第二部 Ⅱ:正直村 その1

 せせらぎの音がする。少し行くと小川の土手でひとりの若者が釣竿つりざおを延べていた。

「あの人と話してみよう」

 近づいた銀河は、さりげなく咳払いして、声をかけてみた。

「釣れますか?」

「釣れるはずがないのさ」

 相手は悲し気に首を振った。

「この川には魚なんか一匹もいないから」

「じゃあ、なぜ釣竿つりざおなんか?」

「のぞきに来るバカな子をからかうためさ」

 相手はクツクツ笑いだす。

「行こう!」

 銀河はプンプン怒ってアリス3号をき立てた。

「人をだますなんて、きっと嘘つき村に来てしまったんだ!」

「ダケド、ショウジキニイッテルダケカモシレナイヨ」

「仕方がない。別の人に聞こう」

「ア、ダレカクル」

 道の向うから今度は日傘ひがさをさしたおばさんがやって来た。

「こんにちは」

 銀河が呼び止めると、おばさんはにこにこ笑ってていねいにおじぎする。

「はい、今晩は」

 今晩は?やっぱり嘘つき村に来てしまったのだろうか。顔をしかめる銀河に、おばさんは涼し気に微笑した。

「気にしないで、ただの冗談だから」

 ウィンクしてそのまま行ってしまった。

「ウソナノカジョウダンナノカワカラナイ」

「全く、変な人ばっかりだ」

「モットマジメソウナヒトヲサガシテミヨウ」

  景色が開けてきた。家の数が増えはじめ、わらぶき屋根が軒を連ねている。まわりには見渡す限り、田んぼと畑と用水池が続いていた。あちこちで村人が野菜や洗濯物を干し掛けている。

「ホラ、アノヒトハドウ?」

 村道のかたわらに黒い立派な自動車が停っていて、ドアのそばに銀縁の眼鏡をかけたロマンスグレーの女の人が執事しつじのような礼装できちんと立っていた。 

「モシモシ」

 アリス3号がたずねる。

「ワタシハウチュウジンデス。チョットオキキシタイノデスガ、ココハショウジキムラデショウカ?」

「それじゃわからないな」

 小声で銀河がダメをだす。

「ここが嘘つき村でも、この人は『はい』って答えるぞ」

「アッ、ソウカ … ジャア、ドウキコウ?」

 銀河はちょっと首を傾げると、女の人にたずね直した。

「こんにちは、シルバーレディーさん。銀河隊長と申す者ですが、もしぼくが『ここは正直村ですか』とたずねたら、あなたは『はい』と答えますか?」

 シルバーレディーはいんぎんに目礼してうなづいた。

「えぇ、『はい』とお答えいたしますわ」

「良かった!」

 銀河はほっとして、急に肩の力がぬけた。

「無事、正直村に来てたんだ」

「ヤッタ」

 さっぱり理屈は分らないが、アリス3号もひとまず喜んでおくことにした。

「おかげで助かりました」

 立ち去りかけたふたりを、シルバーレディーが後から呼び止めた。

「どちらへおでかけですか?」

「仕事を捜しに行くところなんです」

「よければ町までお送りいたしましょうか」

 ありがたい。やはりチュラびとは親切なようだ。

「ではお乗りください」

 老淑女しゅくじょはうやうやしくドアを開いて招き入れる。見るからに高級そうな広々としたシートに、ふたりはゆったりと背中をもたせかけた。急に偉くなったような良い気分だ。

「それでは、まいりましょう」

 運転席におさまり、シルバーレディーがハンドルを握ると、車はなめらかに動きはじめた。ゆっくりと音もなくまわりの景色が流れて行く。その様子を見送ろうと何気なく振り返った銀河は、後の床に長細い黒塗りの大きな木の箱が二つ並んで置かれているのに気が付いた。

「この箱は何ですか」

「ひつぎでございます」

「ヒツジヲハコンデイルノカ」

「いえ、お棺でございます」

 よく見ると車の後窓には金色の飾り文字で


   チュラ霊葬社


と描かれている。立派な霊柩車れいきゅうしゃだが、下ろしていたふたりのお尻がどうにも落ち着かなくなってきた。

「中身は空っぽですのでどうぞご安心くださいまし」

 気にくわない。

 どうしても気になるアリス3号が、体を半回転させて棺おけのひとつを振り返り、こわごわふたをずらしてみた。

「ワ!」

 アリス3号は失神した。中からお化けが飛び出して来たではないか。ろくろっ首やちょうちんお化け、から傘お化けに、河童やら一つ目小僧やらゲジゲジやらがいっせいにとび出て来た。

 運転席から、どこかで聞いたことのあるクスクス笑いが起った。

「ムジナもいましてよ!」

 ナムジーが淑女しゅくじょ姿のまま、唖然あぜんとしている銀河の顔をルームミラーに写していた。

「この前の仕返しよ」

 仕返し、って … 、この間、銀河を食べようとしたのも、アリス3号を痛めつけたのもナムジーの方ではなかったか!逆恨さかうらみもいいところだ。しかもあの時は、そんなナムジーをかばいさえしてやったのに。

「自業自得ね。わたしは全然悪くない」

 とてもついていけない。どう怒っていいのかさえわからない。

 銀河はかろうじて後からナムジーの頭をにらみつけた。

「ぼくたちをどうする気だ」

「どうって、仕事を探しに行くんでしょ?窓口のある役所まで送ってさしあげるわ」

「そもそもお前が何でここにいる」

「もちろん村人にいたずらするためよ。正直御苑しょうじきらんどのロビーで一週間、毛皮のふりをしていたんだけど、ミモにはヒゲをひっぱられるし、三味線の音はうるさいし、あんまりだから抜け出して来て、化かしやすそうな人を探していたらあなたたちが来たというわけね。でも … その子、ぼちぼち起した方が良くなくて?」

 銀河が体を揺さぶると、アリス3号は二、三度頭かぶりを振ってあたりを見回した。

「オバケハドコダ!」


 一時間、二時間 … すぐに着くだろうと高をくくっていた銀河は、走り続ける車と移り変る車窓の眺めに驚かずにはいられなかった。

「ここもまだ正直村の中なのか?」

「そうよ。驚いたでしょ?」

 三人の車は、今や片側十車線の超高速道路を滑るように疾走していた。行く手には天を摩天楼まてんろうたちが地平線の果てまでかすみ立ち、その頭上を、幾百、幾千という釣鐘つりがね型の透き通った一人乗り飛行カプセルが縦横無尽じゅうおうむじんに飛びって行く。

「『村の中』というか、この星には正直村と嘘つき村があるきりなの」

 鼻先をツンと上げて、ナムジーは得意そうに説明した。

「二つの村はこの星じゅうに網目を張り巡らせるように枝分れしているのよ。村の中は、外の世界とは違う空間になっているから、外から村は見えないわ。厳しい環境を生き抜くために三年前からみんなで次元改修して来たんだけど、まだあちこちほころびが残っているから、外の世界の地震や嵐までは締め出せていないわね。村の外には人の住めない大峡谷や原始林や、海や、砂漠や刑務所なんかがあるきりなのよ」

 ムジナのくせに、本当だとすればなかなかの博識ぶりだ。

「さあ、着いたわ。せいぜいがんばって」

 スケルトン構造の高層建築が、 正直村第一億七番役場 と誇らし気に案内板を掲げている。銀河は複雑な心境だ。送ってもらったお礼は言わなければいけないのだろうか。

「ありがとう … 」

 なるべく聞こえないように、悔しそうにつぶやくと、霊柩車れいきゅうしゃはドロンと煙になってナムジーもろとも消えてしまった。

 重力スライム加工のドアを抜けて、ふたりはインフォメーションフロントへ向かう。

「シゴトヲサガシテイルノデスガ」

「でしたら四千とんで七十八階の窓口へどうぞ。ご希望でしたら階段をお使いいただくことも可能です」

 親切な人造人間さんだが、地球人の歩行能力までは知らないのだろう。ふたりは迷わずエレベーターに乗る。

 窓口は意外にいていた。

「ぼくたちにできそうな仕事はありますか」

 銀河がたずねると、係のおばさんが少し調べて情報カードを二枚ふたりに示してくれた。

「これなどいかがですか。食品加工のお仕事で日当は三十チュランです。それから、こちらのロボットさんには印刷会社の助手の求人がございました。これも三十チュランの日払いです」

「ありがとう、さっそく行ってみます。ただ、 できれば」

 試しにいてみる。

「もっとお金を稼げる仕事も紹介していただけないでしょうか」

 係員は小首をかしげて、あちこち引き出しを調べたりモニターをのぞいたりしたあと、別のカードを一枚掘り出して来た。

「いま手元に来ている少年宇宙人向けの求人でご希望に沿えそうなのはこれ一つだけです。STKA、つまり正直村哲学科学アカデミーの研究員のお仕事で、報酬は成果に応じて一日三十チュランから百万チュランまでの出来高制だそうですよ」

 哲学も科学も苦手なのであまり気は乗らない。だが、他の仕事がダメなら訪ねてみるほかあるまい。

 紹介状を三通書いてもらうと、二人はそこから別行動をとることにした。採用されてもされなくても、帰りは正直御苑しょうじきらんどで落ち合うことにして、まずはそれぞれ、手にした紹介状の職場を訪ねてみることにする。アリス3号は徒歩で、銀河は面接者用の無料ホーバーバイクを借りて出発した。

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