第30話 どぎゃんかせんと、いかんとです 3
いちど開いたレーアの愚痴は留まることを知らない。
「訓練が途中で中断したのは良いのよ、別にやりたくはなかったから。だけどちょっとウィントレスを上手く駆れなかったからって「これでは訓練に値しない!」て罵ってくるのは不敬でしょう!」
クリスがお茶を給仕することで一旦は暴言も収まったが、飲み終わったとたん恨み節が再びさく裂、次から次へと怒涛のように昨日の不満が口からあふれ出す。
ひょっとしたら過呼吸でぶっ倒れるんじゃないだろうかという勢いに圧倒されながらも、あまりの醜態に見かねたクリスが「ですが」と眉をしかめる。
「実際に訓練では、満足に動けなかったのですよね。それではやはり、訓練以前の代物ではないでしょうか?」
耳の痛い諫言にレーアは「だって」と異を唱える。
「その時のウィントレスには翔太が載っていなかったのよ。そんな状態で筆頭騎士の駆るドロールと同じ動きができると思うの? ムリに決まっているわ!」
まごうことなき逆ギレ、あるいは見事なまでの責任転嫁。レーアは昨日の不出来を翔太の意識がウィントレスになかったからだと断言した。
「要は〝姫さま個人の実力〟が、筆頭騎士の方々が要求する水準に達していなかっただけなのでは?」
頭を抱えながら苦言を呈するクリスにレーアは「それは違うわ」と反論。
「翔太をこの世界に引き寄せたのはウィントレスに載せていた魔晶石のおかげ。ウィントレスはワタシ専用の機動甲冑。だから万全の状態で準備することにできなかったデーディリヒたちが問題であって、ワタシに非を向けられるのはお門違いなの!」
とんでもない三段論法を披露して、ウィントレスを満足に動かせれなかったのはデーディリヒを始めとする筆頭騎士連中の不手際だと説く。
「つまり機動甲冑で武具の扱いが上手くいかなかったのは、翔太さま抜きでウィントレスを駆動させたからだと?」
「そういうことよ」
むんずと胸を張ってレーアが答える。
その態度には一片の迷いもなく、先の発言通りだと言外に主張する。
さすがに非常識だと判断したのだろう、レーアの主張と反比例するようにクリスの眉間の皺がどんどんと深くなる。最後には「そういうことでしたら」と、まるで地獄の底からと思えるような低く冷たい声で尋ねてきた。
「では今後はこのような事態が起きないように、翔太さまの意識が宿る魔晶石をウィントレスに常に載せておくということですね?」
暗に「翔太を機動甲冑に縛り付けるのか?」と訊いてくる。
だが「そんなことはしないわよ」と、考えることすらせず即座に否定。
そんな勿体ないことなど誰がするものか。
翔太のもたらす知識や見識は、ナの国にとって必ずや有益なものとなる。それをふいにするなど絶対にありえない愚行だ。
それに、だ。
「これからもずっと、翔太をウィントレスに縛り付けるなんてできると思う?」
逆にレーアからクリスに尋ねてみるが、返ってきた答えはレーアの考えと全く同じ。
「ムリ。でしょうね」
額に手を当てて熟考したようだが、長期にわたって縛り付けるのは不可能だと判断したようだ。
「わたしたちが翔太さまと関わらず、彼も召喚されたこの世界が夢だと信じて疑わなければ、違った展開があったのかも知れませんが……」
実際問題出会ってしまったのだし、今さら時計の針を戻すことなどできないだろうと指摘。
レーアもこの考えに異論はない。
「ま、早かれ遅かれいずれこうなっただろうし。タラレバは考えるだけムダよね」
考えても詮無きことと、肩を竦めてお手上げのポーズをとり「それよりも」とこれからのことを議題にあげる。
「今一番大事なことは、ワタシを貶めたデーディリヒを完膚なきまでにギャフンと言わせることよ」
「ギャフンとは……またずいぶんと古い言葉を使いましたけど、姫さまに何か良策でもあるのですか?」
「もちろん、あるわよ。要はウィントレスが縦横に動き回れば良いのだから、策も何も簡単なことじゃない」
「それができなかったから、デーディリヒにギャフンと言わされたのではないのですか?」
「それは翔太がウィントレスに載っていなかったからよ」
レーアの海馬は記憶することが不可能なのか、数分前と全く同じセリフを繰り返す。
「それは先ほど聞きましたが?」
進歩のない回答に堂々巡りで進展がないとクリスが指摘すると、レーアはムッとしながら「話しは最後まで聞きなさいよ」とまだ終わっていない旨を強調する。
「認めるのはいささか不本意だけど、ワタシと翔太だとアイツのほうが機動甲冑を駆る技量は上なのよね」
「お言葉を返すようですが、姫さまと翔太さまでは比べる以前の問題で、まさしく天と地ほどに技量の差が離れていると思いますけど」
何気に辛らつな言葉を吐くクリスを「うるさい!」と一喝し、レーアは「話の腰を折らないでよ」と警告する。
「だからウィントレスを動かすには翔太の力が絶対に必要になる」
「結局堂々巡りしていませんか?」
「茶々を入れないで! ワタシがやろうと考えているのは、翔太をウィントレスに押し込めることじゃない。彼がウィントレスに自由に乗り込めるようにすることなんだから!」
「えっと……翔太さまは、こちらの世界には意識しか来ていませんよね?」
首を傾げながらクリスが確認するように尋ねる。
何度かの実験をすることによって、理由は不明だが翔太の意識は魔晶石を介してこの世界に召喚されることは分かった。
だが魔晶石なら何でも良いわけではなく、翔太の意識が宿るのはウィントレスに搭載されていた魔晶石のみ。他の魔晶石には一切反応しなかったのである。
「そうね。だからアイツに城下の街を見せるときも、ウィントレスから魔晶石を降ろして、クリスに持ってもらったんだものね」
「おかげさまで体を乗っ取られる感覚をイヤというほど味わいました」
「でも翔太に身体を使われるのも案外悪くなかったんでしょう?」
本当にイヤであったなら翔太に身体を託すことなんかしないで、翔太の意識を押し込んでクリス自身が動き回ったはず。
どうなの? とレーアが切り込むと、クリスがなぜか頬を染め「それは……ええ、まあ」と言葉を濁す。
「邪な目で見るかと思ったら、意外と紳士でしたし」
「単にヘタレなだけかもね」
「へ?」
どっちも鈍感だったのか。
気を揉んで損したとばかりにレーアは首を左右に振ると「それはともかく」と、脱線した話を本題に戻す。
「解決方法は極めてカンタン。翔太をワタシの筆頭騎士にしてしまえば、諸々の問題が一切合切万事丸く収まるわ」
予想の斜め下をいく珍提案にクリスの目がテンになる。
「姫さまが筆頭騎士を任命するのですか? それはさすがにムリがあるのでは……」
クリスが懸念するのも当然。そもそも騎士の差配は国王であるパーセルだけに許された権利である。いかにレーアが愛娘の王女であろうとも、そんな勝手が許されるはずもない。
しかしレーアは向こう見ず。
「ウィントレスはワタシだけの機動甲冑なのよ。だったら誰にウィントレスを駆らせるのか、ワタシが決めてもモンクないわよね」
パーセルの存在を根本から無視してジャニズム全開で言い募る。
だがしかし。
「筆頭騎士のお役は戦場だけではありませんよ、機動甲冑に中身無しでは務まらないと思いますが?」
クリスが至極現実的な問題を引き合いに出す。
筆頭騎士の役目は何も戦場で戦うだけではない。平時は政の一端を担うこともあり、当然ながら登城をして役人とともに部屋に詰めることもある。
「確かにそうね」
レーアも率直に認めるが、そこは努力の方向が常人とは異なる王女さまである。返す刀で「だからね」と、今日いちばんの爆弾を放り込む。
「ワタシたちと同じ大きさの、甲冑に身を包まない機動甲冑に、翔太の意識を召喚すれば良いんじゃない?」
レーアの発想はやはり全力で後ろ向きに走っていた。
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