第14話

 四月になった。

 仁志は無事大学受験に合格して、数日後からは有紗と一緒に大学に通うことになり、今は必要な物を有紗と一緒に買い物に出かけていた。


 浩はと言うと、ついに今日から杏奈の探偵事務所で働くことになるということで、正午から出てくるように言われていたこともあり、正午少し前に探偵事務所の前へと到着していた。

 少し、緊張もしていたが身体が動かなくなるほどでもないと思い切りさっさと事務所内へと足を進めた。


 すると、杏奈は既に待っていたのか、事務所の扉の目の前に立っていた。


「いらっしゃい、浩くん。今日から本格的に君にもここで働いてもらうよ。今のところはは無いから、しばらくは書類整理とかを覚えてもらうことになるけど」


「分かりました。今日からよろしくお願いします」


「うん、挨拶が出来るのはいい。……ところで、ここ最近眠れていないだろう? それに、食事もまともにとれていなさそうだ。ちょうど昼時だし、まずはランチにでも行こうか」


 確かに浩はこれまであまり眠れず、食事もまともにとれてはいなかったので杏奈の言っていることは間違ってはいなかったのだが、


「食欲無いので、結構です」


 と言って断ろうとした。

 しかし、杏奈もそれでも引くことはなく、むしろ浩の腕を掴むと無理矢理引っ張って歩き始めてしまった。


「食欲があろうがなかろうが、生きている限りは食事は必要だ、もちろん睡眠もね。それに、これからやる仕事は身体がしっかりしていないと出来ないのに、こんなか弱い女に抵抗出来ずに引っ張られる程度では、とてもでは無いけど仕事なんて渡せない。という事で、これからはたとえ無理にでも一日三食食べさせるし、睡眠もしっかりととらせる。これは上司としての命令だ」


 杏奈の有無を言わせぬ口調に、浩もそれ以上何か言うことはなく、大人しく連れられたまま歩き出すのだった。




 杏奈に連れられて浩がやってきたのは、お高いと有名な焼肉店だった。

 流石に、大学を卒業したばかりの浩には気後れして入るのを躊躇していると、横を歩いていた杏奈は特に思うことも無いのかすたすたと歩いて店へと入って行ってしまった。

 仕方なく浩も杏奈についていき、店内へと入って行くと、それまでは見たこともないような綺麗な内装、和服で出迎えられたりと初めての体験をして、田舎から都会へと初めて出て来た少年のようになりながら席に着いた。


「さて、適当に頼んでいくけど、何か食べたいものがあったら気にせず頼んでいくといい。会計は私がするから」


「ありがとうございます……」


 そこからは、これまで浩が経験したことの無いような美味な肉をただあまりの美味しさに無言になって食べ続けた。

 ……ちなみに、浩に飯を食えといった張本人はろくに肉を食わず、ほとんど酒を飲むだけであったが。



「……食べ過ぎた、気持ち悪い……」


「吐くんじゃないわよ。人間生きていくには食べなきゃいけない、何をするにも食べておかないと身体がもたない。それなのにせっかく食べたものを吐き出すなんてもったいないことは許さないわよ」


「杏奈さんはあんなに飲んでたのに元気ですね、酔ってるようにも見えないですし」


「そりゃあの位で酔うわけないでしょ、ちゃんと自分の飲む量は考えてるわよ」


 食べ過ぎて吐きそうになっている浩とは対照的に、ずっと酒ばかり飲み続けていた杏奈は酔った様子もふらつく様子も全くない、素面と言われても納得出来そうなほどに元気だった。

 ……酔いつぶれているよりはいいのだが。


「さて、腹ごしらえも済んだところで仕事するわよ。といっても今日は事務作業しかないから楽だけど」


 そして二人は事務所に戻り、浩にとっては初仕事を、細かいことまで教わりながらこなしていくのだった。

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