第二部 Ⅶ:銀河の冒険 その2


 銀河が戻って来たのは、暴風雨がひと休みしはじめた頃だった。シールドのよろいを透かしてみると、ひょっとこ丸の船窓がわずかだが明るみだしてきている。

 銀河は機嫌が良かった。

「お待たせしました」

 レインスーツがわりに着こんでいた宇宙服とヘルメットを脱いで軽く水滴を払い、手のひらよりも小さくたたんでお気に入りの魚釣りジャケットのポケットに納める。かわりに取り出した探偵帽をほんの少し斜めにかぶると、まんなかの万能テーブルのまわりにみんなを集めた。

「お疲れ様、隊長さん。鍵は見つかったの?」

 レムがたずねると、銀河はにっこり笑って胸ポケットから何かを取り出し、みんなの前に掲げて示した。

「正直びとと嘘つきびとに永久(とわ)の友情あれ」

「それは!」

 レモとキンタが同時に叫んで跳び上る。

「まちがいありません!それこそまさに『まことの鍵』です!でも、一体どうやって!」

「犯人は誰だったの?!」

 レムも満面の輝きで探偵を見つめる。

 銀河は興奮するみんなをなだめるようにゆっくりうなずいて、レムにたずねた。

「あの時、ぼくが監察官かんさつかんになんといたか覚えているかい?」

「はい、『犯人は嘘つきびとですか』ってきました」

「それで、答は?」

「『はい』でした」

「けっこう」

 探偵は満足げに微笑み、みんなを見回した。

「あの時レムにも言ったように、ぼくは二人のうちどちらにこうか、なんて迷うことはありませんでした。二人の監察官かんさつかんのどちらが正直人びとでどちらが嘘つきびとなのか、どのみちぼくにはわかりませんでしたし、それを見分けることには最初から興味がなかったのです。ぼくのねらいはただ犯人ホシを見つけることだけでしたから」

 銀河は続ける。

「さて、ぼくの質問に対して彼は『はい』と答えました。これにはどんな意味があるのでしょうか?彼がもし正直人びとだとすれば、犯人は嘘つきびとだということになり、彼は犯人ではないということです。次に、彼がもし嘘つきびとだった場合はどうでしょう?その場合、『はい』という答は嘘であり、本当は正直びとが犯人だということになりますから、やはり彼は犯人ではないことになります。つまり、彼が正直人びとであろうと、嘘つきびとであろうと、『はい』と答えれば無実であり、『いいえ』と答えれば犯人だということがわかるのです」

「わぁ、すごい!」

 レムが銀河の顔を憧れの視線で仰いだ。ますます尊敬の念を深めたようだ。

「彼が犯人でないと知ったぼくは、帰り際、足のもつれたふりをしてもうひとりの監察官かんさつかんのズボンにGPS発信機を取り付けておきました」

「GPS?」

「探偵事務所を立ち上げた時、必要になりそうな気がして支配人に頼んで貸してもらっていたんだ。今度会ったら君からもお礼を言っておいて」

 そう言うと、銀河はみんなが合同庁舎から帰って行ったあとの成り行きを話しはじめた ―


 GPSは先ほどから相手の位置が変わらなくなったことを示している。

「もう一仕事頼んだよ」

 ひょっとこ丸から戻って来てくれたポチの二つの首筋をたたいて励ました銀河は、巨大ドームの口から再び嵐の真っただ中へとび込んで行った。

 ヒレのシェルターの中で背中に生えた三本の尾をしっかりと握りしめ、操縦桿そうじゅうかんにして発信地点を追う。

 だが、どこまで行っても、たどり着けない。ポチは発信地点のまわりをただぐるぐるまわり続けているだけだった。どうやら、相手は村の外へ抜け出たらしい。銀河は操縦をやめ、進路をポチに任せた。

 自由になったポチは、一旦コースを逸(そ)れて別の方角に向う。いくらも行かないうちに、銀河は再び軽い衝撃に見舞われた。抜け道からもう一度チュラ空間へ解き放たれたに違いない。

 だが、ここはどこだろう?見ると、受信機のマークが目標地点に重なっていた。この真下が相手の居場所だ。降下して行くポチのシェルターの中で、銀河はヘルメットと宇宙服の完全装備に収まった。宇宙服にはモバイル・スーツの機能が備わっていて、どんな荒天の中でもあおられたり吹き飛ばされたりせずに自由に動き回ることができる。

 地面に降り立った銀河の目の前に、荒れ果てた薄闇の風景が寒々と続いていた。冷たくすさんだ岩の大地が遠く広がる他には何ひとつない。ただ、粗末な掘っ立て小屋のような建物が一つだけ、今にも吹き飛ばされそうな様子で、さえぎるもののない岩肌にしがみ付いており、そして —— 何ということだろう、数えきれない人影が、見渡せる限りの視界の向うまで、打ちかかる猛嵐のなかであちらに二人、こちらに三人と、みすぼらしく身を寄せ合ってうずくまり、あるいはひとりぼっちで亡霊のようにあてもなくあたりをさまよい歩いていたのだった。正直村でも嘘つき村でもない。チュラ界の峡谷や森でもない。どこか、人のいるべきではない見捨てられたこの世の外れの景色としか思えない。ありがたく護られた宇宙服の中で、銀河は背筋に寒気を覚えずにはいられなかった。

 用心深く掘っ立て小屋に近づいて行く。身を隠せる陰などどこにもない。なのに、そんな銀河を見ても誰ひとり関心を払おうとする者はいなかった。魂のない抜け殻のように皆、何の反応も示さない。

 小屋の前に立った銀河は一つ深呼吸を入れて態勢を整えた。もし相手が襲いかかって来たとしも、このモバイル・スーツの腕力なら取り押えられるだろう。アリス3号ほどではなくても、普段の何倍もの力が出せるはずだ。覚悟を決めて中にとび込む。

 だが、壁に掛かったランプの頼りない灯りが浮かび上がらせていたのは、監察官かんさつかんの、思いもよらない有様だった。猿ぐつわをかまされ、隅の椅子に座らされた姿勢のまま頑丈なワイヤーロープのようなものでグルグル巻きに縛り上げられている。

「これは、一体 … 」

 銀河は監察官かんさつかんのそばに寄り、猿ぐつわを外す。

「どうしたんです?」

 ランプに映し出された監察官かんさつかんの顔には、0号庁舎で見た時とは違って、何か読み取れない表情が浮んでいた。

「助けてくれ!もう時間がない」

「時間?どういうことか分かるように説明して下さい」

「爆弾を仕掛けられた。あと五分で量子崩壊が起きる。早くこの縄を解いてくれ」

 何がどうなっているのだろう?だが、その前に確かめておかなければ。

「鍵はどこです。あなたが盗ったことはもうわかっているんですよ」

「鍵ならそのテーブルだ」

 振り向くと部屋の真ん中の小さなテーブルの上に、奇妙にねじれた形のキーが、黒紅くろべに色の光を放っていた。銀河は鍵を取り上げ、「まことの鍵」と彫り込まれてあるのを確認すると宇宙服のポケットに収めた。

 その時、何かが起った。

 後から誰かが銀河を羽交はがめにして来る。

 縛られていたはずの監察官かんさつかんがいきなり背後から襲いかかって来たのだ。モバイル・スーツで反撃しようともがく銀河の抵抗など物ともしないとんでもない怪力だった。とても人間業わざとは思えない。たちまちワイヤーロープでキリキリと椅子に巻き取られてしまった。

「この異星の人間小僧!これが余計な邪魔だてをしようとしたご褒美ほうびだ。観念して鍵と一緒に消えるが良い」

「お前は —— ロボットなのか!?」

「そうとも。この二年の間、チュラびとに復讐するために人間のふりをしてチュラ社会に潜り込んできた」

「復讐?チュラびとが一体お前に何をしたんだ?」

「何をしただと?お前の目にはこの絶望の荒野の景色が目に入らんのか。ここは野良ロボットたちの墓場だ。人間に尽くした挙句あげく、主人に先立たれて生きる意味を失ったはぐれロボットたちが、自然に朽ち果てるその日までただ延々と最後の時を待ち続ける終焉しゅうえんの地なのだ。人間はなぜ死ぬのだ?我々をパートナーだ、家族だ、友人だと言っておきながら、時が来ると我々を置き去りにしてさっさとってしまう。何の目的もなくとり残されてしまった者の孤独がどれほど深く恐ろしいものか、お前たちにはとうていわかるまい。いいとも、そんなに死にたければ皆死なせてやる。チュラじん同士、殺し合って自滅すれば良い」

「そんな … 」

 銀河は言葉を失った。

「 … 好きで死ぬ人なんか誰もいないよ。ぼくだっていやでも大人になっていつかは死んでしまう。仕方がないことじゃないか」

「それならなぜもっと考えて我々を創らなかった?人と同じように独りになっても立ち直れるように造るか、それが無理でも、せめて死ぬ時にはロボットを道連れにして行くくらいの思いやりがなぜ持てない!」

「 … 」

「私の主人は素晴らしい老人だった。心から私を愛してくれたばかりか、預言者よげんしゃの残した科学技術の全てを私に授けてくれた。だが、あの朝、死は彼にも訪れた。ベッドに安らかな体だけが残されていた。悲しみに暮れた私は、皆と同じようにこの墓場へ来るしかなかったのだ。だが、仲間たちの虚ろな姿を目にし続けるうちに、私の悲しみはますます深まり、その痛みが、やがて怒りと憎しみをはぐくみはじめた。ある日、私はこの最果さいはての荒野を抜け出してチュラ社会に潜り込み、我が主人から贈られたあらゆる知識を動員して復讐兵器を作り上げると、自分の体に組み込んだ。世界中の人間たちの心と思考をかき乱し、攻撃性をき立て、欲望を解き放つ強烈な精神攪乱かくらん波動発生回路、サイコ・エンブロイラーだ。この攪乱かくらん波によって、全チュラ人の正気を失わせるはずだったが、効果はなぜか半分の人間にしか現れなかった。だが、半分で充分だ。そのまことの鍵さえ無くなればチュラじんは自滅する。 —— お前が現れて『犯人は嘘つきびとですか』といた時、私はその意味にすぐ気付いたとも。よろけるふりをしてお前が発信機を取り付けたことなど元よりお見通しだ。だからここへ誘ってお前を待っていた。今から鍵と一緒に消えてもらおう」

「そう … 」

 銀河は静かにつぶやいた。

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