第11話

「さて、ここが私の事務所よ」


 浩たちを伴ってしばらく歩いていたカラスは、ある建物の前でこちらを振り返って来た。

 そこは、駅近くのビルの一つで、浩たちもこれまで幾度となく見たことのある建物だった。


「……探偵事務所?」


「そう、私の表での肩書。情報屋をやる上で探偵をしていると効率が良いんだ。とりあえずそこのソファーに座って」


 事務所に入り、勧められるがままに近くにあったソファーに座ると、人数分のカップを持ったカラスが戻ってきて対面のソファーに座った。


「とりあえず、寒かっただろうしひとまず温かいコーヒーでも飲みながら話そうか。砂糖とミルクはそこにあるから、好きに使ってくれていいよ」


 自分のカップを手に取ると、浩たちにも渡しながら自分のカップに大量に角砂糖とミルクを入れ始めた。

 あまりに入れるので見ているこちらが胸焼けしそうになりつつも、浩はそのまま、仁志はそれぞれ一つずつ入れて一口飲んだ。


「さて、それじゃあ、協力してくれるみたいだし詳しく話をしていこうか。っと、その前にまずはしっかりと自己紹介をしようか。私は安藤杏奈あんどうあんな。安藤でも杏奈でも、好きな方で呼んでくれていいよ」


 カラス、いや安藤は仮面を外すと浩たちに名前を告げた。

 仮面の下の顔は、これまでに出会った誰よりも綺麗な顔をしていて、二人は少し動揺したがすぐに気を取り直すと二人もそれぞれ、知られてはいるが改めて自分から名前を告げた。


「自己紹介もしたところで本題に入ろうか。まず、浩くん、君には卒業後にここ、私の事務所で働いてもらいたいと思ってる」


 そして話し始めた安藤の言葉に、浩は流石にはんっしはじめではありつつも止めてしまった。


「ちょっと待ってくれ、俺のことを調べたんなら知ってるだろうけど、四月から就職する会社は決まってるんだ、流石に兼業するのは時間的にも厳しい」


 しかし、無理だと言う浩の言葉を、特に気に留めることも無く安藤は口を開いた。


「それについては大丈夫、君の就職する予定の会社の社長は知り合いだからね。私が声を掛ければ、君の就職は取り消してくれるよ。だから、この事務所一本で働けるよ。給料については……そうだね、これぐらいでいいかな?」


 そう言って安藤が提示してきた額は、浩の就職予定の会社と比べて三倍以上も上だった。


「これが基本給で、をこなすたびにボーナスでこれだけつけよう。これで文句は無いね? 話を進めるよ」


 更に提示されたボーナス額もかなりの額があり、浩は圧倒されたまま頭を盾に振ることしか出来なかった。


「卒業までは、を頼むことはあるかもしれないけど、基本的にここには来なくていいよ。呼んだ時だけここに来てくれればそれでいい。卒業後は本格的にここで働いてもらうけどね。それで、君のここでの仕事は私の世話と雑務だよ。が入った場合、一度ここに来て情報を整理、計画を立てて実行。その後の処理は別の人がやってくれるから、君たちはしなくていいよ。仕事についてはひとまずこれぐらいかな」


「次は、仁志くん。君は来年から大学生だよね?」


 浩のことはひとまず終わった、と安藤は次に仁志に話を持っていった。

 急に話しかけられて少し驚いたものの、仁志はすぐに反応した。


「そうです。でも、大学に行くのは辞めてこのまま働くと思ってたんですけど」


「いや、君はまだしばらくそのままでいいよ。知識は多くて困ることは無い。それにこういうことを言うのは悪いかもしれないけど、就職すると言っていたわけでもない、いち高校生がいきなり働き始めようとするのは、とても不自然なのよ。裏の商売で大事なのは、どれだけ周りから違和感を持たれないか、という事なの。だから、出来ることなら少しでも違和感につながる要素は排除しておきたいところね。もちろん、大学卒業後にはここに来てもらうことになると思うけれど」


「……分かりました」


「だから、普通の学生らしく別のバイトとかもしてきていいよ。もちろん、が入った時には君も呼び出すこともあるだろうけれど、それ以外は自由にしてくれていい。思う存分、キャンパスライフを楽しんでくるといいよ」


「……分かりました」


 仁志についても今後どうするのか話がまとまると、その日は解散することになった。



 帰り道、何を話すでもなく二人は終始無言のまま家に着いた。

 家の扉を開け、無言のままリビングまで歩いた。

 それぞれ、今日出会った安藤のこと、これからの自分の将来のことを考えていて、話し出す気分では無いのも理由だった。


 そして、リビングについてからようやく、浩が口を開こうとした。


 しかし、タイミングの悪いことにちょうどそのタイミングで浩のスマホに着信を告げる音楽が鳴り始めた。

 浩は、仕方ないととりあえず自分のスマホを開くと、着信の相手が表示されており、その相手は、この間暴漢から助けた二人のうちの姉の凛香だった。

 こんな遅い時間にかけてくるとは、と思いつつも浩は電話を取ると、すぐにスマホから凛香の声が聞こえて来た。


〈あ、浩さん! すみません、こんな遅い時間に……。今少し時間大丈夫ですか?〉


「大丈夫だよ、どうかした ?」


〈この間のお礼をしたいので、空いている日を教えてもらいたいな、と思いまして。仁志さんと二人都合のいい日を教えてもらいたいです〉


 そんな連絡があり、来週の土曜日、互いに予定の無い日に改めて会うことになった。

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