第二部 Ⅵ:銀河の冒険 その1

 四人は監察官かんさつかんから話を聞き取るために0号合同庁舎へ向うべくポチに乗り込んでいた。ポチはまず、逢魔ヶ岳おうまがだけを横切って村の入口に向う。入口の上空に差しかかった時、軽い衝撃が四人を襲った。

 「大丈夫」レモが言う、「チュラ空間から村の世界へ入ったの」

 だが、村空間に移っても、風雨は狂おしさを増し続ける一方だった。

 さすがのポチも、このもの凄い嵐の中では大揺れに揺られ、気流に流されて行く。泳ぐ時以外はお腹の脇にたたんでいる三角形の大きな四枚のヒレを立て合わせて作ったシェルターでぴったりと四人を守ってくれてはいるが、それでも銀河は探偵帽を、アリス3号はマントをしっかり押さえ続けていなければすき間風に吹き飛ばされてしまいそうだった。時折突風にあおられた巨体が右へ左へと激しくかしぐと全員の体が空中になぎ倒されるほどだった。

 姉さん竜と弟カワウソは前と後を代わる代わる入れ替わり、大時化しけの海原にまともに挑みかかる艦船さながら、時にははばみ戻され、時には体当たりで打ち越えながら0号庁舎を目指して行った。

 どれくらい来ただろう。チュラ星の裏側まで来たかと思われるほど飛び続けた後、ポチの体がようやく降下しはじめた。着地するようだ。動きが止み、ヒレのシェルターが解けると、そこが目的の大庁舎の屋上駐機上だった。自動開閉式の頑丈な半球型ドームの天井が頭上高くぴたりと被い閉ざされ、呑み込んだ一行を外の嵐から見事に保護してくれていた。広々と静まり返ったスペースに、釣鐘つりがね型の透明飛行カプセルが何機か、しずくまみれでがらんと停まっている。

「ご苦労様。ここでしばらく待っていてね」

 降り立ったレモは、ポチ姉弟をねぎらうと、三人をエレベーターに案内した。

「特訓室は閉鎖されてしまいましたから、とりあえずロビーでみんなの到着を待ちましょう」

 鍵が消えても、レモとキンタ、博士たちと二人の監察官は、発表大会の日まではこの時間に全員出頭して、毎日チェックを受けなければならないという。

 1階に降りると、一行はロビーの待合所を見渡した。荒天のせいか人影まばらでひっそりしている。

「あ、キンタだ」

 ひとりの青年が向うのソファーから立ち上ったのにレムが気づいた。

 微笑してこちらに手を振っている。

「アッ!」

 その顔を見て、銀河とアリス3号は同時に声を上げた。

「リーダーダ!」

 先日の平和行進の時のあのイケメンリーダーに間違いない。

「あれ?」

 キンタの方もふたりに気付いたようだ。

「君たちはあの時の … 」

「あら」

 レモが意外そうに三人の顔を見比べた。

「お知り合い?」

 うん、この前、嘘つき村の平和行進に参加しに来てくれてたんだ、などとは、もちろん言わずにキンタは首を振る。

「うぅん、全然知らない子たちだ。乱闘騒ぎになった時、このロボット嬢がぼくを護ってくれなかったんだ。あの時はほんとに余計なことを!」

 笑顔で差し出されたキンタの手を取ろうともせず、アリス3号はなぜか黙ってうつむいた。

「あの、キンタさん。いきなりで申し訳ないのですが」と、銀河が尋ねる。

「今度の事件の犯人はキンタさんですよね?」

「えぇ、もちろんぼくが鍵を盗ったんです」

 キンタは別に機嫌を損ねる様子もなくそう答える。

「そうですか … 」

 これで犯人は監察官かんさつかんのどちらかひとりに絞られたことになる。

「博士たちと監察官かんさつかんがそろうまでもう少しここで待っていましょう」

 レモとキンタが並んで座り、レムが銀河の手を取ってひとつだけ離れた席に腰かけた。

「ねぇ、隊長さん。隊長さんがどうやって犯人を当てようとしているか、ぼく、わかった気がします」

 レムはいたずらっぽく声をひそめる。

「推理するための質問をもう用意しているんでしょう?」

「推理というより演繹えんえきさ。帰納法的きのうほうてき蓋然性がいぜんせい以上の必然性が必要だからね」

「今キンタにいたみたいに『お前が犯人だろ?』って訊くんですか?」

「それじゃダメさ。いいかい、」

 銀河はちょっぴり先輩ぶって分析してみせる。

「ぼくがそういて、相手が『はい』と答えたとしよう。彼が正直びとなら確かに犯人は彼だけど、嘘つきびとなら彼は犯人じゃない。でも彼が正直びとか嘘つきびとかは誰にもわからないから、結局それでは何もわからない。次に、『いいえ』と答えた場合はどうだろう。彼が正直びとなら確かに彼は無実だけど、嘘つき人なら犯人ということになるから、やっぱり何もわからないだろ?」

「じゃあ、『あなたは正直びとですか』と聞くのはダメ?」

「でも、それじゃ、たとえその人が正直びとか嘘つきびとかがわかったとしても、肝心の犯人ホシがどちらかはわからないよ」

 一つ置いた隣のソファーでは、寄り添ったレモとキンタが言葉を交している。レモが銀河たちに相談した経緯いきさつを説明して、キンタがきっとうまくいかない(つまり、うまくいく)よと力づけているところだった。

 アリス3号だけがみんなから離れてポツンと立っていた。

「あ、博士たちだ」

 レムが言う。

 エレベーターから二人の小柄な女性が下りて来る。大人なのに、背たけはレムとあまり変わらず、みんなが立ち上って挨拶あいさつしても目礼を返してくるだけで、何やら議論を続けていた。

「でもキジムナン、その部分は厳密には過去完了進行形でなければならないはずよ」と、屋内なのに大きなフキの傘をさした方の博士。

「ええ、非コロボック、そこは過去分詞でなければ意味が取りづらくなってしまうわけではないもの」と、赤ら顔の方。

「両先生とも、いつもあの調子なの」

 レモがこっそり苦笑して目配せする。

 それから、博士たちの議論がまだ終らないうちに、隣のエレベーターが続いて降りて来て、今度は監察官かんさつかんらしい男が二人、姿を現した。二人とも同じ制服の胸に星型のバッジを着け、全くの無表情のままこちらに来ると黙って敬礼した。

 担当職員がやって来て六人全員がそろったことを確認する。

 チェックを受け終えたキジムナン、非コロボックの両博士は議論を続けながら早々に帰って行く。

「二重否定の感嘆文なんて前代未聞よ、非コロボック」

「循環疑問の枕詞まくらことばだってあるのよ、キジムナン」

 博士たちを乗せてエレベーターが去って行ったのを見送ると、レモは二人の監察官かんさつかんに勧めてソファーに座ってもらった。

「失くなった鍵の捜索に、もう一度ぜひお二人のお力をお貸りしたいのですが」

「どちらの監察官かんさつかんくんですか?」

 レムが銀河に耳打ちする。

「それは問題じゃないんだ」

 銀河はつぶやく。

「断じて問題じゃない」

 そして静かに向き直ると、たまたま近くの側にいた監察官かんさつかんに向って、ていねいにおじぎし直した。

「かっこうもどき探偵社主任調査員の銀河と申します。鍵を見つけるようにレモさんから依頼されました。発表大会までの期間中、一度だけ監察官かんさつかんのおひとりに質問して『はい』か『いいえ』でお答えいただけるとうかがっています。それでお尋ねしたいのですが、鍵を盗んだ犯人は嘘つきびとですか?」

「はい」

監察官かんさつかんは答える。

「ありがとう」

 銀河は相手と同様、表情ひとつ変えずに礼を述べて握手した。

「これで終りです。帰りましょう」

 あっけなさすぎる質問と答にポカンとしているみんなを促して立ち上らせ、銀河は一行をエレベーターに向わせた。

「ぼくはまだしなければならない仕上げがあるのでもう少しここに残ります。レムとレモさん、キンタさんはアリス3号と一緒に先に帰ってひょっとこ丸で待っていて下さい。向うへ着いてひと休みしたら、もう一度ポチだけここへ来てもらうように頼んで下さい。それから、今度会ったら支配人さんにお礼を言っておいてもらえますか」

「何のお礼?」

 答えようとした銀河が、レムをふり向いた拍子にバランスを崩してつまずき、前にいたもうひとりの監察官かんさつかんの体に危うくしがみついた。

「あ、すみません」

 銀河は謝って体勢を立て直し、エレベーターに乗って行くみんなを見送った。

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