第2話 夜ですよ、起きてください
街から少し離れたところにそびえ立っている、禍々しい城。見た目はまるで悪魔が住んでるのかと思うようなこの城が、今の俺の職場で、家でもある。もう少し普通の見た目でも良かったんじゃないかと思うが、このデザインは今のスターライト家の当主であり、俺が仕える5人姉妹の父親であるアイザック・ヌル・スターライト様の趣味らしい。アイザック様は多忙で、5姉妹の母親である、シェーン・ダット・スターライト様と共に今も世界中を飛び回っていて俺は会ったことがない。
前に一度、勝手に俺を雇って大丈夫なのかと心配になりマリー様に相談したことがあるが、アイザック様が家を開けている時は実質マリー様が当主をしているらしく、大丈夫。とのことだった。
そんな事を思い出しながら、ふと窓を見る。
うん、真っ暗。
俺の仕事は、基本的に年中無休の24時間。執事とはそういうものだと、俺を執事の仕事を教えてくれたあの人は言っていた。
普通の人は逃げ出すような環境だが、俺は後悔していない。命を助けられた以上、命をかけて恩を返す。そう決めたから。
さて、今日も仕事を頑張ろう。と俺は気合を入れ、ある扉の前に立ち、三回ノックする。
……返事は帰ってこない。
もう一度ノック。
……無し。まあいつもの事だ。
「ドルチェ様! 俺です! 入りますよ!」
一応声をかけ、ゆっくりと扉を開け、部屋に入る。
どう見ても一人用の広さじゃない部屋の真ん中に置かれたキングサイズのベッドに近づくと、そこには、いくつものぬいぐるみに囲まれながら、スヤスヤと息を立てて気持ちよさそうに眠る、白髪の美少女が眠っている。
一見10代の少女かと勘違いしそうになるこの方が、俺の仕える主であり、5人姉妹の4女であるドルチェ・フィア・スターライト様だ。
また読んだまま眠ったのか、手には何百ページもありそうな本を握っている。
何これ、広辞苑?
「ドルチェ様、もう夜ですよ。他の方々はとっくに起きて、お茶会の準備をしていますよ。…あ、ディスタ様はまだ見てないんで分かりませんけど」
俺がゆさゆさと揺らすと、ドルチェ様は半ボケ半目で俺の顔をジッと見る。
「おはようございます、ドルチェ様」
「…ねえ、ジン」
ジン、とは俺の名前だ。
「はい?」
「私は昨日、この本を全部読んだの。このとっても分厚い本を」
ドルチェ様は広辞苑をポンポンと叩き、胸を張る。
「そうですか。さすがドルチェ様。俺はこんな分厚い本読めませんよ」
「…そう? へへへ。…そう、それで、私は昨日10時間しか眠れなかったの」
「はあ、そうですか。それで?」
「おやすみなさい」
「ダメです」
もぞもぞと布団の中に潜っていくドルチェ様を、俺は無理やり引きずり出すが、ドルチェ様はジタバタと暴れて抵抗する。
「やー! まだ寝るー!」
「ちょっと! 暴れないでください! あっ、もう! あ痛! 何するんですか!」
ドルチェ様の右拳が俺の顎にクリーンヒットし、つい力を緩めてしまう。
その隙にドルチェ様は俺の腕からスルリと抜け、布団の中に潜る。
「フフフ、ジンもまだまだ甘いよ。このドルチェを止めたくば、もっと全力でかかってきな…!」
ドルチェ様は布団から顔と手を出して、クイクイと俺を挑発する。
はぁ、また変な小説読んだな、この人。
ドルチェ様は読書家で、しかも読んだ内容は絶対に忘れない天才だが、その高すぎる集中力からか、読んだ小説の影響をモロに受ける。
しかし、まためんどくさいことを言い出したな、これは。
……だが、こうなってしまった以上、もう乗っていくしかない。
「…俺を本気にさせて、覚悟は出来てるんですね?」
俺は上の服を脱ぎ、半裸になる。
ドルチェ様は驚いた様子で俺を見ているが、知ったことか。
「え? ジン? ど、どうしたの?」
急に変態になった執事にオロオロとするドルチェ様。
俺は構わずに、ゆっくりと近づいていく。
何だろう、楽しくなってきた。
「ドルチェ様が言ったんですよ? もっと全力で来いと」
「それは確かに言ったけど…、え、ちょっ、ジン…! わ、分かったからぁ…! 起きるからぁ…!」
布団から飛び出し、手をブンブンと振り回してアピールするドルチェ様。
もう完全に起きてるから当初の目的は達成したが、今更そんなことはどうでもいい。
今はただただ、この世界が心地良い。
「申し訳ありませんドルチェ様。もう俺のリピドーは止められない! 行きます! ウオオオオオオオ!」
「どこに行くつもりよ」
不意に声をかけられバッと横を見ると、マリー様がニコニコと笑いながら立っていた。
「マリー! 怖かったよぉ…!」
ドルチェ様は半泣きでマリー様に飛びつく。
え? 待って、これじゃあ俺がドルチェ様を襲おうとしたみたいになってない?
「いやっ! 違いますよマリー様! これはドルチェ様が!」
「ジンがね…! いきなり脱ぎだして…!」
「ちょい! 違うでしょドルチェ様!」
マリー様はドルチェ様の頭を撫でながら、俺を凄い目で見てくる。
ちゃいますやん、誤解ですやん。
「……ジン、貴方がドルチェを起こしに行ったきり帰ってこないから心配になって来てみれば。何か言い残すことはある?」
…ああ、ドルチェ様、笑うの我慢して震えてやがる。
こいつ、ハメやがったな。
俺は覚悟を決め、口を開く。
「…執事って大変ですね」
マリー様の手が動くのが見えた瞬間、俺の意識は途絶えた。
悪い、やっぱこの仕事辛えわ。
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