第13話

 あれから特に何かある訳でもなく、浩は卒業を間近に控える時期となった。

 仁志も、間もなく卒業式、そして大学受験と忙しい時期に入り、杏奈もそれに配慮してくれているのか、自分たちの生活以外には忙しいことは無く、それぞれ自分のことに集中することが出来ていた。


 所で、仁志と同い年の有紗は、偶然にも仁志が目指していた大学に既に推薦で入学を決めていたようで、成績も良かったので何度か有紗の家へとお邪魔したり、逆に仁志が家へと招いたりして試験に向けて勉強している姿を何度か見ることになり、その度に姉の凛香や両親にも会うことになって、かなり家族ぐるみで仲良くなっているように感じられた。


 仁志は受験のこともあって余計なことを考えずに仲良く過ごして、男兄弟二人ではなかなか難しかったバランスの良い料理も出来なかった中で、何度も料理をご馳走になっていて、胃袋を掴まれたような状態になっていた。


 しかし、浩の方はもう卒業論文も提出しており、大学に行くことも無く、就職も決まってしまっているのですることが無くて手持無沙汰になっていた。

 そして、そんな時に思い出すのはまだ生きている、もう二人の家族のことだった。



「ごめんなさい、二人ともだいぶ落ち着いているように見えたから、兄弟の浩くんなら大丈夫かと思ってたんだけど……」


「いえ、こればかりはどうしようもないことですし……。それに、美佐子さんが付いていてくれてるから二人も落ち着いてきているので、むしろ任せきりにしちゃってこちらこそ謝らなきゃいけないぐらいですよ」


 美佐子と浩は、美佐子の住んでいるマンションからそう離れていないカフェで話していた。

 話題はもちろん妹の夏那たちのことで、つい先ほどまで少し顔を見に行っていたのだが、以前ほどに取り乱すことは無くなっていたが、それでも浩の姿を視界に入れると身体を震わせていたので早々に退散してきたところだった。

 仕方のないこととはいえ、血のつながった妹たちに怯えられるというのはもちろんいい気分では無く、浩もこれまででだいぶ消耗していた。


「それよりも、浩くんたちは大丈夫なの? 二人だけじゃ大変なこともあるでしょう? それに、以前見た時よりもやつれたように見えるわよ、ちゃんとご飯とか食べれてるの?」


 それは目の前にいた美佐子にもはっきりと伝わっていたようで、心配をかけてしまっていた。

 これ以上迷惑はかけられない、と浩は無理矢理笑顔を作りながら口を開いた。


「大丈夫ですよ、最近縁あって仲良くしてもらってる人がいて、その人達にご飯とかおすそ分けしてもらったりしているので、他は二人でもなんとかなりますし。ただ、最近、ちょっと早めにですけど、就職先のところで研修をさせてもらってるので、それで少し疲れてるのかもしれないです、慣れないことやってるので」


 自然な笑顔が出来ているかは不安だったが、それでも一応の納得をしてくれたのか美佐子は何かあったら声を掛けるように浩に伝えると、自分の家へと帰っていった。

 浩はそれを見届けると、近くにあった喫煙所へと入って行って、最近吸い始めたタバコを一本取り出して口に咥えた。


「すぅー……はぁ」


 肺に入れた煙を溜息と一緒に吐き出しながら、浩は喫煙所の壁にもたれかかりながら座り込んでしまった。

 ここ最近は、タバコの煙と一緒に嫌な気持ちを定期的に吐き出していないと、自分が自分ではなくなるような気がしていて、いつでもタバコが手放せなくなっていた。

 眠っている時も悪夢を見ているのかうなされるようになったし、そのせいでここしばらくはまともに睡眠もとれていなかった。

 睡眠不足で身体に不調をきたし始めているのか、食事も味がしないように感じ始めていて、タバコを吸っている時が一番、生を実感できるようになっていた。


「……そりゃ、やつれもするよな」


 自嘲するかのように呟きながらまたタバコを咥えて煙を吐き出すと、手に持っていたタバコを設置されている灰皿に火をもみ消して入れると、喫煙所から出た。


「……家に着くまでに、笑顔にしとかなきゃな」


 今日は、有紗が家に来て仁志に勉強を教えているはずだから、心配をかけないようにしなければ、と思いながら浩は顔を手で揉みながら歩いた。

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