終章

海がきれいに見える、見晴らしのいい丘の上に、そこはあった。

数年前、夫が過労で他界し、夫の両親も老衰で亡くなってから、咲良は娘の海咲を連れて、毎年欠かさず、夫の命日に花を備えに墓地に来ていた。

今年小学校に上がったばかりの海咲は、それでもちゃんと父親がいない理由を理解しているらしい。賢いことは確かだが、精神的に弱い部分もあって、咲良は常々そこを心配していた。


でも、きっと大丈夫。なんたって、あなたと私の娘だもの。


海咲と二人、お墓に向かって手を合わせる。

さあーっと気持ちのいい海風が、側をすり抜けた。

大丈夫。私はきっと、海咲を一人前に育ててみせる。

だから。

安心して、空から見守って。もしも危機が迫ったら、どうか助けて。


時間は、いつか心の傷を癒やしてくれるという。

けれど。

それはもう少し先になりそうだった。

海咲の不安げな顔が、私を見上げる。

ごめんね、海咲みさき

今日だけは、泣いてしまうかもしれない。


「大丈夫だよ、お母さん」

ふいに、海咲が言った。

「お父さんも、おばあちゃんもおじいちゃんも、皆、ただ遠くへ行っただけだから」

「…」

「前に絵本で読んだの。いい子にしていれば、私たちも大きくなったらそこに行けるんだって。だからね、」

海咲はニッコリと笑った。

「元気出して、お母さん」


本来、これを言わなければならないのは私の筈だった。

けれど、海咲の笑顔に、どうしようもなく励まされる。


ありがとう、海咲。


海咲を抱きしめて、咲良は、声を上げて、泣いた。



海は、太陽の光を受けてキラキラと輝いている。



これからふたりを待ち受ける運命を、太陽だけが、じっと、静かに見つめていた。

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夢売り ZERO @333_sakuramochi

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