第一部 Ⅵ:新文明
「ひとつ
明るいロビーの大理石の床を歩みながら銀河はたずねる。
「何だね?」
「さっきはなぜあんなおかしな言葉
支配人は苦笑しただけだった。
「それに、何というか、,その —— とても考え深そうで落ち着いていらっしゃるのに、どうしてあんな馬鹿げた格好をされていたんでしょう?」
「レジスタンスだよ」
支配人は答えた。
「レジスタンス?」
「世の中や社会の秩序を乱して抵抗することさ」
「暗殺や破壊工作とか?」
支配人は苦々しく笑う。
「君たち宇宙人は、よくよく物騒な話が好きなんだな。チュラ星にはもともと壊したり殺したりする文化はないし、すっかり心の
彼はポケットから先ほどの壊れたタイピン型装置を取り出して見せた。
「ごらん、
「なぜ、そんなことを?」
「チュラびとたちは、新しい秩序と知識に身も心も蝕まれ、今や生存競争を勝ち抜くことにばかり熱心で、昔の安らかで幸せだった頃の暮しを忘れている。それに抵抗してみんなの目を少しでも覚まさせるには、言葉を乱すのが一番だと思ってね。言葉は文明の
「意味だけは何とかわかりましたが」
「では、まだまだ改良の余地があるな … 」
けれど、意味が全然通じなくなってしまったら、誰も使う人がいなくなって、かえって『意味がなくなってしまう』のでは?
ホールの奥まで来ると三人は透明なエレベーターに乗り込んだ。
「この
確かに普通の形ではないようだ。二階行きを指示したはずなのにどんどん上に昇り続けている。
カプセルの中から外を見降ろすと、いっぱいに光を浴びた中庭で、人々が散歩や球技を楽しんでいた。かたわらでは、子供たちも追いかけっこや花壇の水やりをして笑っている。
「君たちが今見ているのは、三時間前の景色だよ。もっと上まで行けば何百年も昔の残像や二分後の世界を見ることもできるが今はやめておこう」
「カンゴクナノニ、ミナ、トテモシアワセソウダヨ?」
「人はみな幸せでなければならないという法律があるせいさ。時々、不幸な人が自首して来るんだが、ここに来ればすぐに元気になって出所して行く。外の世界のように暮しに追われてあくせく悩まずにすむからだろう」
「ツミヲツグナワセタリハシナイノデスカ」
「償わせる?」
「モノヲコワシタラ、ハタラカセテベンショウサセルトカ、ソレカラ、スゴクワルイコトヲシタヒトハ、クビヲツルシテアゲルトカ」
「そんな危ないことをしたら息が止ってしまうだろう!」
支配人はひどく心配そうだ。
「
意味ありげな言い方だったが、支配人はそれ以上この話題に触れようとしなかった。
カプセルの扉が両側に分れると、行く手に立派な回廊が現れた。
「来たまえ」
ふたりは
二階には様々な施設が並んでいた。吹き抜けをぐるりと半周以上もとり囲んだ独房(支配人は「ゲストルーム」と呼んでいたが)は、四方八方に枝分かれした通路に沿って広々と清潔なドアを連ね、のぞいてみると家具も調度品も、ひょっとこ丸には絶対に積めないようなぜいたくなものばかりだった。居間の壁には、住んでいる人の好みによって水彩画や掛け軸や、「一日一善」とか、「笑止千万」といった宇宙文字の標語がかかっている。不思議なことに部屋番号より部屋数の方がずっと多いようだ。そう言えば、以前、立ち寄ったある星の民宿で、客室が無限にあれば、満室でふさがっていても客を次々に隣の部屋へ移して行って、いくらでも次の人を受け入れられると聞いたことがある。
ルームエリアの隣には、なぜか合鍵屋があり、他にも案内所やおみやげ売り場、ヘアサロンから救護室まで、本物のリゾートホテル並みに何でもそろっていた。「本日の為替レート」と数字の表示された取引所まである。そして温泉プール付きトレーニングルームの隣の一番大きな広間がレストラン兼パーティー会場になっていた。透き通った壁の向こう側に
その様子を見たとたん、ふたりはとうとう、もうこれ以上、絶対にがまんができなくなった。
「お願いです。先に食べさせて下さい!この歌姫もその方がしっかり声を出せると思うんです」
「コノママデハレクイエムシカウタエナイ」
支配人はあきらめて形だけ忠告してくれた。
「先払いは法律違反だがね。禁固一晩を覚悟の上なら好きにしなさい」
それから、広間に入って、周りの人たちにふたりを紹介した。
「地球星からの客人だ。腹ごしらえをしてから楽しい歌を聞かせてくれるそうだ。きょうはここで一泊するので何かと助けてやってくれたまえ」
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