第4話 マッド・パーティ

「遅かったじゃない、何かあったの?……あら、随分と仲がいいわね」


テラスに着いた俺とディスタ様を見たマリー様は、からかうようにそう言ってきた。

また怪しまれてるな。


「だから何もないですよ!」


「ふーん、まあ良いわ。それじゃあ、全員集まったことだし、始めましょう。ジンも座りなさい。そうね……、リーナとベロの間にしましょう」


「……え? いや俺は今日はちょっと遠慮しておこ」


「座りなさい」


「……はい」


スターライト家では、一月に一度、姉妹が全員集まってお茶会を開くという決まりがある。これはどんなに忙しい中でも、家族の絆を大切にしろ。という目的があるらしい。

ディスタ様はたまにサボるが。


ちなみにこれには俺も参加する。普通執事はこういう物は参加しないと思うが、マリー様のご厚意で俺も参加させて貰っている。マリー様は執事も家族の一員だから、なんて嬉しいことを言ってくれていたが、本当は別の目的がある。

まあ、これは後で分かる。


「失礼します。リーナ様、ベロ様」


俺は覚悟を決め、椅子に座った。


「おお、まあ座れよ」


俺の左側に座っているこの方は、次女のリーナ・ジル・スターライト様。

180センチほどの高身長に、アスリートの様に引き締まった身体。端正な顔にワインレッドの髪が似合っている。


「そんなに緊張なさらずに、もっとリラックスしてください」


俺の右肩を擦りながら鼻息を荒くしているこの方は、三女のベロ・ドール・スターライト様。

身長は160センチほど。ドレスの上からでも分かる抜群のスタイルに、彫刻のように整ったお顔。長く伸ばした黒髪は、否応なしに視線を引きつける。


「……ありがとうごさいます。ベロ様」


普通だったら、こんな美人と一緒にお茶会が出来るなんて、なんて羨ましいんだと思うだろう。実際に俺も最初は興奮した。

が、今の俺の気分は、これからの仕事を考えて憂鬱だ。

なぜなら。


「さあ、全員席についたわね。それじゃあ、乾杯!」


「「「「乾杯!!!」」」」


「……乾杯」


このお茶会は、お茶会とは名ばかりのただの飲み会だ。



一時間後、そこは地獄だった。


「ああ! ドルチェ様! だから言ったじゃないですか! クリムゾンワインの一気飲みは危ないって!  ちょ! リーナ様! へ、ヘッドロックはしないで……! あ、ちょっとベロ様! ズボン! ズボンは脱がさないでぇ! やめてええええええ!!」


「私だって一生懸命頑張ってるのにいいいいいいい!!!!」


「マリー様はさっきから何言ってるんですか!」


俺の今日の仕事は、この地獄の後始末。

そう、この姉妹はとにかく酒癖が悪い。マリー様はさっきからずっと訳わからないことを叫びながら机に突っ伏して泣いてるし、リーナ様はケラケラと笑いながら暴れまわっている。ベロ様は酔うとすぐ俺の服を脱がそうとしてくるし、ドルチェ様は無理に一気飲みして端っこで吐いている。ディスタ様は……。


「あーあー、地獄絵図だね。こりゃ。ジン、大丈夫かい?」


平気な様子で、用意していたホワイトマカロンを美味しそうに食べていた。


「ディスタ様! 酔ってないんだったら助けてくださいよ! あっ! リーナ様、ギブギブ……! おいやめろぉ! ぐぅ! 何だよこの力、ゴリラかよ!」


俺も全力で抵抗するが、リーナ様の力は半端じゃなく、到底太刀打ちできない。


「んー、ジンには悪いけど、僕の力じゃリーナは止められないよ。もしあれだったらさっきのドーピング剤持ってこようか?」


「こんな所であんなモノ飲んでたまるか! あぁ! ベロ様! どこに行くんですか! ズボン返して……おい! なんでそんな所に引っ掛けてんだぁ!! 取れないだろうがぁ!」


これだ、毎回これだ。

ディスタ様以外の四人は好き勝手に暴れまわって、特にリーナ様とベロ様は俺で遊び倒す。その光景をドルチェ様はお菓子を食べながらぼーっと見ている。


「ゴメンね。ジンがいなくなったら、僕がその二人に弄ばれるんだ。僕の代わりになってくれて、ありがとう! 後でお礼するから、今は我慢してくれ!」


拝むように俺に手を合わせるディスタ様。その横では叫び疲れたのか泣き疲れたのか、いびきを立ててマリー様が寝ている。

ドルチェ様は……、ああ、ゲロまみれでぶっ倒れてるわ。

一体誰から片付けたらいいんだと悩んでいたその時。


「なぁ、お前やっぱ美味そうな匂いするよな……」


俺を抑え込んでいたリーナ様がそんな事を言い出した。

あ、この流れはヤバい。


「今日は予定なかったけど、良いよな?」


耳元からリーナ様が舌なめずりをする音が聞こえる。


「ちょっと待ってください! 今はやる事が山積みで……!」


何とか止めようと、リーナ様の方を向くと、そこにはさっきまでの端正で凛々しさあふれる顔じゃなく、獲物を見つけた肉食動物の様なリーナ様がいた。


「うるせぇな、お前の仕事は執事兼食事だろ。だったら、これも仕事の内だ」


リーナ様はそう言うと、俺の首筋に顔を近づけ……。


「来月もよろしくね、ジン」


そう言いながら手をヒラヒラとさせるディスタ様に、俺は叫んだ。


「来月は休まして貰います!」


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