わがまま吸血鬼五人姉妹は、不死身の執事がお気に入りのようです

@yamayamadoll

第1話 食事の時間

「それじゃあ、用意して?」


「はい、マリー様」


一日一回の食事の時間。目の前で今か今かと待ちきれない様子の黒のドレスを着た美人、マリー・アインス・スターライト様の今日のメニューは、俺の血液。

明日も、明後日も、ずっと俺の血液。

俺が襟を引っ張るようにして首筋を顕にすると、マリー様の目はルビーの宝石のように真っ赤に染まる。

マリー様は俺の首筋を冷たい手でそっと撫でると、小さくいただきますと呟き、二本の鋭い歯を食い込ませる。これが結構痛い。

体から血液が抜けていく感覚が何とも気持ち悪いが、これも仕事だ。我慢する。

身を震わせて耐える俺が面白いのか、マリー様は血を吸いながらクスクスと笑う。

そう、マリー様は、吸血鬼だ。


俺の仕事は、古くから続く名家スターライト家の吸血鬼姉妹の専属執事&専属食事。訳あってこの仕事に就いている。

今美味しそうに俺の血を吸っているマリー様は長女で、下にあと四人もいる。合わせて5人姉妹。一人で5人全員のお世話をするブラック企業だ。

血を吸われている間は暇だからつい色々話してしまった。食事が始まってからどれくらい経った?


……なんか、今日はいつもより長いな。


「あの、マリー様? そろそろ良いんじゃないですか?」


俺はマリー様の背中を軽く叩くが、一向に食事を止めようとしない。


「んー、もう少しだけ」


「いや、もう結構吸ったと思うんですけど、え? ちょっと、マリー様? 何やってるんですか?」


マリー様は俺を固定するように抱きしめ、なおも食事を続ける。

あ、やばい。目が霞んできた。


「いや、そろそろ止めてもらわないと、あの、俺ちょっと目眩が。そろそろヤバいんで、もう止めてください!」


「大丈夫よ。貴方不死身でしょ?」


「それはそうですけど! でも出来れば死にたくないんです! あ! ちょ、ちょっと! おい! もう辞めっ!」


マリー様は俺の言葉なんて聞かないとばかりにゴクゴクと喉を鳴らす。人の血をトマトジュースみたいに飲まないで欲しい。

これはマズイと、なんとか振りほどこうと力を込めるが、びくともしない。吸血鬼は全員やたらに力が強い。

あ、あ、やばい! これはやばい!


「ああ、やっぱり貴方の血は美味しいわ。さぁ、もっと私に頂戴?」


「あ、あああああああ!」


全身から力が抜けていく感覚。これは、死ぬ感覚だ。もう何回も経験したからよく分かる。こんな感覚知りたくなかったけど。

飛んでいく意識の中、ふと、俺はこの感覚を初めて味わったあの日のことを思い出していた。


その日、不慮の交通事故に合った俺は、女神に『不死身の身体』という武器を貰い、この世界に送られた。ちなみにこの能力は女神が勝手に渡してきた。

何でこれ? と思わなかった訳ではないが、その時の俺は自分が勇者として選ばれたことが嬉しくて、あまり気にしなかった。

そういう本もよく読んでたし、俺自身も勇者という者への憧れがあったからだ。異世界を冒険し、仲間と出会い、冒険の末に見つけた伝説の剣と盾を武器に、自分の何倍も大きいドラゴンに立ち向かっていく。そんなかっこいい勇者に。


だが、現実はそう上手くはいかない。丸腰で送られた俺の目の前には、マンションくらい大きなドラゴンがいた。

目があった瞬間、全部漏らした。

どうやらあのクソ女神が座標を間違えたらしい。何やってくれてんだ。


俺は泣き叫びながら走って逃げたが、サイズが余りにも違いすぎる。逃げられる訳がない。すぐに追いつかれ、大きな手で体を掴まれる。全身の骨が砕け、激痛が走った。不死身だからすぐに治るが、だからといって痛いことは痛い。

それに、いくら不死身だと言っても弱点はある。

例えば、大きな生物に食べられる、とか。もしそうなれば、俺は胃液の中で永遠に死んで復活してを繰り返すことになる。こうなったらもうお終いだ。


こんな風に。

ドラゴンは俺を上にぶん投げ、ガパっと口を開けて待ってやがる。

クソ、あの女一生恨んでやるからな。


ドラゴンの無駄にデカイ口に向かって落ちていく時間はまさに絶望でしかなかった。

もしも、もしも俺を助けてくれる誰かがいるのなら、その人に一生を捧げてもいいと思ったほどに。


視界が暗くなり、ああ、食べられた。と思った瞬間、鼓膜が破れそうになるほどの破裂音が響き、一瞬にして視界が開けた。

俺は何が起こったのか分からないまま、全身にドラゴンの血と臓物を浴びながら落ちていき、地面にぶつかって死んだ。


意識が戻り、ばっと起き上がると、そこには今までの人生で見たことがないほどの、とんでもない美人が立っていた。

その瞬間に悟った。この人が俺を助けてくれたのだと。

この人が誰かなんて知らないし、この世界のことだって何一つ分かってない。でも、俺は今、確かに命を助けられた。

だったらやることは一つしかない。

俺はその美人の前に片膝をついて頭を下げ、こう叫んだ。


「貴方に俺の人生を捧げます! 貴方の役に立ちたいんです!」


これが、俺とマリー様の出会いだった。

そして、この日から、俺の吸血鬼姉妹との生活が始まった。



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