第15話

 あれから数日、浩は事務作業を教わって仕事をこなしていき、徐々に仕事に慣れ始めていた。


 その一方で、仁志は慣れない大学生活を色々と悩んだり考えたりしながら過ごしていた。

 そして今日は大学の生活として何かサークルに入りたいと考え、オリエンテーションで近くの席に座っていたことで繋がりを得た新しい友人たちと色んなサークル、部活を見学して回っていた。

 実際のところ、そこまで入りたいサークル等がある訳でもなければ、仕事のこともあるのであまり長時間拘束されるようなサークルや部活には参加するつもりは無いのだが、新たな友人との関係を構築したいという考えの下で、こうしていろんなサークルを見て回り、新歓で食事をおごってもらったりして先輩たちとも徐々に繋がりを持つようにしていた。

 仁志は、まだ成長期という事もあるのかまだまだ身体は元気だったので、浩のように食事が出来なくなるわけでもなく、むしろ最近は常に空腹を感じるようにもなっていたので、新歓で食事を振る舞ってくれるのは好都合だと考えて、サークルの勧誘には積極的について行くことにしていた。

 ……家に帰っても、兄弟そろってまともな食事を作れないから、外で食べるしかないという切実な理由もあるにはあるのだが。


 そして今日は、以前から声をかけられていたものの他のサークルとの日取りの関係で行けていなかった、合気道のサークルを見に行くことにしていた。

 友人たちはよく分からないから、と最近仲良くしているテニスサークルの先輩の所へと行ってしまって仁志の一人で見に行くことになってしまったが、むしろ好都合だとも思っていた。

 もともと合気道に対して興味があったわけではないのだが、ここ最近の出来事や、考えの変わることもあって自衛の手段、人と相対した時の身体の動かし方等を少し学びたいと思っていたのだ。

 しかし、友人たちは典型的な大学生らしく、サークルでは思い切り遊びたいようだったので、いい友人たちではあるのだが、きっとサークルは別れることになるだろうなと考えていたのだ。


 そうして合気道サークルが活動しているという道場で、丁度扉を開けようとしていた有紗と出くわした。


「有紗も合気道サークルに来たんだ」


「自衛にって訳でもないけど、少しでも学べば少しは強くなれるかなって。仁くんも合気道に入るなら、一緒に居られる時間が増えるね」


 押せ押せでアピールしてくる有紗に未だに慣れない仁志は、少し苦笑しながらも知り合いと一緒に入れることは確かに嬉しいと思いながら扉を開いて道場に入って行った。





「結構楽しかったな」


 少しの時間ではあったものの、合気道サークルで話をしたり、体験をしてみたりと、これまでの人生でなかったような体験をした仁志と有紗は、満足げに帰路についていた。


「仁くんはこの後用事があったりする? もしよければ、ご飯食べに行かない?」


「今日は何もない……あ、ちょっと待って」


 有紗に返事をしようとしたところで、ポケットに入っていたスマホが震えているのを感じ取った。

 スマホを開いてみると、兄の浩から連絡が入っており、そこには仕事が入って来たという内容の文が目に入った。


「あー、ごめん。今日はちょっと家族で食事に行くらしい。今度、俺から誘うよ」


「そっか……残念だけど、次のお誘い楽しみにしてるね」


 そんなわけで、有紗からの誘いは嬉しいものではあったが、そのまま有紗と別れるとすぐに浩に電話を掛けた。

 ワンコールですぐに電話に出た浩は、端的に事務所に来るように仁志に告げると、詳しい話はそこで話すという意思表示なのか、すぐに電話は切れてしまった。

 初めての仕事に緊張するものはあったが、出来るだけ落ち着くように努めると仁志もすぐに事務所へと足を運ばせた。




 事務所についた仁志を待っていたのは、カラスこと安藤杏奈と、兄の浩、そして初めて見る、背も低くはないはずの仁志より頭一つほど大きいだろう大男がいた。


「彼に会うのは初めてよね? 彼はハイエナと呼べばいいわ。うちの従業員ではなく、主に後処理とかを任せてるから、今回の仕事でついでに顔合わせしておいてもらおうと思って」


「坊主、宜しくな。カラスが言うように気軽にハイエナと呼んでくれ」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 仁志は紹介されたハイエナと挨拶を交わして、安藤に促されるまま空いている椅子に腰かけた。


「それじゃあ、早速だけど仕事の話をするわ。今回は君達の望む相手では無く、単純に私の方の仕事の手伝いよ。まあ、そんな大した相手でもないし、研修だとでも思ってこなして頂戴。まず標的は……」


 いうが早いか早速仕事についての話を始める杏奈の言葉を一言一句聞き漏らさないよう注意して聞きながら、浩と仁志は今回はどうやって仕事をこなすか、プランを考え始めるのだった。

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