今の状況も誰かに見られたら充分ヤバいが、ケージの中にはもっとヤバいものが入っていた。


「……プハッ! リーナ様、これ、どこで拾ってきたんですか?」


「3日前、街に買い物行った時に、路地裏に捨てられててよ。俺もこんな事するつもりは無かったんだけど、つい、可愛くて」


「つい、可愛くて。じゃないでしょ。分かってます? こんなの動物嫌いのマリー様に見つかったら、俺たち殺されますよ。出来れば死にたくないんですけど」


「俺だって死にたくねえよ! ……分かってる。分かってるけどさ……」


ケージの中には、まだ子供のブラックウルフが入っていた。

ブラックウルフは、この世界の猛獣だ。知性が高く、大人に成長すると、人間の言葉も理解すると言われている。

だが、その分飼育にはとんでもない金がかかるらしいから、どっかの誰かが面倒見きれずにこっそり街に捨てていったんだろう。勿論、これは立派な犯罪だ。


「リーナ様、一応確認しておきますけど、城内に獣を入れることは?」


「……禁止」


「そうですよね。しかも、その事を知っていながら隠すのも禁止です。そして、もしもこれを破れば?」


「……マリー直々のお仕置き。レベルマックス」


自分で言いながら、リーナ様の顔はどんどん真っ青になっていく。


「そういうことです。では、俺はこれで……、リーナ様? そうやって上から押さえつけるのやめてもらっていいですか? これじゃあ俺が逃げられないじゃないですか」


「なあ、ジン。どうして俺が誰よりも先にお前に相談したか分かるか?」


「どうしてですか?」


本気で力を込める俺を押さえつけたまま、優しい笑顔を浮かべたリーナ様は、こう言った。


「それは、誰よりもお前を信頼してるからだよ」


「いや、ただ単に共犯が欲しかっただけですよね?」


俺の言葉にリーナ様は固まる。

数秒間、二人の間に沈黙が流れ――


「分かってんだったら何か良い案考えろよおい! 俺のシュバルツが上手く生きていける方法をよ! こういう時のためにお前が居るんだろ!?」


「知りませんよ! 自分が勝手に拾ってきただけでしょ!? っていうか何で名前まで付けてるんですか! 俺は何も見なかった事にするんで、どうぞご自分で何とかしてください! ……そろそろ力緩めてほしいんですけど!!」


「もし俺から自力で逃げられたらその時は見逃してやるよ! ほらどうした! もっと力入れてみろよ!」


「全くもう! 脳筋はこれだから困る!」



数分格闘した俺は、もう自分が逃げられないということを悟った。


「はぁ、はぁ、分かりました! 分かりましたから! 離してください、もう!」


「よーし、よく頑張ったが、まだまだ俺には勝てねえな。もっと鍛えた方がいいぞ?」


「余計なお世話です」


やっとリーナ様から開放された俺は、手首を擦りながら考える。


「……まず1つ思ったのは、このまま城の中で飼うのはリスクが高すぎます。別の場所に移したほうが良いと思います」


俺の提案にリーナ様は頷く。


「そうだな、どこかいい場所知らねえか?」


「そうですね……、ってあれ? これって開いてましたっけ?」


ふとケージに目をやると、蓋が開いていた。


「あん? 何言ってんだよ、開いてるわけ……、あ!!」


リーナ様は慌てケージの中を見たあと、滝のような汗をかきながらゆっくりと俺の方を向き。


「……居ない」


俺達は大急ぎで部屋を飛び出した。


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