第31話 親善試合は国威発揚の場
ナの国国王パーセルの許に、隣国クの国よりの使者が訪れたのは、自室でレーアが頭を抱えてたのと同じ時刻であった。
クの国はナの国の西方に位置する隣国である。
土地が隣接するだけあって、主産業はナの国と同じく農業。ナの国と比較して若干山がちな地形ゆえに、ナの国の主力が麦なのに対して、クの国は養蚕が主産業と棲み分けがと相互依存ができている。
加えて領土をめぐるいざこざもなければ、交易上の目立つトラブルも表立っては特にない。国の大きさや人口を始め、成り立ちまでもほぼ同じくらいなので、立ち位置としては『ごくごく普通の隣国』に尽きる。
但し、表向きは、だ。
そこは素直に割り切れないのが、ヒトの機微であり人情というもの。
規模が近ければ近いほど気になる存在となり、奥底を静かに不信感も募っていく。
ゆえにナの国にとっていちばんの友好国でもあるが、いちばんの仮想敵国でもある。
そしてそれは、クの国からしても同じこと。
だからだろうか。
「なんと! 機動甲冑同士で親善試合とな?」
クの国の使者が奏上した提案に、パーセルが驚きを持って腰を浮かせたのも無理かなること。腰を浮かせたところで思いとどまり、立ち上がらなっかただけでも上出来といえるだろう。
だがパーセルの動揺がクの国の使者には、前のめりになるほど興味があるように映ったのだろう。
「左様です。貴国が機動甲冑を筆頭騎士の方々に下賜されたように、我がクの国も機動甲冑を騎士たちに与えましたので、是非ともお手合わせ願いたいと参上いたしたた次第です」
対抗心を煽るようにさらりと言ってのけた。
幸いなことに対抗心は湧かなかったが猜疑心は湧きまくり、パーセルは相手に聞こえぬような小さな声で「ムムム」と唸る。
クの国が何機購入したかは分からないが、親善試合を申し込むとなれ複数あることは間違いないだろう。
いつかはそうなるだろう思っていたが、予想以上に機動甲冑の普及が早いことに驚きを隠せずにいた。
とはいえ、そこは一国の王。不快感などおくびにも出さず「それは良きこと」と慶事を贈る。
「最新の機動甲冑を貴国の騎士が駆れば、クの国はますます強国になるであろうな」
多分に形式的とはいえ、相手を褒め称えることも忘れない。しかし内心は何機手に入れたのか? 練度はどの程度進んでいるのか? 使者から情報を引き出す算段を必死で考えていた。
もっともそれはクの国の使者も同じ。
「いえいえ。我らがお館さまも「いずれ機動甲冑が戦の華になるだろう」と高く評価しておいでですが、同時にどれほどの力なのか推し量れないもどかしさも感じておいでです」
謙遜し、己が情報を餌にナの国の機密を盗み取ろうと、躍起になっているのが見て取れる。
「左様であろうな。儂もウイリアム殿と同じ考えで機動甲冑を採り入れたまで。いずれ機動甲冑が戦場に出てくるであろう未来が見える」
クの国国王の意見をオウム返しに踏襲して、言葉尻を取られないように注意しながら使者から情報を引き出す。剣や槍こそ使わないが、これも一種の戦いと言えよう。
「ご慧眼、恐れ入ります」
パーセルの推論に感服するように使者が大仰に驚くと「しかしながら」と言葉を続ける。
「まだ使いこなすには程遠く、こうして胸を借りに来た次第です」
「その力、推し量る何かが欲しいため。かな?」
「隠し事ができませぬなー」
使者がわざとらしく「わっはっはっ」と笑い、パーセルも「なんの」とつられて豪快に笑うと、謁見の間が野太い笑いに包まれる。
「それは儂も同じことよ」
どちらも本心を隠したキツネとタヌキの化かし合い。
持てば戦の有り様が根底から変わるであろう機動甲冑という名の新兵器。
今は単なるステータスかも知れないが、数年後には保有していなければ最悪国が亡びるレベルの切り札になりうる存在。だが実際どれだけ強いのかは比較対象がないだけに分かり辛い。
「しかし、のう……」
知りたいと言いつつパーセルの歯切れは悪い。
機動甲冑が他国に対してどれほどのものなのか、実際の力をこの目で見てみたい。親善試合はその思いが実現できる、またとない機会に違いない。
しかし、それは諸刃の剣。
一歩間違えればこちらの手の内を晒すようなもの。高価な武具だけに、そうなった際の代償はあまりにも大きい。
どうしたものか、判断が付きかねる。
「ウイリアム殿の気持ちは良く分かる。しかし、機動甲冑は門外不出とは言わぬが秘匿中の秘匿、おいそれと手の内を見せる訳にもいかぬでな」
苦笑いしながら当たり障りのない本音を晒すと、使者のほうも予め予想していたのか「それはもちろん」と大仰に頷く。
「我が国、我がお館様とて考えることは同じにございますれば、そこは双方の歩み寄りと工夫次第ではないかと愚考いたします」
「ほう、工夫とな?」
興味を持って耳を傾けると使者が「御意」と質問に肯定。
「すり合わせは必要でしょうが、案のたたき台はあらかじめ用意しております」
こうあることを予測してか使者の手回しは良く、手にした羊皮紙の巻物を「草案につき、まずはご一読」を奏上する。
「自信のたたき台とやらを、見せていただこうか」
そこまで言うのならと素案を黙読し、ひとしきり読み終えると「あい、分かった」と首を縦に振り豪快に笑ってのけた。
その日の夜。
クの国の使者が謁見の間を辞した後、パーセルは筆頭騎士4人と宰相のゲープハルトを呼びつけて軍議を開催した。
「知っての通りクの国の使者がわが国を訪れて、機動甲冑同士の親善試合をしたいと申し込まれた」
パーセルの発表に血の気の多い筆頭騎士4人は色めき立ち、ゲープハルトは「時期尚早」だと顔を顰めた。
「恐れながら申し上げます。現時点でもめ事などがないとはいえ、クの国は国力が均衡する隣国。親善と取り繕ったところで、彼奴らの狙いは我が方の情報収集に決まっておりますれば、手の内を晒すようなマネはいかがなものかと?」
危惧する案件をつらつらとピックアップし、リスクが大きすぎるとパーセルに具申すると「そんな弱腰でどうする!」とオルティガルムが鼻で嗤う。
「手の内を知られるも何も、我らがきゃつ等に圧勝すればよいだけの話。さすれば「手も足も出ない」と連中が意気消沈して万事解決よ」
さすがは脳筋。駆け引きなどの頭脳戦は一切なく、力業でクの国の心を折って屈服させればよいと単刀直入にアピールする。
確かにそうなれば理想的だが、捕らぬ狸のというか些かというよりかなり都合の良い展開というもの。
案の定、宰相のゲープハルトが「貴公のお頭はお花畑か?」とオルティガイアの脳筋ぶりを詰る。
「もしクの国の機動甲冑を駆る技量がわが国より高かったら何とする? 相手に我らの弱点を晒すことになるのだぞ。そもそも相手の実力が分からないのに、勝や負けるやなどを言うこと自体がナンセンスではないか」
ぐうの音も出ないほどの正論でやり込めると「絶対という確証がなければ、安易に受けるものではございませぬ」と改めて進言する。
ゲープハルトの主張は堅実・慎重。致命的な失策はないが、ともすれば井の中の蛙に陥るリスクもはらんでいる。事実「それは後ろ向き過ぎであろう」とガイアールがゲープハルトに意義を唱える。
「宰相殿の考えも解らぬではないが、手合わせをしてみぬことには相手の力を知ることもできない。戦以外でクの国の実力を測る又とない機会ではあるまいか?」
むしろ建設的に利用すべしと前向きな意見を奏上する。
脳筋のオルティガルムとは違い、両極端であるが2人の意見は尤もなものであり、疎かにできる性質のものではない。パーセルは「貴公らの意見は良く分かった」と前置きをした上で結論を口にする。
「使者殿にはこう返答をした「貴国の案を受諾し、親善試合を受ける」とな」
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