第一部 Ⅶ:パーティー

 そんなに大きな声でもなかったのに、会場中からいっせいに歓声と拍手がわき起った。

「ようこそ!」あちこちから声援が乱れ飛んで来る。「珍しい歌をお願いね!」

 注目の的だ。目の前の山羊ひげのおじさんが三味線に似た楽器をチリトテチンとはやして景気付けしてくれる。

「まずはチュラ・バイキングを召しあがれ!」

「はい、地球星人さん、こちらにどうぞ。遠慮は無しよ」

 小さな女の子がふたりをテーブルの席に案内してくれた。

「では、あとを頼むよ」

 支配人が立ち去るや否や、見栄も外聞もかなぐり捨てたふたりは、さっそく腹ごしらえに挑みかかった。ブッフェ形式のテーブルには見た事もないほどのごちそうが山のようにあふれ、パイやプディングや、肉料理や鳥料理の他にも、果物やスープやお酒やスイーツが、私をどうぞとばかりに待ち構えている。さあ、どこから行こう?

 銀河はまず、とっつきの大きな海苔のり巻きおむすびを両手にとってかぶりついた。 それはどうやら、あの人喰い花の雌しべを毒抜きして蒸しあげた物のようだったが、本物のおにぎりほども美味しくて、ホコホコと、飢えたお腹をいやしてくれた。アリス3号は大好きなシナモンプディングを見つけて、丸ごと喉に押し込んだ。食べごたえ満点だ。シナモンの程よい刺激が、雷おこしムニエル風でたまらない。次に、毒抜き重力スライムシェイクを特大ジョッキに並々と満たして飲み干して行く。何と深みのある高貴な味わいがボディーの歯車中にしみ渡って行くことか。 —— 醍醐だいごを高級ブランデーで割ったかのような極上の風味がある。おむすびを堪能たんのうした銀河が、今度は向うで大きな肉のかたまりを持ち上げた …

 時を忘れて心行くまで食べ続け、とうとう、大広間のごちそうの半分は食べ尽くしたところで、ようやくふたりの胃袋が満足した。

「すごい」

 女の子が目をまん丸く見開いて、嬉しそうに手をたたいてくれた。

「こんなに遠慮しない人間さん、はじめて見た」

「モウタベラレナイ。トテモティータイムノメニュートハオモエナイ」

「ここでは毎日がこうなのよ。でも、お腹が落ち着くまで、お兄ちゃんたちのお星の話を聞きたいな。宇宙人なんてめったに遭難してくれないから」

 他の人たちも口々にせがんでくる。

「では」

 銀河は、そこで、ちょっぴりもったいぶって母なる地球の紹介を始めることにした。これまでにも何度か経験があったので、こういうことはまんざら嫌いでもない。みんなは二人のまわりを取り囲んで熱心に耳を傾けた。

「ぼくたちの惑星は地球と呼ばれています。陸地より海が多くて、離れて見ると奇跡のように青いんです。宇宙のはじまりから九十二億二千万年後にうまれたのでかれこれ四十六億歳くらいです。天の川銀河の中心にある超巨大質量ブラックホールから二万六千光年離れた端っこを秒速二百四十キロメートルの猛スピードで二億年以上かけて一周している太陽という恒星の周りを、月という衛星を連れて三百六十五日ほどでひと周りしながら、自分でも二十四時間で一回転しています」

 アリス3号が続きを引き取る。

「サンジュウハチオクネンマエ、ハジメテノセイメイガチキュウニタンジョウシマシタ。イマハ、ハッピャクナナジュウマンイジョウノシュルイニワカレテイマス。ソノナカデイチバンカシコイノガニンゲントロボットデス。ニンゲンハ、チカイショウライコタイスウガヘッテイッテゼツメツスルカモシレマセン」

「ロボットは生物ではありません」

 銀河が訂正した。

「それにロボットも賢いのやそうじゃないのやいろいろです。ぼくたち地球人はチュラ星の皆さん同様、標準進化型の霊長類で、姿かたちも考え方も皆さんと大体同じではないかと思います。男と女と子供の三種類がある点も変りません。ですが、性格や好みや物の見方は様々で、たとえば、神様や宇宙人の存在を信じている人たちもいれば、絶対に認めない人たちもいます」

「宇宙人なんているわけない」

 向こうのテーブルに一人で座っていたお姉さんがつぶやいた。他の囚人たちが皆、標準進化型のチュラ星人である中で、この人だけは姿が全然違っていた。顔は真っ白で —— ただ、今はお酒のせいで薄紅色に上気していたが —— 目も口も鼻もなく、浴衣ゆかたふうの白い着物を着流していて、よく見ると長く垂らされたきれいな後髪の裏側に鋭い牙のある裂け目が隠れていた。

「地球については大体こんなところですが、何か質問はありますか?」

「地球にも法律はありますか?」

「もちろんあります」

生贄いけにえの風習は?」

「以前はありましたが、もうずいぶんまえになくなりました」

「どうやってなくしたのですか?」

「法律を変えればなくせます」

「えっ!?」

 口々に驚きの叫びが上る。

「変えるですって?みんなのきまりごとを?」

 やはり、チュラびとには自分から物事を変えていこうという考え方がないらしい。

「平均所得はどれくらいでしょう?」

「月三十万円くらいです」

「子供どうしで結婚できますか?」

「えっと … 」

「郵便ポストは何色ですか?」

「アカイロデス」

「動物の殺生は禁じられているのでしょうか?」

「はい、もちろんです。食べるときは別ですが」

「えっ!」

 また、みんな驚いている。一瞬しんと静まり返って互いに顔を見合わせていた。

「野蛮だよ」

「動物が気の毒じゃ」

「実に非道だ!」

「あんなまともそうな少年が … 」

「あの子だけのせいじゃない。地球星文明そのものの問題だ」

 あちこちから、そんなささやきが聞こえてくるが、銀河にはさっぱりわからない。

「だって … 、皆さんのごちそうにも鳥や魚の料理が、ほら、こんなにいっぱい … 」

 先ほどの女の子が言った。

「この星ではお肉もお野菜も生き物さんから分けてもらっているの」

 女の子は説明する。

「昔は皆、爪やおひげをちょん切って食べるだけで満足していたのよ。でも預言者よげんしゃさんが、この世にはもっとおいしいものや珍味がたくさんあることを教えてくれてから、お肉も食べるようになってきたの。もちろん、動物さんの命を取ったりはしないわ。だって、死ぬのは恐いし、悲しいでしょ?それで、もし誰かがお肉やお魚を食べたくなったら、森か野原か海へ出かけて行って、まず、できるだけ太っちょで息切れしている獲物さんを見つけて連れて帰るの。それから、整形外科のお医者さんに診せてよけいなお肉を手術で切り取ってあげるのよ。そうすればその人はお肉にありつけるし、獣や魚さんだって、スマートになって長生きできるでしょう?」

「ナルホド、ニンゲンデモタメシテミナクテハ … 」

「ところで」

 山羊ひげのおじさんが手を上げて質問した。

「そもそも、君たちの言葉は信用して良いのかい?最初から気になっておったんじゃが」

 銀河には、それはとても失礼な質問に思えたが、なぜそんなことを言うのだろう?

「あんたたちが、わしら同様、正直人しょうじきびとであればそれで良いが、もし嘘つきびとだったら、ここまでの話は全部嘘だということになる」

「嘘つきびと?」

「お兄ちゃん、知らないの?」

 女の子が言う。

「この星には二種類の種族がいるの。この山奥にも二つの村があって、ここからずっと登って行くと道が二つに分れているわ。二つの道はどちらかが正直村に、もう一方が嘘つき村に通じていてね、正直村の人は決して嘘はつかないし、嘘つき村の人は嘘しか言わないのよ。分れ道の森の入口には赤いとんがり帽子をかぶった番人さんがいて、道をきくと教えてくれるの。でも、番人さんが正直びとか嘘つきびとかはわからないから、じょうずに聞かないと正直村へは行けないわ。この星に来た宇宙人さんは、まちがって最初に嘘つき村の方を訪ねてしまうと、あの口裂けお姉さんのようにとても重い罪になるから気を付けて。正直びとと嘘つきびとは、昔は仲が良かったの。習慣は違っても同じチュラびとどうしだし、正直びとが正直で、嘘つきびとが嘘つきだということさえわかっていればそんなに困ることはなかったから … 。お兄ちゃんたちはどっちなの?」

「地球には正直びとも嘘つきびともいないんだ。たいていの人は大体は本当のことを言いながら時々嘘をつくよ」

「その言葉はホント?」

 女の子に追及されて、銀河は返事につまってしまった。

「コトバハウソヲツイテモ、オンガクニウソハナイヨ」

 アリス3号にしてはなかなかいたふうな口をきく。お腹が落ち着いて、すっかり元気を回復したようだ。

「デハ、フツツカナガラオミミヨゴシニイッキョク、チキュウノウタヲオヒロメサセテイタダキマショウ」

 割れんばかりにわき上った拍手喝采かっさいに向ってペコリと一礼し、どこにあったのかヴァイオリンのような楽器を取り出してあごに押し当てる。

「コレハ、トウキョウブシトイウキョクデス」

 ヴァイオリンの弓からおどけたリズムがギヤギヤと弾みだし、アリス3号は愉快な身振りにのせて歌い始めた。


  トウキョハヨイトコ オモシロヤ

  トウフ ミソマメ ナット オケヤ

  ラオヤ アメヤニ アマザケヤ

  ナナイロトンガラシ シオカラヤ

  クズーイクズーイ ゲタノハイレ

  アンマ ナベヤキ チャーシュウマイ

  ウタノヨミウリャ ドウジャイナ

  ラメチャンタラギッチョンチョンデ

  パイノパイノパイ

  パリコトパナナデ フライフライフライ


                ※「東京節」添田さつき(知道)詞 より


 大爆笑だ。広間中、思いがけない騒ぎになった。

「うまい、うまい」

 女の子もみんなといっしょに大喜びだ。

「アンコール!アンコール!今度は胸のドキドキするような恋の歌がいい」

「デハ、ゴヨウボウニオコタエイタシマシテ」

 アリス3号は、今度は山羊ひげおじさんから借りた三味線に持ち替えて、みんなが片付けてくれたまん中のテーブルの舞台の上によじ登る。それから正座すると、ほんの少しくずしてしなを作り、何とかお色気を出そうとがんばって、二つ三つ、糸をつま弾いた。


  コイニコガレテナクセミヨリモナカヌホタルガミヲコガス

  

  ニワノマツムシネヲトメテサエモシヤキタカトムナサワギ


「いいぞ!」

 あちこちから声援が飛んで来る。

「ドキドキする!」


  ハナノツボミハマダミヌヨイニモモノホコロブヨジョウハン


  ウブナオカタハオキエナシャンセウソヲキテカラマタオイデ


「哲学的だ」

「涙が止らない」

 フィナーレはとっておきの唄が三つだ。


  トサノコウチノハリマヤバシデボンサンカンザシカウヲミタ


  マルイタマゴモキリヨデシカクモノモイイヨデカドガタツ


  タテバシャクヤクスワレバボタンアルクスガタハユリノハナ


 都々逸どどいつだ。

 しかも大受けしている。

 みんな夢中でアリス3号を取り囲み、大喝采かっさいを浴びせかけてきた。

「ヘヘ」

 アリス3号は照れまくった。

 なぜこれほどみんなが喜んでくれるのか銀河にはさっぱりわからなかったが、とりあえずの務めは果たせたようだ。これ以上、アリス3号が地球星人の名誉をけがさないうちに切り上げてしまうに限る。

「お粗末でした。みなさん、本当にありがとうございます。おかげで心に残る忘れられない素晴らしいひと時になりした。ぼくたちはこれから食事を前払いしてもらった罪で自首してきます。あすもまたお目にかかりましょう」

 会場からもう一度、陽気な歓声と拍手がふたりに送られた。

「お兄ちゃんたち、禁固一晩なら台帳にサインするだけだから私について来て」

 女の子に手を取られて銀河は部屋をあとにした。アリス3号は何度も後を振り向いていかにも名残り惜しそうだ。

 女の子はふたりを広々と居心地の良さそうなデラックス・ツインルームに案内してくれた。入り口に台帳が立っている。

「ここにサインしてね」

 言われるままにふたりは名前を書いた。

「ふぅん、お兄ちゃんは銀河でロボットさんはアリス3号か。わたしはミモ」

 女の子は小首をかしげてもう一度ニコッと見つめた。

「お風呂もあるわ。ゆっくり休んで、あしたまたお話を聞かせてね」

 それから、何度も見返って手を振り振り、吹き抜けの回廊を大広間の方へ戻って行った。

 二人になると、銀河とアリス3号は一言の言葉さえ交す間もなく、どっとベッドに倒れ込んだ。ふかふかの高級布団ぶとんだ。日はまだ高かったが、疲れが極限までたまっている。銀河が無理やり体をひきずって立ち上がり、シャワーを浴びて備え付けの立派なローブを羽織はおって出て来た時には、アリス3号はもう深い眠りに落ちていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る