第2話 孤児の少年、聖剣に見殺しにされる。

「う……」


 気が付くと、俺は広いところに倒れていた。さっきは通路の採掘をしていたので、おそらく遺跡内の地下どこかの大部屋だ。


 むくりと身体を起こす。落ちた割には特に目立ったケガもない。不幸中の幸い、と言ったところだろう。


「この部屋は……?」


 あたりを見回すと、遺跡の今まで見た内装とは明らかに違っていた。


 まず、つるはしで傷が付かないくらいに床が硬い。何回か叩いてみたが、つるはしの方が耐え切れずに壊れてしまった。先ほどまでの砕きやすい材質ではない。


 それに、紫色の光をうっすらと放っている。部屋の様子を確認できるのもこのためだ。壁からも同様に光が出ており、材質は同じように見える。


 落下のダメージは足に来ているようで、どうにもうまく動けない。それをごまかしながら俺は歩き始めた。


「何はともあれ、出口を探さないと……」


 生きていてもどうしようもないとは常に思っている。だが、こんなところでゆっくり飢え死にしていくなんて、そんな恐ろしい最期はごめんだ。


 よろよろと部屋の壁に手を付くと、そのまま壁に体重を預ける。


 見れば、部屋の向こうにもまだ通路があるようだ。他に行く当てもないし、上を見ても天井は暗闇の中にあり、どこまでの高さなのかも検討が付かない。


 まあ、自分が生きているので、それほどの高さではないのだろうけど。


 俺は壁に手を付きながら、通路へと足を向かわせた。


 そして歩くこと、体感で10分ほど。


 先ほどの部屋よりも広い部屋にたどり着いた。


 そこは奇妙な空間だった。紫の光で部屋が見えるのはもちろんだが、部屋の中央には巨大な白い柱が立っている。その柱を下から支えるように、3段の大きな台座が重なっていた。


「……なんだろう、これ」


 ともかく、あの柱を登れれば上に行けるかもしれない。


 ほかに何か脱出の糸口になりそうなものもないため、俺は台座をよじ登った。


 1段登るだけでも俺の身長と同じくらいかそれ以上ある。登るのはなかなかに大変だったが、それでも何とか登った。


 登りきったところで、柱に手をかける。つるつると滑りそうだが、それでもしがみつくしかない。


 そして、柱を登ろうと足をかけた瞬間だった。


「汚い足で触るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――――っ!!!」


 悲鳴のような甲高い声が聞こえたかと思うと、柱がいきなり大きく揺れ始めた。


「うわああっ……!?」


 俺はたまらず、柱からも段差からも振り落とされる。


 俺が落ちても柱の揺れは治まらない。やがて部屋全体が揺れて、天井から軋む音がする。嫌な予感がした。


 天井から白い光が一瞬差し込んだかと思うと、それを覆うように黒い岩が山のように降り注ぐ。


 それは一瞬で俺を含む、部屋全体を埋め尽くしてしまった。


***********************************


「ライド―――――――っ!!ライド――――――――――っ!!」


 暗闇の中、自分の名前を呼ぶ声がする。目を開けてみたものの、見えるのは暗闇ばかりだ。


 いや、正確にはうっすらと光が見えている。隙間から、光が差しているのだ。それ以外には闇しかない。


 気を失う前の光景を思い出していた。柱が大きく揺れたと思ったら、上から降ってきた岩に潰されかけて……。


 落盤の隙間に、奇跡的に入り込めたらしい。だが、感覚は非常に朧気だ。痛みなどを感じることすらない。というか、全身の感覚があるのかも危うい。痺れていて、先端があるのかないのかが判断できなかった。


 聞こえてきた声の主は、やはりというかエヴァンスだ。現場で自分の名前を知っているのは、おそらく彼だけだろうから。無茶を承知で助けに来てくれたのか。


(エヴァンス……ここだ……)


 声を出して呼ぼうとしたが、声を出ない。喉がつぶれているわけでもないのだが、パクパクとしか声を出すことができなかった。


 一方のエヴァンスは、俺を探してあたりを見回している。


「一体、これは……!?ライドは岩の中か……!?」


 そして、エヴァンスが部屋のさらに奥へ踏み込もうとした時。


 白い柱が、光を放ち始めた。


「……なんだ?」

 

 エヴァンスは柱の方を見やった。俺も、隙間からその様子を見つめる。


 柱の光がさらに強くなる。そして、柱は輝きながら、ひび割れ始めた。


「……ようやく、見つけた……。私の、主……!!」


 先ほどの声と同じ声が、部屋に響き渡る。


 そして、柱は粉々に砕け散った。


「なっ…………!?」


 エヴァンスはとっさに両手を覆う。俺はその光景を見ていることしかできない。


 柱の中にいたのは、白い長髪の女だった。裸で美しく、まるで昔読んだ絵本に出てくる女神のような姿をしている。


 彼女は目を開けると、ゆっくりとエヴァンスに近づく。そして彼を上目で見つめると、おもむろに抱き着いた。


「私の、主様……!!」

「え、ええええええええ!?」


 あまりにも突然のことに、エヴァンスは顔を真っ赤にして狼狽している。その前に近くで俺が生き埋めになっているんだけど……。


「ま、待ってくれ、君は!?ここは!?ライドはどこだ!?」


 エヴァンスは彼女の肩を掴み、問いただした。女は顔を赤らめている。


「……私は、マキナと申します。主様の「神器」である、「聖剣」ですわ。ここは私の主を待つ場所。私は、ここであなた様を10000年も待ち続けたのですわ……!!」

「何言ってるのかさっぱりわからん!!」


 マキナ、という女の言葉に、エヴァンスはきっぱりと答えた。


「とにかく、ここに俺より先に来た子がいるはずだ!ライドという、友達なんだ!!何か知らないか!?」


 友達かどうか、は置いておくが、とにかく探してくれているのはありがたい。


「……ライド、という人ですか」

「ああ!」


「それは、こちらでは?」


 マキナはそう言うと、俺の埋まっている岩の近くへとやって来た。


 そして、彼女の金色の瞳と、隙間から除く俺の瞳と、目が合った。


(た、たすけ、て……)


 俺は精一杯にそう言ったが、声が出ない。


「……これでしょうか?主様の言う方は」


 そして、マキナは俺を持ち上げた。


 右腕だけとなった俺を。


(―――――――――――――――――――――――――――――――っ!?)


 パニックに陥りそうな俺の感覚が、ようやく戻ってくる。右の肩から先の感触がない。それどころか、存在を感知することもできない。


 わずかな視界の中、必死に眼球を動かしてようやく見えたのは、岩に潰された俺の右肩から先だった。


「……そ、それが、ライド……?」

「おそらく。この落盤の中、無事に残っているのが腕だけでも奇跡的でしょう。きっと、他の部分は粉々につぶれているかと……」


(な、ちょっと、ちょっと待ってくれよ!!)


 俺はいるぞ!!ここに!!


 声を上げようにも、声が出ない。


 体を動かそうにも、岩に押し潰されて動けない。


 こんな状態で、俺が自分の存在を示すことは、どうしてもできなかった。


 一方でエヴァンスは、膝をついて俺の右腕を見つめている。


「ら、ライド……!!せっかく、友達になれると思ったのに……!!」


 エヴァンスは泣き崩れながら、俺の右腕を抱えた。それを慰めるように、マキナが彼の背に手を置く。


 そして、彼女は俺の方を見て、にやりと笑った。


(…………気づいている!あの女!!)


 俺がここにいることに、あの女は気づいていた。だが、どういうわけだか俺の腕だけを彼に見せて、俺を死んだと思い込ませようとしている……!!


(どうして……!!)


 理由が全く思い当たらないわけじゃない。彼女が白い柱から出てくる、岩盤が落ちてくる前、彼女は柱の中から叫んでいた。


「汚い足で触るな!!」


 あれを彼女が言っていたとしたら。あの柱に足を掛けようとしただけで、俺は見殺しにされかけているというのか?

だとしたらとんだ理不尽もいいところだ。

 

 俺は必死に泣き崩れるエヴァンスに向かって叫ぼうとしたが、声はついぞ出ることはなかった。


「主様、さあ、参りましょう。ここで立ち止まることを、主様のご友人はお望みでないはずですから」


(いや、望んでいるよ!!それで助けてほしいのに!!)


 身をよじろうにも、身体は動いてくれない。


「……そうか、な」

「そうですとも。主さまは私に選ばれた聖なる力を持つ者。大いなる魔を倒し、世界の英雄となるのです!!」


 マキナはそう言ってエヴァンスを立ち上がらせる。彼女の身体が光り輝くと、一本の長剣へと姿を変えた。


「これは……え、これが君の本来の姿なのか?」


 エヴァンスが独り言を言い始めた。誰かと話している風なのを見ると、あの剣が話しているのかもしれない。いずれにせよ、俺には何も聞こえなかった。


「……ライド。いずれ肩を並べたかもしれない友よ。僕は君を、絶対に忘れない」


(いや、待ってくれえええええ!!助けてくれええええええええ!!!!!)


 俺の必死の思いもむなしく、エヴァンスは腰にマキナを佩くと、その場から踵を返してしまった。


 俺の目からは涙があふれ出る。絶望と、怒りと、無力感。さらには腕を失ったことによる出血多量で意識が遠のく。


 今度こそ死ぬのか、と思う暇もなく、俺の意識は深い闇に落ちていった。

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特異点の弟子 ~世界最強の怪物に拾われた少年の、下町スローライフ。勇者は副業で倒します~ ヤマタケ @yamadakeitaro

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