第34話 親善試合は国威発揚の場 4

「試合に負けろとは、また穏やかでないご命令を」


 いかな主君とはいえ騎士のプライドを逆撫でするような命令は容認できない。ことと次第によっては袂を分かち、暇を乞うことになるかも知れない。

 そんなガイアールの覚悟を知ってか知らずか、ゲープハルトの「お館様、説明が不十分です」と指摘し、パーセルがバツが悪そうに額を叩く。


「今のは儂の言葉足らずじゃった。ガイアールに頼みたいのはクの国の起動甲冑に勝つことではなく、かの国の機動甲冑の真の実力を推し量ってもらいたいのだ」

 

 パーセルの補足でやっと「なるほど」と合点がいった。

 要は情報収集を主目的に戦い、〝勝敗は二の次〟で良いということ。

 相手の手の内を探るのがだから敵側優位となり、かなりの確率で勝ちを譲ることになるだろう。勝つことに執着するオルティガルムやマニッシュには到底できない芸当だ。


「貴公も薄々感じているでおろうが、そう遠くない将来に戦場の主力は機動甲冑が務めることとなるだろう。クの国も恐らくそれを見越して機動甲冑を採り入れて、戦場で使える程度の目星が立ったというところかな?」

 

「取るに足らない相手ならそれでよし。しかし我らの脅威となる存在であったなら、如何にしてクの国と接していくかを考えねばなるまい」


 パーセルとゲープハルトが親善試合を受託した真の理由を口にする。

 さらにはパーセルが「もしも」と前置きをしたうえで、もっと悪い予想を言葉にする。


「クの国の脅威が避けられないのであれば、娘レーアを嫁がせて安寧を得るという選択肢も出てこよう」


「そこまでのお覚悟!」


 二の句が継げない。

 王女であるレーアを政略結婚の駒に使うことまでも視野に入れているというのだ、パーセルの抱く杞憂は危機感を通り越して尋常ではない。


「相手が〝5体の機動甲冑で〟と申し込まれたから、お館様はずっとクの国の機動甲冑の数が多いことに危機感を募らせておいでです」


「つまりクの国は機動甲冑を5体以上保有しているのかも、とお考えなのか?」


 ナの国の機動甲冑はレーアのおもちゃも含めて5体、実力が拮抗していたら数の差からいっても不利なのはこちらのほう。相手の能力は是が非でも知っておく必要がある。


「数については「かも知れん」としか言いようがない。密偵を放ち調べさせてはいるが、そう簡単に向こうも教えてはくれまい」


 最高機密なのだから当然だ。ガイアールも「確かに」と頷くのみ。


「そんな状態で我が方の手の内をクの国側に知られるのは拙い。ゆえに試合の場所を実戦に近い条件という尤もらしい理由を付けて、両国の国境にあるデルフリの草原としたのだ」


 親善試合にもかかわらず、なぜ城内の練兵場を使わないのか? その理由がこれだと、ゲープハルトがもう一つの手の内を晒した。


「しかし、如何な相手評価が重要だからとて、全部の対戦に負け越していたのではクの国に舐められてしまって、それはそれで本末転倒な逆効果になってしまう」


「図に乗らせずとなると、五分の戦いが理想ですな」


 そうすればクの国に舐められることもなく必要以上に警戒されることもないと、四方丸く収まる正に良いこと尽くめな幕引きとなる。


「儂としてもそうなってくれれば僥倖だが、はてさてそう巧くいくものだろうか?」


 理想ではあるが実際には難しかろうとパーセルが唸ると、ガイアールは「勝ちはオルティガルムとマニッシュに狙わせます」と対戦に際する思惑を語った。


「どうせこの2人は腹芸ができないのだから、小細工なしに全力で勝ちを狙わせます。戦法も手数と力押しですから、敵に手の内を知られたところで痛くも痒くもないですしな」


 脳筋2人の対戦は、小細工なしに正面からぶつかり合わさすと明言した。

 ガイアールの差配にパーセルも「なるほど、適任じゃな」と適材適所の評価を下したうえで、残る筆頭騎士である「デーディリヒはどうするのだ?」と彼の扱いを訊いてきた。


「ヤツは器用ですからね。2人が順当に勝てば相手の技量を引き出す方に、負ければデーディリヒに勝ちを取らせに行きますよ」


 デーディリヒを上手に動かすにはヤツに理があると思わせることが肝要。そこのところさえはっきりさせておけば、小賢しいほどに聡いデーディリヒのことである、期待に沿うよう器用に立ち回るだろう。


「となれば我が方が2勝というところか? 貴公が〝善戦する体裁〟を取ってくれれば、わが国の面目も立ちつつ当初の目的が達成できそうだな」


 正確には五分ではないが限りなくそれに近く、落としどころとして及第点だとパーセルが太鼓判を押した。

 3人のうち2人が勝てば良い。勝ちの目的は国のメンツを保つためなので、力業主体のオルティガルムとマニッシュに担わせ、デーディリヒは万が一に備える布陣。

 それは納得したのだが。


「姫さまの立ち位置がはっきりしておりませぬのは、何ゆえにでございましょうや?」

 

 パーセルの口からレーアについての言及がなく尋ねてみると「アレは……まあ計算外じゃ」と完全放任。


「自分用の機動甲冑が欲しいと駄々をこねたから与えてやっただけで、今回は数合わせのために止む無く試合に出すだけに過ぎぬ。一番強い相手にぶつけて、クの国の騎士に華を持たせてやればよい」


「つまり「1敗は最初から織り込むように」が、お館様の意向だ。そのうえでナの国のメンツを保ちつつ、クの国の力を見誤ることなく調べぬくのが、此度において貴公に課すべき命となる」


 ゲープハルトがパーセルの意向を最後まで語り「少々困難ではあるが」と労いながらムチャ振りを課す。

 パーセルが「頼むぞ」と鷹揚に頷くのは、憎まれ役をゲープハルトが担ってのことだろう。

 ガイアールの返事はもちろん「御意」だが、直後に「しかしながら」と前言を撤回するかのようなセリフを吐いた。


「ひょっとしたら姫さまの対戦。とてつもない番狂わせになるやも知れませんぞ」


 それを聞いたパーセルとゲープハルトが「まさか」と鼻で嗤う。

 知らない者にはそうとしか映らないのだろうな。

 ガイアールは小さな優越感に浸りながら、レーアの対戦順位をいちばん最後に据えることに決めた。



 そして、親善試合が開催される日がやってきた。

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