第8話 ドルチェの憂鬱 Part2
気を取り直して本探しを始めよう。もう怒られたくないし。
そこからは心を入れ替え、真剣に、サボることなく探したが、これが一向に見つからない。当たり前といえば当たり前だが。
と、俺はここである事に気がついた。
ベロ様が見当たらないな……。
近くにいたアンナにも聞いてみたが、さっきから見ていないという。
「となると、奥のほうか?」
俺は試しに奥へと足を運んでみることにした。
ブックハウスの構造として、奥の方に行けば行くほど本の性質が変わっていく。一般で売られている小説や、ついさっき見ていたような図鑑系、雑誌類は表の方に置かれているのに対して、奥の方は過去の文明の文献や、歴史的に価値のある資料。あとはまあ、いわゆるアダルトな方向の書籍が多くなっていく。だからドルチェ様には『ジンは奥には行くな』と言われているが、これはベロ様を探しに行くためだ。決して俺自身が異世界の過去のエロ本に興味あるからじゃない。そこを勘違いされては困る。
奥の方に着いた俺は、じっくりと本棚に目を通す。
もしかしたらここに偶然紛れ込んでるかも知れないからな。執事として、どんな小さな可能性でも潰しておく必要がある。ベロ様を探すついでだ、一冊一冊念入りに見ておかないと……え? うっわ、え!?
すげぇ! すげぇ! え! こんなモノ見せちゃっていいの!? ちょっとヤバいなこれは。……ドルチェ様もこれ読んだって考えると、なんか、グッとくるものがあるな。
って俺は何を考えてるんだ。ダメだ、流石にそれはダメだ。
あまりにアダルティックすぎる内容に一瞬我を失いかけたが、俺はスターライト家の執事、決して仕えるべきお嬢様で興奮なんてしない。そこは俺もプライドがある。
「危ない危ない」
俺は本を棚に戻し、ベロ様の捜索を続ける。
居た。俺が胸をドキドキさせながら漢のバイブルを読んでいたすぐ近くで、ベロ様も『何か』を真剣な表情で読んでいた。
俺はゆっくりと近づいていき。
「何読んでるんですか? ベロ様」
「ひぃぃ!!」
ベロ様は全身を跳ねさせて、持っていたものを後ろ手に俺の方を向く。
そんなに大声で話しかけたつもりはなかったが、驚かせてしまった。
「あ、すいません。何ですか? それ」
「ジ、ジン! もぅ、驚きましたよ! え!? あ、これ!? これは別に大したものじゃないですよ!? ええ本当に! さぁ、一緒に本を探しましょう!」
ベロ様はダラダラと汗を掻きながら必死に持っているものを本棚に戻そうとしている。
……何だ?
「……そうですね。ここら辺には無さそうなんで、もう一度表の方をよく見てみましょうか」
「そ、そうですね! 早く、早くあっちに行きましょう! ね!?」
グイグイと俺の背中を押して表の方に行かしたがるベロ様は、どう見ても何かを隠している。
気になる。
「分かりました、行きま隙ありっ!」
「ああっ!!」
俺は一瞬の隙を着いてベロ様の後ろに周り、さっきまでベロ様が読んでいた本を手に入れた。
「見ないでください! 見ないでください!」
俺は涙目ですがりついてくるベロ様を片手でいなしつつ、中身を見る。
「えーと…………ベロ様、これ……」
それは、俺が読んだ物よりも数段上の、とんでもない代物だった。
「……違うんです。興味あったとかじゃなくて、ただ、もしかしたら本の中に本が挟まっているかも知れないから、私は姉として妹の為に一つの可能性を潰しただけで、決して私自身が読みたかった訳じゃなくて、そもそも」
「すいませんベロ様、キツイです。もう止めときましょ?」
目を泳がせながら必死に言い訳を考える姿は、正視に耐えない。
「……違うんですぅ!! そうじゃないんですぅ!」
「分かってます、俺はちゃんと分かってますよ」
「なんでそんな悲しい目で私を見るんですか!?」
「今回は俺がやりすぎました、申し訳ありません。この事は誰にも言いませんから、表に戻って皆と一緒に探しましょう?」
今度は俺がベロ様の背中を押す。
「うぅ……、酷い……」
「ベロ様もそういうお年頃ですよね。これは変なことじゃないんですよ? 自然なことです」
「お母さんみたいな事言わないでください! もう!」
前から薄々感じてはいたが、ベロ様はそういう事に興味があるようだ。
俺の血を吸う時にやたら鼻息が荒くなるのは、やっぱりそういう事だったのか。
他のお嬢様たちがそっち方面に興味がなさすぎる分、ベロ様はある意味健全だと思うが、本人は高貴なお嬢様がそんな事ではダメだと、自分に蓋をしているように感じる。
まあ、何にせよ、これに関しては個人の趣味嗜好だ。
俺がどうこう言うものじゃない。
「大丈夫です。また、俺のコレクションをお貸ししますから」
「え? 本当ですか? ……って違う!」
やっぱり、一瞬目がとんでもなくキラキラした。
「今日手伝って頂いたお詫びに、一つ差し上げますから。ね?」
「わ、私が選んでも良いんですか!? ……ってもう!」
何だろ、面白いな。
「さて、表につきました。後のご褒美の為、頑張りましょう!」
「……もうやだぁ」
ベロ様はシクシクと泣きながら、本探しに戻っていった。
結果から言うと、楽しかったのはここまで。後はそれはもう酷いものだった。
「ドルチェ様! そっちはどうですか!?」
「無い……!!」
「こっちも無いです! もうここの本棚は全部見ましたよ! アンナ! そっちはどうだ!?」
「こっちも無いわ! もう目が疲れたぁ……」
「僕も! 後でホットタオル用意するから、今は堪えてくれ! じゃあベロ様……何読んでるんですか?」
「……はっ! 違います! 表紙に男性と女性が書いていたものですから、もしかしたらと!」
「はい、了解でーす。くっそぉ! どこにも無いぞ! どうなってるんだ!」
「私の対応が雑になってませんか!?」
しょぼんとしながら本を戻すベロ様は置いとくとして、これは少し状況が悪い。
4人でこんなに時間をかけて見つからないのは、想定外だった。
もう表にあるものは大抵は見た。とすると、倉庫か? いや、ドルチェ様は一年前に読んだと言っていた。ドルチェ様の部屋になかったとしたら、表にあるのは間違いないはず。なのに、見つからない。
「ドルチェ様、もう一度よく思い出して……ドルチェ様?」
ドルチェ様は俯いて、何も話さない。
異変を感じたアンナとベロ様が駆け寄ってくる。
「ドルチェ様、どうしたんですか? 何かお怪我でも?」
心配するアンナの問いかけに、ドルチェ様は何も言わず横に首を振る。
「……もういいよ」
ドルチェ様は、ポツリと呟いた。
「もういい、これだけ探しても無いって事は、もう無いんだよ。ゴメンね、私のワガママに付き合ってもらっちゃって。後は私一人で探すから、もういい」
作り笑いを浮かべながらそう話すドルチェ様を見て、俺は……。
「……アンナとベロ様、今日は本当にありがとうございました。手伝っていただいて、嬉しかったです。ドルチェ様も、後は俺に任せて休んでください。俺は、倉庫の方を見てみます」
無茶なことを言い出した俺を、三人は驚きの目で見る。
「ジン、何言ってるの? 表に出てる本より、倉庫の方が多いんだよ?」
「そうですね」
「一人でなんて、何日かかるか……」
「でしょうね」
「……そもそもこれは私の本。ここまでやってくれたんだし、後は私が」
「まあ、俺はドルチェ様の執事なんで」
俺の言葉を聞いたドルチェ様は、うっすらと目に涙を浮かべた。
俺は執事だ。だったら、お嬢様を悲しませたまま終わるなんてあってはならない。
手伝うと約束したなら、最後の最後まで手伝う。絶対に途中で投げ出さない。執事っていうのはそういう物だと、俺は思うから。
「……仕方ない。私も手伝うわ。ここで帰ったら気分悪いしね」
アンナはやれやれとでも言いたげな表情で、そう言った。
「私も、最後までお手伝い致します。決して、ご褒美の為じゃないですよ!?」
「ベロ様、何ですか? ご褒美って」
「あ!? な、何でも無いですよ!?」
ベロ様は……うん。2本に増やそう。
「そういうことです、ドルチェ様。じゃあ、倉庫に行ってきますね」
「……私も行く」
「え?」
「私も行く! 行くったら行く!」
ドルチェ様は走って俺の腰に抱きついてくる。
アンナとベロ様は微笑ましそうにその光景を見ると、クスクスと笑った。
全く、本当にこの人達は。
「よし、それじゃあ、第2ラウンド行きますか!」
「「「おー!」」」
やれやれ、しょーがないお嬢様だ。
さて、もうひとがんば
「何やってんだ? お前ら」
唐突にブックハウスに響いた力強い声。
この声は。
「リーナ様! どうしたんですか?」
「いや、お前らがどうしたんだよ。何か楽しそうだな、何やってんのか教えてくれよ」
リーナ様は笑いながら俺達に近づいてくる。
と、その時だった。
「……あれ? その本」
ドルチェ様はリーナ様が持っていた一冊の本を指差した。
……おい、ちょっと待て。まさか。
「あ? ああ、これな。今日久しぶりに部屋掃除してたらよ、出てきたんだ。悪いなドルチェ、長いこと借りちゃって。ほら、返すわ」
リーナ様はドルチェ様に本を手渡す。
表紙に男の子と女の子、タイトルはレイン。
「……これですね、探していた本」
俺がボソッとそう言った瞬間、ドルチェ様は雨に打たれたかの様な汗を全身から吹き出した。
「リーナ、詳しく話してください」
ベロ様は冷たい声色でリーナ様に問いかける。
「え? あぁ、その本、いつだったかなぁ。ドルチェに借りたんだよ。こいつが何回も何回も面白いって言っててよ。何だよ? その本がどうかしたか? ……お前ら、なんか変だぞ?」
「……ドルチェ様、お覚悟を」
アンナが激怒のオーラを纏いながらドルチェ様に手をのばした瞬間。
「あっ!! ちょっと待って下さいドルチェ様! 色々言いたいことがありますよ!」
ドルチェ様は、今までに見たことのない俊敏な動きで逃げ出した。
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