第29話 どぎゃんかせんと、いかんとです 2

「仕方がないから訓練に参加はするけど、雑兵みたいに槍を担いで走ったり、泥にまみれたりはゼッタイにしないわよ」


 城へと戻る道すがら、随伴するデーディリヒにクギを刺す。

 鍛錬所を雑兵一緒に延々と走らされるなんてゴメンだし、泥まみれになるのはもっと勘弁願いたい。

 そんなしつこいくらいのレーアの念押しに、デーディリヒが「まさか」と苦笑しつつかぶりを振る。


「仮にも姫に、そんなことなどさせれません」


 泥まみれになんかしないと明確に否定する。

 聞いてホッと胸をなでおろしたが、その後のセリフが宜しくない。


「そもそも機動甲冑を駆るのに、泥にまみれる必要がどこにあると?」


 言葉使いこそ慇懃で丁重だが、セリフの端々に小バカにした態度が見え隠れしている。

 レーアは既に慣れたものだが、向かいに座る翔太は思うところがあるのだろう「なあ?」と小声で尋ねてきた。


「さっきアイツ、レーアに機動甲冑で訓練に参加しろって言っていたようだけど……」


「その通りよ。この前の模擬戦でデーディリヒを始めとする筆頭騎士をボコボコにしたでしょう? アイツ等はそれを根にもって、は機動甲冑


このワタシに指図をしてくるなんて、デーディリヒが筆頭騎士でなかったら、君主に対する不敬の罪で斬り捨てていたわよ」


 苦々しげに吐き捨てると「アンタもそう思うでしょう?」と翔太に同意を求める。

 すると「オレには判断基準が今ひとつ分からないからぁ」と明確な回答を避けて困ったように肩を竦める。


「何せ世界が違うからな、価値観だって相違があるだろう。オレたちの世界での常識が、こちらでは非常識なんてこともあるかも知れない」


「真顔で模範解答をするな!」


 ここで文化の違いを引き合いに出すなと憤慨したら、翔太は素直に「スマン」と詫びた。


 そのうえで手招きをして呼び寄せると、声を潜めて「それよりももっと大事なことがあるんだけど」と訊いてきた。


「レーアが機動甲冑を駆るのは良いとして、オレはどうやってウィントレスに乗り込むんだ?」


 両の手で自分が穿くスカートを摘まみ上げ、真顔で「どうしたら良い?」と尋ねてきた。

 さもありなん。

 そもそも翔太は〝一度たりとも自分の意思〟で機動甲冑に乗り込んだことがない。

 レーアがウィントレスを起動させると自動的に中で目覚める、言ってみれば内蔵されているOSかAIのような存在だったのだ。それが今現在、翔太は機動甲冑ではなく侍女のクリスの身体を使用して動いている。ゆえに、どうしようかと訊くのは当然。

 そして、その回答自体も「乗り換えたら良いのよ」と極めて単純。


「意識を移動させるのよ、クリスの身体からウィントレスに。魔晶石を移し替えたら良いだけの話だし」


 おバカな翔太は意味が分からないのか、呆けた声でまたもや「は?」と訊き返してくる。


「城の中からずっとカバンを掛けていたでしょう。その中にはウィントレスに載せていた魔晶石が入っているのよ」


 レーアの説明を聞いて翔太が手にしたカバンをまさぐり「本当にあった」と小さく呟くが、これ見よがしなカバンな上にそれなりの大きさと重さがあるのだから、こちらから指摘をしなくてもふつうは分かるだろう。


「その魔晶石をクリスが持っているから、翔太はクリスの身体を動かすことができる。魔晶石をウィントレスに移せば、後は言わなくても判るでしょう?」


「オレの意識が機動甲冑に移動する。と?」


「ご名答。ウィントレスに乗り込んだら、デーディリヒに買い食いを邪魔した報いをイヤというほど受けてもらいましょう」


 惨状を思い浮かべ「クック」と喉元で笑っていると「オマエ……めっちゃ根に持つタイプだな」と翔太に引かれた。




 歩いたところで1時間とかからない。非建設的なやり取りをしている間に城に到着するのだが、何故か城を通り過ぎて馬車はさらに奥へと行こうとする。


「ちょっと。ワタシの部屋はそっちじゃないわよ」


 勝手にスルーする行為を制すべく、手綱を引く御者に「行き先が違う」と苦言を呈すが「いいえ、間違いありません」と取り付く島もない。


「デーディリヒ様から姫さまを直接鍛錬所にお連れするようにと言い使っております」


 言いつけを守っていると主張して、御者は馬車を裏の鍛錬所まで乗り付けるが、この男は常識というものを分かっていない。

 連れていく相手を誰だと心得ている。


「部屋に戻らなきゃ支度も何もできないでしょ!」


 ったく、何を考えているのやら。

 そもそも王女ともなれば、自分で着替えたりはしない。それらはすべて侍女たちの役回りであり、レーアがするのは彼女らが用意したお仕着せに対して評価を下すことのみである。

 ドレスじゃないので細かな注文はないが、だからといって鍛錬所の隅にある控室で王女が着替えるなどあり得ない。

 筆頭騎士のデーディリヒなら知っていて当然の事がらなのに、この前の趣旨返しなのか「支度は万端整っております」と言ってレーアの文句を取り合おうとしない。


「支度が出来ているということは、ウィントレスの準備ができているということかしら? それは気が利いているのかもだけど、ワタシにこの格好のまま機動甲冑に乗り込めと?」


 嫌味を返すと「まさか」と苦笑。


「姫さまにそんな無礼は致しませんとも」


 胸に手を当て頭を垂れながら恭しく「しかしながら」と話を続ける。


「お部屋に戻られてのお仕度では時間がかかり過ぎますので、僭越とは存じますが替えのお召し物は、城の侍女に命じて鍛錬所に持ち込んでいます」


 バカか、コイツは!


「何勝手なことをしてるのよ! このワタシに外で着替えろとでも言うの?」


「ご心配なく、奥に詰所がございます」


「ご心配だらけよ! 誰があんなところで着替えれるの!」


 兵が休息するため施設ではあるが、レーアにしてみればバラック小屋と同義。旅先でもあるまいし、こんなところで着替えなど野外で素っ裸になるのと同じだ。


「中にパーセルさまがご休息なさるための控室があります。そこをお使いになれば不自由はしますまい」


「……そうね……それならば」


 さすがに王の控室を使うとなれば設備で文句など言えない。不承不承ながらも「分かったわ」と納得するしかない。

 デーディリヒの思惑通りなのが気に入らなくて剛腹だが、そこまでならばまだ我慢ができる範疇だった。

 問題なのはそれより後。


「なら着替えさせてもらうわ。でもその前にウィントレスに魔晶石を載せないと」


「その必要はありません。姫さまのウィントレスには既に魔晶石が搭載済みです」


 後はレーアが乗り込むだけだから着替えを急げと言うのである。

 

「ワタシのウィントレスを勝手にさわったの?」


「ウィントレス専属の調律師に行わせたのです。何か問題でも?」


「つっ……いいえ、そんなことは」


 専属の調律師が準備をしたのに、まさか問題があるとは言えない。だが他の魔晶石が載せられていては、翔太の意識をウィントレスに移すことができない。

 どうしたものかと思案するが、町娘のようなこの格好でウィントレスに乗るのも無理。

 縋るように翔太に視線を遣るが「オレに訊かれても」と左右に首を振られるだけ。


「要はレーアがウィントレスを乗りこなせれば万事解決だ」


 翔太から「簡単なことだ」と解決策を提示されたが、それができるのなら苦労はしない。レーア単独でのセンスと技量では、ウィントレスを駆って自由に歩き回れるのが精々だろう。剣や槍を持っての格闘など文字通りの〝振り回す〟が精々といったところ。訓練どころか胸を借りるレベルにも達していないだろう。


「あああ、どうしよう」


 いっそ自分が魔晶石を抱えて……そんな考えが頭をよぎるが、クリス以外の侍女が多数いる中で秘密の露呈は避けたい。それにクリスの身体から魔晶石を持ち出した場合、意識がすぐにクリスとチェンジするのか、それともいったん気を失ったりするのかも不明。ますますもって選択肢が狭まり詰みが加速する。

 しかも「時間が押しています。ささ、お召替えを」とデーディリヒからの催促も加わり、レーアは逃げ道なしの完全な四面楚歌。進退窮まってしまった。


「もう、なるようにしかならないわよ!」


 破れかぶれで着替えてウィントレスに乗り込むが、気負いだけでどうにかなるものではない。そんなことができるのなら、ヒトは気合で空を飛べれる。

 結果……


「姫は真面目にやる気があるのか!」


 デーディリヒのみならず、他の筆頭騎士からも散々な非難を浴び、訓練が途中中断してしまったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る