第9話

 美佐子の家を出て二人は、すぐに車に乗って帰ろうとはせずに少し、近くを歩いていた。

 何となく、すぐに帰る気分ではなかったというだけなのだが、二人は美佐子の家を出てから一度も口を開かずにいた。

 散歩をし始めたのも、どちらからともなく駐車場へと向かわずに歩き始めていたからだった。


 それからしばらく、二人は何か話すわけでもなくただ目的も無く歩き続けていた。


「……っ!」


 そんな時だった、二人の耳に何か、ぶつかるような音と声が聞こえたのは。


「兄貴、今、何か……」


「……聞こえたな」


 二人は、それぞれに確かめ合い、自分だけ聞こえた幻聴や気のせいではないのを確認すると、音のしたと思われる路地を覗き込んだ。


 そこには、服を乱して少し肌を露出させている二人組の女の子と、これまた二人組で女の子に近付こうとしている男たちの姿があった。


 一瞬、どういう状況か分からなかった浩たちだったが、すぐに二人組の男が下品な顔をして女の子たちに近付いていくのを見て、急激に球が沸騰するような感覚を得た。


 気が付いた時には、浩も仁志も動いていて、背後から思い切り男たちの背中を蹴りつけていた。

 無防備な状態で蹴飛ばされて、そのまま壁に頭でも打ったのか二人組の男が動かなくなったのを見て、ようやく浩たちは頭に上っていた血が下りていくのを感じた。

 それから女の子たちの方へと視線を向けると、浩が口を開いた。


「反射的に蹴飛ばしたけど、知り合いだったりする? 同意のうえでだったら謝らないといけないかな、と思うんだけど」


「あ、いえ! 違います! 無理矢理されそうになってたので、助かりました……」


 浩が話しかけているうちに、答えてくれている女の子とは違う女の子に仁志が近付いていて、自分の羽織っていたコートを渡していた。


「とりあえず、寒いですよね? これ使ってください」


「あ……ありがとうございます……」


 少し顔を赤くしてコートを受け取っている女の子を見て、浩も思い出したように自分のコートを脱ぐと目の前の女の子に手渡した。


「これも使うといい。それで、出来るだけ早いうちにここから離れたほうがいいと思うけど、立てる?」


 そう言って目の前の女の子に手を差し出すと、おずおずと手を掴んでくれたので、優しく引っ張って起こさせると、移動しようとした時だった。


「痛っ! ……すみません、ちょっと足をくじいちゃってるみたいで……申し訳ないんですけど少し肩を貸してもらえませんか?」


「……いいですよ、おぶりましょうか?」


「えっと……頼めますか?」


 そして、浩は目の前の女の子を背中に背負うと、車へと向かい始めた。





「それで、どこに行けばいいですか? これからどこか行く予定でしたか?」


 歩きながら仁志が一緒に横で歩いている永井有紗ながいありさに話しかけていた。


「いえ、今日はもう予定が終わったので、これからはお姉ちゃんと家に帰るところでした」


「そうですね、ちょっと駅に行って買い物でもしようか、と話してたところでした。……もうそんな気分でも無くなっちゃったんですけど……」


 有紗がそう答えると、補足するように有紗の姉、凛香りんかが口を開いた。


「それじゃあ、家まで送る、ってことでいいかな? 俺たちはこれから車だし、また変なのに絡まれても嫌だろうし」


 浩がそう言うと、二人は少し悩んだようだったが、頷き、浩は車で二人を家へと送ることにしたのだった。





「本当にありがとうございました、助けてもらっただけでなく、送ってもらって……」


「凛香たちに何も無くて、本当に助かりました。今度お礼させてもらえませんか?」


 二人を家へと送り届けると、ちょうど二人の両親もいたようで浩と仁志は四人からお礼を言われてどうしたらいいのか分からなくなっていた。

 助けたのは事実ではあるが、動機は助けたかった、というよりは妹たちと状況が重なって見えて、男どもにうっぷんを晴らしたくなってしまったから動いたのだから、あまり感謝されても座りが悪くなる気分だった。


「いや、大したことじゃないので、お礼とか大丈夫ですよ」


「いや、そう言わずに。貴方たちが助けてくれなかったら、娘たちがどうなっていたか……。今は何も無いのですが、改めてお礼させてほしいのです」


 凛香たちの両親に、何度も何度もそう言われて、浩たちはついに折れた。

 そして、浩と仁志の連絡先を教えると、その日はそのまま別れて車に乗り込むと、岐路に着くのだった。




「……」


「……」


 帰りの車の中で、浩と仁志はしばらく無言で、何かを考え込んでいた。

 そのまましばらく、浩は家へと運転して、到着し、鍵を抜いたところで仁志が口を開いた。


「兄貴」


「……どうした」


 何となく、同じことを考えていそうだな、と思いながらも、浩は返事をした。

 そして、その後に続いた言葉は、浩の予想通りな内容だった。


「この世にクソしかいないんだな」


「……そうだな」


「あんな奴らがいるから、父さんたちも殺されて、夏那姉たちもあんな風になったんだ」


「……そうだな」


「俺は……あんな奴らが許せない……! 全員殺してやりたいっ!」


「気持ちは分かる。けど、それをしていったら、もう戻れないぞ」


「分かってるっ! でも、俺たちはもう人殺しだ、戻れるわけないだろ! それなら、少しでも多く、クソ野郎どもをこの手で殺したい!」


 そう言う仁志の手はきつく握りしめられていて、白くなっていた。

 そして、そんな仁志の目の前にいる浩も、同じようにきつく手を握っていた。


「……もう、俺たちは戻れない。死後の世界なんてあっても、俺たちは天国になんていけない、それでもいいんだな? これから先の人生、もしかしたら幸せになれるかも知れないのを捨ててでも、この道を進んでもいいのか?」


「もう、それでも構わない! それで少しでも世界が良くなるなら、俺がやってやる!」


「……分かった。これからは、俺とお前は運命共同体だ。これから先、幸せになんてなれないだろうが、俺らには俺らがいる。これから先、死ぬまでそれは変わらない」


 浩が仁志にそう言い、仁志も覚悟の決まった顔をして、がっちりと手を組むのだった。

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