第二部 Ⅰ:二つの村
アリス3号はブラシとバケツの水でひょっとこ丸の船体を磨いていた。一週間ぶりなので大部ほこりをかぶっている。
銀河は
それに、食事や入浴のために連日、
「ヤァ、キレイニナッタ」
アリス3号は上機嫌だ。ピカピカになった銀色の船体に真っ青なチュラの空が映え込んでいる。その中からこちらを見ている自分の姿までがいつもより輝いて見えた。軽やかな調べがひとりでに口元からこぼれ出す。
アカチャンサンニン
ユリカゴミッツ
ナカガヨクテモワルクテモ
ミンナオチタラ
オハカモミッツ
キザムナマエモヒトツズツ
船体の鏡に映ったまっさらな空から何かが降りて来る。支配人がポチに乗ってやって来た。きょうの
「おはよう」
「☀☂☁」
アリス3号は覚えたてのチュラ語を試してみる。
「おはようございます」
迎えに出た銀河はすっかり外出の身支度を整えていた。
「支配人さん、このあたりだと思うんです」
銀河は船底にもぐり込んで支配人を案内した。出かける前に故障の具合を見てもらう約束だ。
「ほら、墜落した時この辺りをぶつけたらしいんです。修りますか?」
しばらく調べたあと、支配人は顔をしかめてみせた。
「重症だね。ソーラーパネルまわりがやられている。修理に何週間もかかるし、少なくても百万チュランは必要だ」
やはり大金が要るようだ。
「何とかがんばって稼ぎます。じゃあ、
アリス3号が真っ先にポチに乗り込み、せっかく一番かけ心地が良く、見晴らしのきく特等席に座っていたのに、飛び立つとすぐ、恐竜嬢が後から触手で無理やり隅の席へつまみ出し、空いた所に銀河を座らせてしまった。
エコヒイキダ …
村の入口までは
「この道をどこまでもどんどん登って行くと道が二つに分れている。片方は正直村に、もう一方は嘘つき村に行く道だ。さて、ここからが大切なところだが、分れ道の森の入り口には番人がいるのだが、その番人は、嘘つき村か、正直村か、いずれかの村人なので、必ず嘘をつくか、本当のことしか言わないかのどちらかだ。ただし、どちらなのかはわからない。君たちは一つだけ質問して、『はい』か『いいえ』で答えてもらい、どちらが正直村に行く道かを正しく決めなければならない。さもないと、もし、最初にまちがって嘘つき村を訪ねてしまったら、口裂け
何だか数学パズルのような話だ。
「では、良い仕事が見つかるように祈っているよ。ついて行ってあげたいのはやまやまだが、囚人は村には入れないのでね」
支配人とポチに見送られて、ふたりは林の山道をどんどん登って行った。
チュラの太陽、カジマヤーが頭の真上にさしかかる頃、ついに森の入り口が現れた。道が二つに分れていて、そのまんなかに一本のガジュマルの大木があり、枝からぶら下ったハンモックに、赤いとんがり帽子の番人が腰かけてうたた寝していた。
「モシモシ、シンセツナ、アカイボウシノバンニンサン」
アリス3号が呼びかけた。
番人のおじいさんの目が開いた。
「こんにちは」
銀河も話しかけてみる。
「そいつがお前さんの質問かい?」
老人はちょっとうれしそうに、意地悪な笑顔を銀河に向けた。
「そんなら答は … 」
「いえ、違います!今のはただのあいさつです」
銀河はあわてて取り消した。
「それなら、今のが本当の質問だな?」
これでは何も話せない。銀河は両手を体の前の空中で振りまわして、身振りで言葉をかき消した。わかっていて、わざとからかいにきているような気がする。用心しなければ。
どう聞くか慎重に論理をつめて行かないと、と銀河が腕組みして悩み始めたその矢先、隣でアリス3号があっさり質問した。
「ショウジキムラヘイクノハヒダリノミチデスカ?」
「いや、違う。正直村は右側だ」
おじいさんはポーカーフェイスですかさずそれだけ答えたかと思うと、また舟こぎをはじめてしまった。
「アリガトウ」
アリス3号は銀河の手を引いた。
「イコウ、コッチダッテ」
番人の言った右の道を進んで行く。
銀河は何だかよくわからない。これでいいのだろうか?
「なぜこっちだとわかるんだ?」
「エ?」
アリス3号は不思議そうにアニキの顔をのぞく。
「だから、今の
「ダッテ、オジイサンガコッチダッテオシエテクレタデショ?」
銀河はその場に凍り付いてしまった。恐る恐る念を押す。
「それだけ?」
「ソウダケド?」
「バカ!」
もともと人を信じやすい
「もし、あの人が嘘をついてたらどうするんだ!」
「アッ」
アリス3号にもようやくわかりかけてきたらしい。
「ジャア、ショウジキムラハヒダリガワナンダ」
「そうとも限らないけど … おじいさんが本当のことを言った可能性もある」
「ヨカッタ」
アリス3号は安心した。
「ジャア、カノウセイハゴブゴブダ」
五分五分で安心できるほど銀河は楽天的になれない。だが、もうこのまま行くしかなさそうだ。今さら戻っても質問し直せないのだし、左の道が右側より少しでも望みがあるというわけでもないのだから。運を天にまかせて、銀河は、なるべくゆっくり歩いて行くほかなかった。
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