第二部 Ⅴ:かっこうもどき探偵社

 もう仕事探しはこりごりだ。

 あきらめたふたりは、次の日、自分たちでベンチャー・ビジネスを立ち上げる相談をしていた。

「タンテイハドウ?」

 アリス3号が提案する。

「探偵、か … 」

 銀河は少し考える。

 探偵なら資金がなくても開業できる。

 それに、以前にも二度ばかり探偵をしなければならない破目に陥った経験がある。あのおりは、幸運にも恵まれて見事に事件を解決できた。

 まんざら悪い考えでもなさそうだ。

「でも、あの時も子供だからと見くびられて思い切り値切られてしまったしな … 」

「カッコウモドキノフリヲシヨウ」

「かっこうもどき?」

「ヒトノユメノナカニスンデイルショウネンノスガタヲシタナゾノソンザイトイウセッテイデ、バカニサレナイヨウニオシバイシヨウ」

「変なことばかりよく思いつけるな」

「ワタシモユウレイロボットノヤクニナルワ」

「 —— ここはひとつ、大金持ちの依頼人でも見つけて一山当てるとするか」


  … なのに、一週間待ち続けても、誰ひとり尋ねて来る者がない。

 あの乱闘騒ぎのあと、アリス3号がリーダーから何とか支払ってもらったなけなしの四千チュランも、みな広告につぎ込んでしまって、またもや断食だ。

 おや、外で羽ばたきの音がする。ひょっとこ丸のハッチを誰かがノックした。

「アッ、レムダ」

 ハッチをあけると、ポチから降りたレムが、知らないきれいなお姉さんと一緒に立っていた。

「レム!」

 銀河も喜んで立ち上がる。

「おはようございます、アリス3号さん、隊長さん!ぼくの姉さんのレモです」

「はじめまして」

 顔だちの通り、やさしい微笑みを浮かべているのに、どこか浮かぬ気だ。

「先日はこの子が危ないところを助けて頂き、本当にありがとうございました。一度お礼を申し上げなければとうかがいました」

「ソレハソレハ」

 アリス3号は二人をキャビンに招き入れて、チラッと銀河の顔を見た。アニキは美人に弱いから …

「これは、本当につまらないものですが」

 レモは、手作りらしいかっこ良い探偵帽を銀河に差し出した。

「恐縮です」

 銀河は神妙に受け取りながら横目でアリス3号をにらみ返す。

「ロボットさんにはこれをどうぞ」

 チェック柄のとびきりシックなハーフ・マントだ。

「ワァ、ホンモノノタンテイミタイダ」

「 … 探偵は遊びじゃないぞ!」

 ふたりはさっそく身に着けてみる。本当によく似合うし、寸法もピッタリだ。

「実は、お礼よりもっと大事な用事が一つあって来たんです」

 レムが言う、

「どうか姉さんを助けて下さい」

「できることなら何でもするけど?」

 銀河はとりあえず二人に展望椅子を勧めて、自分は回転式作業席に腰かけた。

「銀河さんはこの星が今、正直びとと嘘つきびとのことでもめているのをもうご存じでしょうか?」

 レモがたずねる。

「はい、この間それでひどい目にあいました。叔父おじさんやミモからは、以前は仲良く暮していたと聞いていたのですが?」

「えぇ、今でも正直村と嘘つき村の半分の人たち、つまり和平派のひとたちは昔通り仲良くして行きたいと思っています。でも、残りの半分の人たち —— 世直し派の人たちが相手を滅ぼすべきだと考えはじめたのです」

「なぜでしょう?そもそもチュラびとは根が穏やかで相手を傷つけるようなことはなかったと聞いています。預言者よげんしゃの法律でも人殺しや戦争は禁止されているのでしょう?」

「えぇ、本当に不思議で訳がわかりません」

「ホウリツニハムジョウケンデシタガウヒトタチノハズナノニ … 」

「それはね」と、レム。

「きっと論理学が発達してみんなが詭弁きべんを使い始めたからじゃないでしょうか」

詭弁きべん?」

「はい。嘘をつかずに他人をだましたり、言葉の意味をじ曲げたりする方法を覚えてしまったせいかもしれません。たとえば身を守るためなら人殺しにならないとか、悪者退治の戦争は暴力じゃないとか … 」

「 … 」

「それに、それがただの詭弁きべんだとは言い切れない現実も確かにあるのです」と、レモ。

「最近はその気になれば武器として使える道具が誰にでも簡単に手に入るようになってきて、おまけに人の心もすさんでしまい、いつ犯罪に巻き込まれてもおかしくなくなっているのです。それに、正直村も嘘つき村も大きな爆弾を抱えてしまって、もう、片方だけ丸腰でいることができないほど危険な状態なのです」

「ぼくは武器なんかいらないし、絶対に使いませんけど」

「ワタシトオナジダ」

 アリス3号が言うので銀河がつぶやいた。

「お前の場合は本気で撃つのがこわいだけだろ?その割にしょっちゅう振り回すし」

「でも、私自身、絶対に武器を使わないとは言い切れないのです」

「えっ、レモが … !」

 レムが信じられない様子で姉を見つめた。

「そうなの。私だけのことなら、たとえまわり中の人たちが凶器を持っていたとしても武器なんかいらないし、強盗に襲われたり、世直し派の人たちに襲われたりしても潔くあきらめられるわ。運が悪かったんだって。でも、もし、目の前でレムが襲われていたら?わたし、黙って見ていることなんかできないでしょう?だから、そんなことにならないように身を護る備えをしておこうとか、あらかじめ戦争に備えておこうという人たちの意見にも一理ある気がするんです。わたしはただ、楽しく平和に暮して行きたいだけなのですが … 」

「ソウイエバ、ワタシヲタスケテクレタトキ、レムモパチンコヲツカッタネ」

 レムは不満げだ。

「だからってみんなが武器を持ったらかえって危ないでしょう?」

「武器、ねぇ … 。でも」

 銀河が尋ねる。

「そのことがレモさんとどう関係しているのでしょう?」

「実は何週間か前 —— おふたりがまだこの星におられなかったとき、正直村と嘘つき村の間で歴史上はじめて会議がもたれ、そこで、ある一つの重大な決定がされたのです」

 レモは続けた。

「それは、この星の将来を心配した両方の村の村長さんが連名で提案したもので、チュラ星で一番仲の良い正直びとと嘘つきびとのカップルをひと組選び出し、正直びとの方には嘘のつき方を、もうひとりの嘘つきびとの方には正直に話す事を学ばせようというものでした。そしてそのカップルに私とキンタが選ばれたのです」

「キンタは嘘つき村の人で、レモの幼なじみの恋人なんです」

「今日から数えてちょうど一週間後に、私たちは村民大広場で練習の成果を示さなければなりません。そこで、もし、私が上手に嘘をつき、キンタが正直に話してみせられれば、正直びとと嘘つきびとはやはり理解し合えるのだと証明されて、昔通り仲良くやって行けることになるのです」

「でも、もしうまく話せなかったら?」

「戦争状態に突入します。そして、正直村も嘘つき村も、お互いに恐ろしい爆弾を使い合うことになってしまうでしょう」

「ソレハタイヘンダ」

「で、レモさんは嘘がつけるようになったのですか?」

「私たち正直びとにとって、嘘をつくのは生れつきの本能に逆らうことで、それは本当に難しいことなのです。ですから、まだうまくいきません。それはキンタの方も同じです。でも、チュラ星の命運が私たち二人にかかっているのですから、ここまで必死で特訓してきました。おかげで、あと少しで話せそうなところまではきています。間接話法でなら何とか嘘が言えるようになりました」

「カンセツワホウ?」

「はい。たとえば、『私はレモではありません』と言うことはできません、とか」

「どうやって嘘つきの練習を?」

「それなのです。実は私たち、ベスト・カップルに選ばれてから毎日、一日の半分を秘密基地に閉じこもって、トレーナーから猛特訓を受けてきたのです」

「トレーナーは二人いて、それぞれ正直村と嘘つき村で一番えらい言語学博士なんだって」

「きのうまで毎日、私は嘘つき村の博士に、キンタは正直村の博士について厳しい特訓に励んできました。部屋にはあと二人、正直村と嘘つき村から派遣された監察官かんさつかんも立ち会って、妨害や不正のないように監視します」

「全部で六人ですね?」

「はい。特訓室は、この星でただ一ヶ所、正直村と嘘つき村を直接つないでいる0号合同庁舎の建物の一番奥にあって、部屋に入るには特別に作られた鍵が必要なのです。『まことの鍵』と『いつわりの鍵』で、二つそろわないと部屋の扉はあきません。『いつわりの鍵』はキンタに、『まことの鍵』は私に預けられました。ところが、きのうの特訓のあと、私の『まことの鍵』が消えてしまったのです」

「消えた?」

「はい、練習が終って部屋を出る時、うっかり机の上に置き放しにしてしまったことを思い出し、振り返った時にはもう無くなっていたのです」

「もう少し詳しくうかがえますか」

「きのうの私の最後の課題は、『これは鍵ではありません』と嘘をつくことでした。そのために実際に『まことの鍵』を机の上に取り出して練習していたのです。練習が終って、そのまま部屋を出て行きかけてすぐに置き忘れたことに気付いたのですが、振り向いた時にはもう跡形もありませんでした。ほんの何秒かの間のことでしたのに … 。驚いて全員で部屋中探し回ったのですが影も形も見当りませんでした」

 レモ嬢は肩を落して、がっくりうなだれる。

「部屋は閉鎖されてしまい、鍵が出て来なければ、もう二度と入れません。あと一週間しかないというのに!これで戦争になってしまったら私、もう、どうしていいか … 」

「隊長さんが探偵になったと広告で知って、相談するようにぼくが勧めたんです」

「デハ、ホウシュウノホウハ … 」

「バカ、そういう話じゃないだろ」

 頭ごなしにたしなめられたアリス3号は、心のレーザー砲で今度こそアニキを蒸発させてしまった。お代はいりませんと言おうとしただけなのに。

「お金のことでしたら、正直村と嘘つき村から百万チュランずつ、鍵を見つけてくれた人に懸賞金を出すと村長さんたちが約束して下さっています」

「それにしても、何か別の方法があるのでは?合鍵を作るとか、特訓場所を変えるとか?」

「ダメなのです。合鍵は特殊な物なので作るのに一週間以上かかるそうですし、会議で決められた場所や期間を少しでも動かすと、どちらの派の人たちにも納得してもらえなくなってしまいますから」

「そうですか … で、レモさんご自身は鍵の行方について、何かご意見をお持ちですか?」

監察官かんさつかんのうちのどちらかに盗まれたのだと思います」

「盗まれた?監察官かんさつかんに?」

「はい、鍵が勝手に消えるはずはありませんし、ほんの何秒かのうちに外の誰かが一つしかない扉から私たちに気付かれずに侵入して持ち出せたわけはありませんもの」

「トレーナーの言語学博士たちはどうでしょう」

「お二人は最初に部屋を出られました。言葉にしか関心のない方たちで、私たちより先にお立ちになり、不審な動きは少しもされなかったはずです」

「キンタさんが隠すこともできますね —— あくまで可能性の問題としてですが?」

「どうでしょう … 。でも、物理的に不可能ですわ。キンタの席は鍵から一番離れていましたし、部屋を出たのも私と一緒でしたもの。いずれにしろ、キンタと話せば彼でないことはすぐにわかるはずです。キンタは嘘しか言えませんから」

「 —— では簡単です。早速、監察かんさつ役の二人に会って詳しく話をいてみましょう」

「えぇ、ただ … 」

 レモは心配そうに探偵を見つめる。

「二人の監察官かんさつかんは、どちらが正直人びとでどちらが嘘つきびとかわからないのです」

「森の番人と同じですね?」

「はい。ミッションの公平性を保つための機密事項だそうで、監察官かんさつかん自身、お互いに示し合わせてトレーニングを妨害することのないように、和平派と世直し派からひとりずつ慎重に選び出されているのです」

「和平派と世直し派が互いを監視し合っていて共犯の可能性はないということですか?どちらがどちら派なのかもわからないのですね?」

「はい、わかりません。それに」

 レモは語気を強めた。

「もっと悪いのは、ふたりは一週間後の発表大会が終るまで、誰とも、一言も、言葉を交したり、メモや身振りでやり取りすることが許されていないのです。気持を顔に出すことさえ禁止です」

「一言も話してはいけないのですか?」

「はい、ですから、犯人でない方の監察官かんさつかんは、もうひとりの監察官かんさつかんが盗んだ所をきっと目撃しているはずなのに、それをどんな方法でも自分から他人に伝えてはならないのです」

「ソレデハカンサツカンノイミガナイ」

「はい、本当に、いない方が良かったくらいです。私たちに唯一、許されているのは、期間中にただ一度だけ、どちらか一方の監察官かんさつかんにひとつだけ質問して、『はい』か『いいえ』で答えてもらうことだけなのです」

 銀河は腕組みして目を閉じ、しばらく宙を見上げていた。アリス3号の方は、そのかんも、すっかり気に入ったマントの着こなし方をあれこれ試している。

 やがて目を開けた探偵はレモ嬢を見つめ、おもむろにつぶやいた。

「ひとつ考えがあります。多分お力になれるでしょう」

 突然、すさまじい地響きがドスンととどろき、鎧戸シールドを開け放していた窓の外が真っ暗になった。大気を稲妻が切り裂き、巨大な雨粒が船窓をうち抜かんばかりにたたきつけてきた。大風おおかぜが世界を呪いはじめた。不時着以来続いていたチュラ日和は過ぎ去り、凶暴で救いのない季節がやって来た。

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