第二部 Ⅳ:嘘つき村

 きょうはいよいよ嘘つき村に行く番だ。いやな予感がする。正直村でさえ結局骨折り損だったのに、仕事なんか見つかるだろうか?

 森の入口ではとんがり帽子の番人が今朝もうたた寝していたが、きのうとは違う爺さまだ。

 嘘つき村へは左の道のはずだからこのまま寝かせておけばいい。なのにアリス3号がわざわ呼び起す。

「モシモシ、シンセツナアカイボウシノバンニンサン。アナタハヒダリノムラノヒトデスカ?」

「いや、違う。わしの村は右側だ」

 それだけ言うと、また寝てしまう。

 ははぁ、なるほど —— と、 銀河は思い当る —— こいつ、きのうは眠らずに何を読んでいるのかと思っていたら、一晩中論理学を勉強していたな。 確かに、それが正しいきき方だ。

「アニキ、コッチダ」

 むだに正しい左の道をアリス3号が威張って先導して行った。


 村人がいる。

 用心してかからねば。相手は嘘しか言わない人たちだ。

「こんにちは」

 井戸端で大根を洗いながら世間話をしていた三人のおばさんが銀河の声にいっせいに振り向いた。それぞれにカルチャーショックを覚えるほどユニークな服装だ。桃割れ髪にアロハシャツのおばさんが最初に声を上げた。

「まぁ!」

 にっこりアリス3号を見ている。

「なんて賢そうなロボットさん」

「ほんと、すごい美人だわ」

 となりで和服水着の人も感心している。

 最後に迷彩服に鉄かぶとのおばさんが断言した。

「こんなに可愛い子、はじめて見たわ!」

 アリス3号はかんかんだ。レーザー砲を向けかけたので銀河があわてて制止した。

「見かけはともかく、これで最低に醜い役立たずの大馬鹿者なんです」

 かばってやったのに、銃口が今度はアニキに向いた。

「すみません、役場はどこでしょう?」

「この道を百光年ほど先に行った右よ」

 と、桃割れアロハさん。

「絶対に五分ほど行ったところにはないわ」

 と、和服水着さん。

「嘘つき村第一役場にあらずという看板なんかかかっていないの」

 と、戦闘服ヘルメットさん。

「非親切にどうも、行くぞ」

 銀河は無理やりアリス3号を引き立てた。

「マダハナシガオワッテイナイ」

 抗議するアリス3号の背中を無理やり押して行く。

「ワタシノドコガ、『カシコク』テ『ビジン』デ『カワイイ』ンダ!」

 まだ腹が収まらない。

 五分ほど行くと、なるほど 嘘つき村第一役場にあらず と看板のある頼りない建物が左手に現れた。珍しく透き通っていない木造の庁舎だが、立て付けの悪い引き戸を開けて中に入ると、建物よりも内側の方がはるかに広くて、四百四箇所ある窓口に七千万人くらいの人たちが並んで順番を待っていた。ほとんどの人が自分用の寝袋や炊事用具を持ち込んで来ているようだ。幸い一番端っこにある就職案内の四百四番窓口だけはいていた。

「あの、仕事なんかちっともさがしていないのですが」

「では、調べてあげないから、そこで待っていても無駄だね」

「ありがとうございません」

 しばらく待っていると係のおじさんはカードを一枚持って来た。

「君たちにはこれがおすすめだ」

「おすすめじゃない、んですね?」

「いや、おすすめだよ」

「じゃあ、せっかくですがやめておきません」

「でも、今は他にも求人があってね」

「アタマガアツイ」

 アリス3号の電子頭脳から蒸気が上りはじめた。言語回路がついて行けなくなったようだ。

 「おすすめ」でもそれしか求人がないのなら仕方がない。銀河は渋々、情報カードを読んでみた。


   デモ行進ではありません

   日当二千チュランいただきます

   プラカードを持たず シュプレヒコールを上げないお仕事です

   ただし世直し派は大歓迎

   本日十時、嘘つき広場に解散のこと     


 いかにも胡散うさんくさ気な求人だが、合せて四千チュランは悪くない。ふたりは「消介状」をもらうとさっそく広場へ行ってみた。

 時間前からたくさんの人たちが集っていた。立札で二つのグループに分れている。「紅組」と「白組」だ。「紅組」のグループの方が圧倒的に数が多くて、ふたりと同じようにお金目当ての人たちだ。「白組」の方は自主的に参加して来た有志たちで、数こそ少なかったが、とても意気が上っていてにぎやかだ。こちらは、大人から子供まで、それぞれ自前のたすきやコスチュームなどを身にまとってお祭り騒ぎだった。


   戦争上等


   正直村に死を!


   一殺報恩


 いろいろ物騒なスローガンが旗めいている。どうやら嘘つき村流の平和行進らしい。それなら参加しても良心は痛まない。

 時間になるとリーダーらしい格好いい青年が現れて、ラウドスピーカーでさっそうと呼びかけはじめた。

「本日は雨天なり。親ガメこけずにみなこけた。不参加のみなさん、非ありがとう!きょうは嘘つき村と正直村がこれからも末永く憎み合っていけることを願ってがんばらずにあきらめましょう!」

 青年が空に向って高く拳を突き出すと、白組の人たちから一斉に拍手と歓声が上った。紅組からも二つ三つ、パラパラと拍手が鳴ってすぐんだ。その中でアリス3号だけがガシャガシャとやけに乗り気で拍手を送り続けている。絶対、朗らかそうなイケメンのあのリーダーにいかれている。

「では、紅組のみなさんはここにないのぼりやプラカードからどれでも好きな物を選ばずに帰って下さい。それから、行進まえにアルバイト料を納めるときに不要になりますから、デモ行進不参加料引換券を一枚ずつ取らずに、失くして下さい」

 ふたりは引換券と、適当に選んだ旗を持った。銀河の旗には 打たずに止まん と、アリス3号の旗には 欲しがりましょう、負けるまで と書かれている。

「では、解散。正直村をぶっつぶせ!」

 行進が始まった。

「正直村をぶっつぶせ!」

 リーダーに従ってみんなも気勢を揚げる。

「正直びとに天誅てんちゅうを!」

「正直びとに天誅てんちゅうを!」

 一緒に旗を振りながら歩いて行くうちに、ふたりも段々楽しくなってきた。大声を上げるのは気持ちが良いし、所々に民家や水車の見える田舎道をみんなと一緒に行くのはピクニックのようだ。蝶々やトンボもついて来る。意外に良いアルバイトだったかもしれない。

「オャ?」

 さしかかった四辻に警官が何人か立って警戒に当っていた。交通規制だろうか?よく見ると、田園風景のあちこちに警官隊が散開しているようだ。田舎の駐在さんなどではない。最新の防護服とヘルメットに身を固めた精鋭の機動部隊だ。気が付くと、どの農道にも、どの辻にも隊員たちがものものしく集って警戒の目を光らせている。中には案山子かかしに変装して重粒子砲を装備している人もいた。

 道の向うから鐘やお囃子はやしが響いて来た。平和行進の向って行く道の先から、別の一団がお神輿みこしをかついでワッセワッセとこちらにやって来る。女性と子供はさらしの胴巻きに半被はっぴを引っかけ、男たちは締め込み一丁で、ねじり鉢巻きがいなせにまぶしい。こちらに気づいても少しも減速せず、それどころか掛け声を荒げてまっすぐ突進してくる。

「気をつけるな、味方のお出迎えだ!」

 リーダーが叫んだ。どうやら世直し派のデモ隊と行き会ってしまったらしい。だんぢりの山車だしにわたされた 正直村を救え の横断幕がまたたく間に迫って来た。半被はっぴには 戦争反対 の文字が染め抜かれている。

「退却!あっちがその気ならこっちも大歓迎だ!」

 リーダーの青年がそう叫び終えるか終えないかのうちに、だんぢりの先頭がデモ隊にそのまま突っ込んで来た。リーダーを跳ね飛ばし、参加者たちをなぎ倒して一気になだれかかって来る。このままだと踏みつぶされる。素早く身をひるがえした銀河がかろうじて乱闘から抜け出したとき、周囲を切り裂く警笛が鋭く響きわたり、機動部隊がたちまちあたりをとり巻いた。これで騒ぎも収まるかと思いきや、部隊はいきなり催涙弾と放水を相手かまわず浴びせかけはじめる。和平派の若者のひとりが態勢を立て直して、持っていた看板で半被はっぴ姿の女の子の頭をたたこうとしたが、プラカードなど簡単に水圧ではじき飛ばされてしまう。重粒子砲をぶっ放そうとして隊長に止められている隊員もいる。もともと戦うつもりなどない紅組の人たちが悲鳴を上げて逃げまどっているのに、警官たちが周りをすっかりとり囲んでしまったおかげで行き場がなくなり、世直し派の人たちともつれ合ってつかみ合いになってしまう。これでは騒ぎをあおり立てているようなものだ。世直し派の人たちも放水と催涙ガスのせいで相手がわからないまま、仲間どうしでポカポカなぐり合ったりしていた。「えいっ、えいっ」さっき頭をたたかれそうになっていた女の子まで、倒れてふんどしのはずれかけたおじいさんを、可愛い子犬の絵入りのゲタのつま先で蹴っている。

 信じられない。これが穏やかで素朴で従順だというチュラびとたちの姿だろうか?

 銀河は呆れ果てて、乱闘騒ぎの中にアリス3号の姿を捜した。あぁ、あそこにいた。騒ぎのまん中で放水や催涙ガスから守るふりをして、ちゃっかりリーダーに抱きついている。

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