第33話 親善試合は国威発揚の場  3

「5日後のクの国との親善試合。ワタシと一緒にウィントレスで参加してもらうわよ」


「だから、なぜそうなる?」


「それは翔太がウィントレスを動かすことになるから」


 3段論法のような簡潔な理由だが、常識的に考えておかしくはないか?


「百歩譲ってウィントレスをオレが駆るのは理解できるけど、それがどうして親善試合にオレが参加することにつながるんだ?」


 そもそもウィントレスは筆頭騎士たちが駆る他の機動甲冑とは異なり、王女であるレーアの我がまま回避の〝おもちゃ〟にと専用に宛がわれた機体だ、ふつうに考えて親善試合への登用などあり得ないはず。

 ところが。


 「父上から正式に参加するようにと承ったから間違いないわよ」


 国王のお墨付きで参加だと、堂々と言い切ったのである。


「マジか? おぃ」


 自分本来の身体なら間違いなく頬を抓って、夢かどうかを確認しているだろう。

 しかし『私も一緒に聞きましたので間違いありません』とクリスまで明言したとなれば信じるしかない。


「理由を種明かしをすれば、親善試合で対戦する機動甲冑が5体だから、ワタシにも参加の命が下りたのよ」


 騎士たちに下賜したドロールは4体で、対戦するには1機足りない。1人1戦のルールがある以上、機動甲冑は5体用意しないと国のメンツに関わる。


「だったらウィントレスを、他の騎士に貸し出しをして……」


「イヤよ!」


 皆まで言う前にキッパリと拒否。


「ウィントレスはワタシだけの機動甲冑なの! 誰にも使わせないわよ!」

 

 意固地なほどに頑として譲らない。

 動かしているのオレだよね? 喉元まで出かけたが、そこは空気を読んで自重する。


「とはいえ甚だ遺憾ながら、非常に不本意だけれども、ワタシが機動甲冑を駆る実力は残念ながら筆頭騎士の4人には劣っている。だから翔太の手助けが絶対に必要」


「スゴ~くついで的に言っているけど、要するにオレにウィントレスを駆って試合に出ろってことだよな?」


 レーアが筆頭騎士の4人と互角に戦うには、翔太の手助けというか翔太の操縦に頼る必要がある。


「勝つために、やむを得ずよ。勘違いしないでね」


 どこのツンデレだ。と内心でツッコむが、今の一連の流れでどうしても腑に落ちないところがある。


「国王が本当に、ウィントレスに勝つことを望んでいるのかなぁ?」


 ふと思った疑問を口に出すと、レーアが表情を変えて「それって、どういうこと?」と訊いてきた。


「親善試合の目的が何か? って考えたんだよ」


「力試しじゃないの? 翔太もさっき言っただしょう」


『私もそう思いますが、違うのですか?』


 2人の示した回答に「もちろんそうだ」と翔太は答える。


「練習試合をするいちばんの理由は、力試しと自分の実力がどの程度なのかをチェックをすることだ。それは間違っていないけれど、もう一つ大事なというか、むしろこっちが本命な目的があるんだ」


 そこでいったん言葉を切ると「何よ、ソレ。勿体ぶらないで言いなさいよ」とレーアが半身乗り出して、吐けとばかりにグイグイと迫ってくる。


「近い! 近い! 近い! 近い!」


 顔がくっつきそうな至近距離に慄きながら、両手を前に出して必死にガードする。


「そんなに寄って来なくてもちゃんと説明する、というか説明するほど大層なモノではないんだ」


「翔太はワタシをバカにしているの?」


「だから説明するまでもなく、圧倒的な実力差を見せつけて相手の心を折るか、わざと負けて相手を油断させる戦術をとるんだよ」


 ある種の心理戦。単純だが効果のある内容に、レーアも「なるほど、そういうことね」と首を大きく振って納得した。


「つまりクの国に圧倒的勝利を見せつけるために、ワタシに親善試合に参加せよということなのね」


「どこをどう解釈したら、そんな結果になる?」


 明らかに負けて油断をさせるほうだろう!


『姫さまはポジティブ志向ですから』


 クリスがフォローに入るが、微妙にフォローがズレている。


「ソレ、絶対にポジティブと違うから」


 翔太はレーアの斜め上な思考に、どう説明したら物事が正しく伝わるのか、思いあぐねく羽目に陥った。




 同じころ。

 筆頭騎士頭のガイアールは、国王パーセルと宰相ゲープハルトから「内密の話がある」と呼びつけられていた。


「呼びたてるのが私1人で良いのですか?」


 訝るガイアールに「腹を割って話すのだ。貴公以外に適任者はおるまい」とパーセルが断言する。


「他の筆頭騎士、オルティガルムとマニッシュは考えることを放棄したような輩。一本気といえば聞こえがいいが、腹芸が一切できない単細胞。一方若手のデーディリヒは、筋肉バカ2人と違い知力は十二分にあるのだが、考えが少々独善的で狡猾過ぎるきらいがある。腹を割って本音を語るには向いていない御仁だな」


 ゲープハルトが補足説明をするが、宰相だけあって人物評価は正しく、なかなかに的確な意見。


「同輩としては素直に頷くのは、いささか憚れますな」


 宰相の見立てがいかに正当評価だとはいえ、頭の立場である自分が同意するのはいかにも具合が悪い。言葉を濁して苦笑いで軽く流す。


「貴公の立場があるからな。儂もきゃつ等の主の立場、これ以上のことは言わんよ」


 パーセルも立場上貶めないとの宣下に、ガイアールは「お館様のお気持ちはいただきました」と頭を下げると、その上で「して」と言葉を続ける。


「某に対して腹を割っての話とは、いかなるものでございましょうや?」


 パーセルも忙しい合間を縫って時間を割いているのだ。世間話もほどほどに本題が何かを尋ねると、パーセルは「では尋ねるが」と何故か逆に質問をしてきた。


「貴公はクの国の機動甲冑の実力をどの程度とみる?」


「取るに足りないかと」


「ここは公の場ではない、忌憚のない意見を訊きたい」


 密室だから本音で語れと促されたので「それでは裏表の一切ない、某の私見ですが」と前置きをして建前を廃した己が意見を口にする。


「わざわざ親善試合を申し込んだほどです、恐らくは自身の機動甲冑に自信があってのこと。戦場で剣を交えるとなれば、相当な脅威となりましょうな」


 力試しの言葉は事実だろうが、それに続く胸を借りるの文言は社交辞令以外の何物でもない。

 ガイアールの私見を聞いたパーセルは、考え込むように暫し顎を撫でながら「なるほど」と大きく頷いた。


「やはり、ガイアールを個別に呼び立てをしたのは間違いなかったな?」


 ゲープハルトに問いかけるようにパーセルが言うと、彼もまた「御意に」と同意するような答え。


「ガイアールであれば、お館様の深謀を理解できること間違いありません」


「過分な評価、恐れ入ります。しかしながらお館様の「深謀を理解できる」という意味では、いささか不本意ながら、某よりもデーディリヒのほうが上でしょう」


 たたき上げのガイアールとは違い、デーディリは貴族の子息。受けた教育が違うこともあって、知略では間違いなくヤツのほうが一枚上手のはず。

 パーセルも「儂も貴公の見立ては正しいと思う」と、ガイアールの見立てを否定することなく大きく頷く。

 が、そのうえで「しかし、な」と注釈も忘れない。


「先にゲープハルトが指摘した通り、彼奴は頭が切れすぎる。この場で使うには少々不向きよ」


 頭が良すぎて余計なことにまで気が回り過ぎるので、思惑以上のことをしでかすかも知れないとの懸念を示す。


「つまりガイアール辺りが、ちょうど良いのだ」


 なんだか素直に喜べない微妙な評価。ま、それを口にするほどガイアールも短気ではない。


「お館様は某に何を望んでおられるのでしょうか? 勝てと申すのなら必勝の覚悟で臨みますが、わざわざ別室に呼ばれたのですから、そんな単純な命令ではあるますまい」


「その通り。貴公には次の親善試合では、是非とも負けて貰いたいからな」


 パーセルの要求は、まさかの敗北命令だった。

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