第3話 キャッチャーの女吸血鬼

 四つんばいのオオカミになった桃野ももの鉄平てっぺいの豪速球は、誰も打てない。しかし、キャッチャーは3球受けただけで、全身筋肉痛になって捕れなくなる。このままでは絵に描いた餅だ。



「誰か、鉄平てっぺいのボールを捕れる者はいるか?」



 監督の問いに誰も答えない。空気の抜けたプールトイのように横たわるキャッチャーを見れば、おいそれと挙手できなかった。



「情けなー。千夜子ちよこが捕る―」



 ツインテールの赤髪の女子が勢いよく手を挙げた。彼女はきゃしゃな体つきで、スポーツん選手よりかアイドル向きだ。



「おいおい、大丈夫か?」


「命、粗末にするなよ」



 彼女は男の声に全く耳を貸さず、キャッチャーのプロテクターとマスクとミット一式を身に着けた。



「さーて、右手変えちゃーう」



 彼女の右手の指が長く伸び、指の間に薄いまくが出来る。それは、さながらコウモリの翼だ。



「さぁ、桃野ももの君! 投げちゃってー」



 鉄平てっぺいオオカミは舌を出して、荒い呼吸をしている。一向に投げようとしない。



浦間うらまさん、ごめん。俺が指示しないと、こいつ投げなくて」


「あっ、桃野ももののお兄さん、何もしないでいいよー」



 彼女は深く息を吸ってから、モスキート音のような高周波数の音を出した。鉄平てっぺいオオカミの眼が血走り、右前足を上げて投げた。



 うなりを上げた豪速球がホームへ一直線。彼女は右の翼でボールを受け止めた。両足が踏ん張って、後ろへ飛ばされない。完全捕球成功だ。



「すっ、凄いぞ、君ぃ!」


「コウモリ女、やっべぇ!」


「正捕手決定だぁ!」



 モブキャラは口々に彼女を褒めたたえる。彼女はマスクを外して、やすりで削ったような鋭き犬歯を見せて笑う。



千夜子ちよこぉ、コウモリ女じゃなくて吸血鬼ドラキュラだからぁ、そこんとこよろしくー。今度間違えたら血ぃ吸うよぉー」



 一気にギャラリーの顔が青ざめた。



(続く)

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