第16話

 カラスに伝えられた情報を基に、浩たちはプランを考えていた。

 今回の標的はとある政治家で、2人が住んでいる地域とは離れていたが、だからこそ足がつきにくいということで今回は浩たちが実行人として抜擢されていた。

 しかし、当然ながら相手は政治家であり、なんの接点も無い一般人の浩たちが急に接触できるような相手では無く、住居に関してもセキュリティが施されておりそうそう簡単に接触することさえ難しいように思えていた。


「それじゃあ、まずは杏奈さんから貰った情報の信ぴょう性を確かめるとしよう」


 という事で、接触は難しいと言えど標的も一人の人間であり、隙を見せずに生きることなど出来るはずもなく、また常に好きなように思ったことだけで動けるようには人間は出来てはいない。

 当然、ルーティーンや習慣、もしくは趣味嗜好からくる動きをしてしまうし、そういったことを探り、調査することについては杏奈の、カラスにとっての本業であるので、浩の手元にあるスマートフォンにはターゲットについての様々な情報が記されていた。


「情報自体は間違ってないんだろ? それならさっさと道具とか場所の準備に取り掛かった方が良くない?」


 まずは情報の確度を確かめ、自分の目でも確認してから動こうと考えている浩とは対照的に、仁志は情報を鵜呑みにしていて今すぐにでも動きたいといった様子で浩に疑問を投げかけて来た。

 すぐにでも行動に移したがっている弟を目にして、自分も数年前までは何事も早くやってしまうことがよいと思い込んでいたことを思い出して血は争えないなと苦笑した。


「早く動くことが悪いとは言わないし、早く動くことが一番なことも当然あるけど、今回に関しては文字でしか相手のことを知らないだろ? 俺たちは別にプロって訳でも無いんだし、今回の仕事に関しては時間制限も無い。それなら万が一にでも失敗する可能性を減らすために、自分たちで経験としても相手のことを調べた方が良い。情報が事実だったとして、自分たちで見ることで新しく分かることもあるし、より詳しく情報について理解出来るだろうしな」


 急がない理由について浩が説明しても、仁志は未だに少し納得のいっていなさそうな表情ではあったが、それでもそれ以上に口を挟むことは無く、一緒に標的周辺について情報を集め始めるのだった。




 浩と仁志が標的の情報の精査、収集を始めて三週間が経った頃、その時は急に訪れた。


 普段は運動どころか移動すらも常にタクシーを使って移動していた標的が、何を思ったのかその日、急にランニングをし始めたのだ。

 それも、誰かを供に連れる訳でも無く、本当に急に、一人で家から少し離れた自然に囲まれた運動公園へと出向いて走り始めたのだ。

 当然、浩も仁志も思いもよらなかったその行動に驚きはしたが、それでもこれまで見当たらなかった、実行のチャンス、それも次はいつあるか分からない大チャンスにどうしても気が逸ることを抑えられずにどこかでチャンスはないかと近くを一緒に走り始めた。


 今回、自然に囲まれている公園とはいえ、周りに人がいないというわけでもないので二人はどうしても音の出る銃や、明らかに加害したと分かってしまうような刃物の類は使わないことにして、薬を自然に摂取させて殺害するのが最善と考えていた。

 なので、自然に走っている途中で並走、もしくは接触をして薬を投与しようと考えていた。


 方法もいくつか考えてはいたものの、急に降ってわいたチャンスであったこともあり、薬と水、そして後は何かに使えるかもしれないからと普段から準備していた小物しか持っていないこともありどうしても取れる手段が少なかった。

 なので、チャンスが来たらその場で対応するしかないと思って気合を入れて、不自然さを取り繕うため相手と同じように走り始めた。

 とはいえ、少量とはいえ荷物もあることもあり、ランニングで荷物を抱えて走るのもそれはそれで不自然なので、浩は走らずに仁志の荷物も抱えて相手と離れすぎないよう歩き始めた。

 対して走り始めた仁志は片耳にイヤホンをはめただけで、浩と状況確認のため通話を繋げているのみで、運動をしている青年を演じるためそれなりの速さで走ることにしていた。


 そして、仁志が走り始めてすぐに思ったのは、あまりにも足が遅すぎるという事だった。

 確かに、標的は肥満型の体形な上に運動不足なのは一目見るだけでも分かるのだが、それにしても現役の大学生、それも最も運動をしていた高校時代からほんのひと月ほどしか経っていない仁志からしたらその速さはジョギングという事すら憚られるような、早歩きしても並走出来るだろう早さだった。

 ……あるいは、だからこそいきなり運動を始めたのかもしれなかったが。



 さて、時間にして一時間の半分ほどだろうか、それほど大きくない公園とはいえ、仁志がランニングコースを大体三週ほど回り切る程度のタイミングで、耳にかけていたイヤホンから兄の声が聞こえて来た。


『仁志、チャンスだ。今から行動するから、サポート頼む』


 浩自身も少し焦っているのか、少し早口に、短い言葉で言われた仁志は、運動していたことで熱くなっていた身体がさらに熱を持つのを感じた。

 チャンスだと言っている兄に詳しい話を聞きたい気持ちもあったが、それよりもそのチャンスを生かすために余計なノイズは入れないほうがいいと判断し、こちらも完結に了解、とだけ返すと兄と合流するために疲労感を感じ始めていた足の回転を上げるのだった。




 案外近いところにいたのか、数分もしないうちに地面に倒れ伏せている標的と、そのすぐ傍で必死なように声をかけている兄の姿が見えて来た。

 すると兄の方からも仁志の姿が確認できたのか、浩からの声が入った。


『そのまま真っ直ぐ来て、荷物を持って一度駐車場で荷物を交換してきてくれ。カラスには事前に連絡済みだから多分ハイエナが待機している。その後はランニングしている体で戻ってこい』


 聞こえるが早いかすぐに仁志は動き出すと、すぐに兄の元へと辿り着いた。

 短い時間ではあったがその間に浩は荷物を全てまとめており、仁志に渡してきた。


「念のため茂みから行ってくれ。俺はしばらく離れられないだろうから、代わりに連絡等も頼んだ」


「分かった、すぐに戻ってくる」


 それだけの会話をすると、仁志は即座に茂みを通ってその場を離れ、浩は倒れている相手を心配するような素振りや救急へと連絡を入れていくのだった。

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復讐の兄弟 かんた @rinkan

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