第二部 Ⅲ:正直村 その2

 ナビゲーションシステムが、目的の加工会社に銀河を運んで行く。「正直屋本舗ほんぽ」と看板のかかった小さな町の作業所だ。

「ごめん下さい。面接にうかがったのですが」

 声をかけると事務のお姉さんが愛想良く迎えてくれた。

「あら、ようこそ。人手不足で困っていたところなの。ぜひ働いて」

 銀河は奥の作業場に案内された。そこでは十人くらいの人が働いていて、まん中のコンベアのラインを次々に流れてくるマンゴーのような形の果実を拾い上げては、先に針のついたストロー風の道具でひとつずつ実の頭の部分に穴を開け、そこから液体を吸い出して、足元のバケツに吐き出すと大慌あわてでうがいをしていた。毒抜き作業らしい。

「ほら、この頭のところにくぼみがあるでしょう。ここにストローをさしてチュラトキシンを吸い出しているの。猛毒なので吸い出したらすぐに解毒剤でうがいしてね」

「でも、大丈夫なんですか?もしまちがって飲み込んでしまったら大変でしょう?」

「大丈夫。死ぬ毒じゃないの。ひと月ほどで徐々にカエルに変って行くだけよ。人間に戻す方法もいま研究されているそうだし」

 誰かカエルに変ってしまった人がいるのだろうか。

「やあ」

 面接係らしいおじいさんが奥から現れて銀河を歓迎してくれた。

「是非、うちで働いてくれたまえ。だが、少年くん、その前にひとつだけ、君は和平派か世直し派か、どちらかね」

 何のことだろう?

「どちらでもありません」

 正直に銀河が答えると、突然おじいさんの態度が冷え切った。

「少年くん、残念だが他を当ってくれたまえ。日和見ひよりみ主義の宇宙人に用はない」

 銀河は訳がわからなかった。


 アリス3号が訪ねた印刷所では、大口の臨時注文が一度に二つも入ったとかで、大わらわだ。

「急げ。今日は二十億枚だ。版組みはできたのか」

 リーダーのおじさんは立っているアリス3号を見つけると、腕をつかんで有無を言わさず引き立てた。

「お前も版組みを手伝え。面接などしているひまはない」

 見ると、机の台に二種類の原稿がのっている。どちらも何かを訴えるチラシのようだが、一方には


  話せばわかる チュラ人は皆兄弟


という言葉が、もうひとつの方には


  嘘つき人をやっつけろ 問答無用


という言葉が書かれている。

「よし、できたぞ」

 前で作業していた人が、組み上った活字を勝手にアリス3号に押し付けて、

「あとを頼む」

と、よその作業へ移ってしまった。

「ワタシニマカセテ」

 アリス3号は張り切って、渡された活字を見本の言葉と照らし合わせて点検してみた。けれど、どうも気に入らない。どちらのスローガンも見方が偏っているような気がする。「やっつけろ」なんて乱暴すぎるし、「話せばわかる」も良いが、きれいごとすぎてくすぐったい。試しに文章を一つずつ交換してみる。ウン、コレデヨクナッタ。

 アリス3号は組み替えた活字を印刷係の所へ運んで行って号令する。

「スタンバイ、 オーケー」

 印刷係が両方の活字をセットした。

「印刷、はじめ!」

 輪転機が回り出し、目にもとまらぬ速度で二種類のビラを刷り上げて行った。あっという間に何万ロットものチラシの山が積み上って行く。

「止めろ!」

 突然、誰かが叫んだ。刷り上がりを確めに来たリーダーが真っ青な顔であたりをにらんでいる。

「何だ、これは」

 血の気が引いて、今にも卒倒しかねない形相だ。右と左の両の手に、刷り上がったプリントが一枚ずつつかまれている。

 右手の活字たちは


   チュラ人は皆兄弟 嘘つき人をやっつけろ

 

 と訴え、左手の活字たちは 


   話せばわかる 問答無用


と呼びかけていてとてもバランスが良い。

「六百三十万枚の損害だ。誰がやった!?」

「ワタシデス。ヘンケンヤキレイゴトハヨクナイトオモッタノデス」

「お前の意見なんかどうでもいい!今すぐ弁償しろ、五十万チュランだ!!」

 ぐるりと全員に取り巻かれてしまった。だが、一ヶ所だけすき間が開いている。アリス3号はすかさず突破して全速力で逃げ出した。みんなが追って来た …


 仕方なく、銀河は次の正直村哲学科学アカデミーを訪ねて行った。

「こちらへ来たまえ。わしが当STKA二代目所長の大博士じゃ」

 黒モジャひげの小太りのおじさんが愛想良く銀河の手を握る。

 通された研究室では何人もの学者たちがそれぞれの実験机でフラスコに入った液体を温めたり、量子顕微鏡をのぞき込んだりしていた。機械は使わず椅子に座ったまま目を閉じて、ただ上を向いて腕組みしているだけの人もいる。

「何を研究してるんですか?」

「哲学や科学や、普段は何でも研究するのじゃが、今は正直村政府のために極秘で爆弾を開発しておるところなんじゃ」

「爆弾?」

「二週間後の結果次第で嘘つき村といくさになった時への備えじゃな」

「なぜ戦争に?」

「さぁ、よくわからん。人種の違いかのう?とにかく、少し前、我がアカデミーが新型爆弾の開発に成功してからは正直村の方がずっと優位に立っておったのじゃ。一発で嘘つき村を跡形もなく吹き飛ばすことのできる、それは大変な威力じゃったからの。ところがつい先日、嘘つきアカデミーがさらに凄い爆弾を『発明しなかった』と —— つまり、発明したと発表したことから形勢が一変してしまったのじゃ。村どころか、一発でチュラ星全体を蒸発させてしまうほどの威力のものらしい。というわけで、もし戦いになったら、それよりもさらにさらに大きな爆弾を持っておかんと負けてしまう。それで今度は、このカジマヤー系宇宙を一瞬で消し去れるような超巨大爆弾の作り方を研究しとるのじゃが、このままでは … 」

「間に合わない?」

「そうなんじゃ」

 大博士は無念そうにうなづいた。

「見たまえ」

 大博士は研究者たちの机にぐるりと取り囲まれる形で部屋のまん中に浮かべられた3D黒板を指差した。そこには長い長い一つの数式が宇宙文字で書かれている。宇宙語の分数や()カッコπパイ記号があるので数式だとは分ったが、おそろしく長い左辺側のほとんどの演算子は銀河が見たこともないものばかりで、わずかに解読できるΣシグマログインテグラルの意味もそもそも銀河にはわからない。だが右辺は簡単で「イコール 1」と書かれていた。

「この仮説が正しいのか間違っているのかが誰にもわからんのじゃ。それさえわかれば研究は飛躍的にはかどるのじゃが」

「正しいか間違っているかを検証するだけなら簡単です」

「本当かね!君にこの数式がわかるのかね!?」

「もちろんわかりません … でも、いいですか」

 天才少年よろしく、銀河は宇宙色の3D黒板に歩み寄り、借り受けた電磁波ペンで「1たす1は2」ときれいな紫の宇宙文字を彫り込んだ。

「どなたかこれを読み上げていただけますか」

 研究員のひとりが「1たす1は2」と読み上げた。

「結構です。では次にこれを読んでみて下さい」

 銀河が「1たす1は3」と書く。

「1たす1は … 」

 読もうとした研究員が突然言葉を詰まらせた。

「よ、読めない」

「えぇ、正直びとは嘘が言えないから、1たす1は2、と本当のことは言えても、1たす1が3だとは言えないのです。ですからこの方法を使えばどんなに難しい数式だって簡単に真偽を判定できますし、数学だけでなく、哲学や他の分野にも応用できるでしょう。たとえば、『神は存在する』と言うことができれば神様は存在しますし、言えなければ存在しないことになるわけです」

 部屋中が水を打ったように静まり返った。かつてチュラ世界にこれほどの衝撃をもたらした思想家が、預言者よげんしゃ以外に存在しただろうか?なぜ今まで思いつかなかったのだろう。

「宇宙少年銀河くん」

 大博士が両肩に熱く手を当てた。

「百万チュランあげよう」

 まわりでパチパチと賞賛の拍手が起きる。

「むろん、政府にも勲章を授けるよう進言せねばならん」

「いえ、それほどでも」

 本当にこんなことくらいで百万チュランもらえるのだろうか。

「だが、とりあえずは爆弾仮説の検証を先に試してみなければ。この式を最後まで読めるかいなかが問題じゃ —— 」

 大博士はオホンオホンとふたつ咳を払うと、うやうやしい面持ちで、問題の数式をおもむろに読み上げ始めた。

「mc自乗ぶんのルートTiかっこ㏒SGインテグラル2πぶんのhマイナス … 」

 たっぷり一分以上かけてちんぷんかんぷんな左辺側を見事に読み切った。

「 … イコール」

 いよいよだ。研究員たちは固唾かたずをのんで見守っている。

 だがいつまで待っても「1」の声がない。

「ダメじゃ、読めない」

 とうとう大博士は宣言した。

「この式は間違っておるようじゃ。だが、諸君」

 表情は晴れ晴れとしていた。

「喜びたまえ!銀河式真理探究法のおかげで、検証のためにむなしく費やされるはずだった何百時間もの手数がこれで省かれたのじゃ。意を新たにプロジェクトの達成に向けて邁進まいしんし続けようではないか」

 良かった。銀河は胸をなでおろした。数式がもし正しかったら恐ろしい兵器の開発にいっそう拍車がかかるところだった。ただ、この分だと、いつか宇宙を丸ごと消滅させてしまうような爆弾が銀河式真理探究法によって発明されかねない雲行きだ。もっとも、誰かがその爆弾を使ったとしても、銀河が人々に責任を追及される心配だけはしなくて済みそうだ。

「さあ、我らが恩人、銀河君、どうぞこちらへ。約束の報酬じゃ」

 大博士は銀河を大金庫室に招き入れた。百万チュランの札束が厳粛に手渡される。

 やった!これでひょっとこ丸を修理できるぞ。


 一足先に御苑ぎょえんに帰り着いていたアリス3号が、不機嫌な顔つきで戻って来たアニキをねぎらった。

「オツカレサマ。ドウダッタ?」

「さんざんだ!ナムジーの奴、今度こそタヌキ汁にしてやる」

「マタナニカサレタノ?」

「そうじゃないが、変だと思ってたんだ。あいつがただの親切であんなに遠くまでぼくらを送ってくれるはずがない」

 銀河は疲れ果てた様子で玄関先のソファーにドッカと身を沈めると、アリス3号と、出迎えに出てくれた支配人やミモや山羊ひげさんや口裂けねえさんたちに哲学科学アカデミーでの出来事を話して聞かせた。

「ジャア、ホントウニヒャクマンチュランカセゲタノ?!」

「そうさ、なのに釣鐘型(つりがねがた)飛行カプセルタクシーで帰ってきたら二十万チュランもとられたんだ。ナムジーめ、わざとあんなにはるか離れた第一億七番役場なんかへ連れて行ったに違いない。おまけに森の出口に着いたら、今度はあの赤帽爺さんに、はじめて村を訪ねた税金だと言われて、二人分で三十万チュランも支払わされてしまった。せっかくひょっとこ丸を修せると喜んでいたのに、もうがっかりだ」

「ハイ、コレ」

 アリス3号が紙きれを一枚、銀河に手渡した。

「何だ、これは」

 一目見た銀河は、ソファーから滑り落ち、床の上にのびてしまった。


         賠償請求 地球星人銀河隊長殿


  アリス3号が本社に与えた損害、五十万チュランを支払うよう、保護責任者、な

  いし、使用管理者としての貴君に求める。


                                 正直堂印刷


「ダッシュツシタケドコロンデツカマッテシマッタ」

 幸いミモが手早くバケツに水をくんで来て頭から浴びせかけてくれたおかげで、銀河はからくも息を吹き返すことができた。カワウソ小僧が、アリス3号と協力して、ずぶぬれのアニキを何とかひょっとこ丸まで連れ帰ってくれた。


 その夜、ようやく眠りに就きながら、銀河はいつの間にかひとりで森の分れ道に帰って来ていた。赤いとんがり帽子のナムジーがハンモックに座って笑っている。

「さぁ、銀河くん。何て聞く?」

 そう、何と聞くべきだったのだろう?

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