第28話 どぎゃんかせんと、いかんとです
翔太が異世界チートに無い知恵を絞っていたころ。
王城の自室でレーアは別の問題で頭を抱えていた。
「まさかの予想外だったわ。あんなところにまでデーディリヒがやって来るなんて」
忌々しげに愚痴ると手近にあったクッションを投げ捨てる。
「姫さま、はしたないです」
見かねたクリスが行儀が悪いと窘めるが「うるさい!」と怒鳴り散らす理不尽ぶり。
まごうとこなき完全無欠のヒステリー、言うところの八つ当たりである。
「ムシャクシャするのだから、しょうがないでしょう!」
諫言に聞く耳を持たずに文句で返すなど、自分勝手なことおびただしいが、それもこれも昨日のデーディリヒの戯言が全ての元凶。
「アイツが、アイツが全部悪いのよ!」
よりにもよって、あんなところでデーディリヒに見つかってしまったから。
おかげで散々な目に遭ったのである。
翔太に「城の外を見せてあげる」と豪語して、彼(見た目的には侍女のクリス)を引き連れて城下の広場に出てきたまでは良かった。
雑多な露店が所狭しと商品を広げる様子は、ぶらぶらと歩いて店主を冷やかすだけでも十分に楽しい。
浮かれ気分で広場を気ままに巡った結果「実はオマエが楽しみたかっただけだろ」と連れ出した翔太に呆れられる始末。
すぐさま「違うわ」と否定した上で「ナの国が賑わっている様を翔太に知ってもらうためよ」と街に出た本当の理由を説いてみせる。
「人出の賑わいもさることながら、食べ物がおいしいことだって自慢できるわ。それだけの物品が集まっている何よりの証拠よ
「そういうことにしておいてやる」
そんなやり取りの末、いくつかの屋台で買い食いも堪能し、裏に徹するクリスにまで『もう少し食い意地を押さえられなかったのですか?』とチクチク言われたが、屋台で供される食べ物の誘惑には抗えない。
もちろん城で供される料理は美味しい。ナの国を束ねる王が居しているのだから、集まる食材も当然ながら最高ランクの物がやって来る。加えて調理人の腕も高位の者たちばかりなので、マズい料理がでよう筈もない。
しかし城で供される料理だからというか、供されるのが王族であるがゆえに、彼らが調理してからレーアの口に入るまでに少なくない時間が経過する。
むろんスープなどは温め直され肉の類は安全と確認した同じ食材を焼くので、冷めた料理などはでてこないが、脂が滴るような焼きたてや鍋から直接といったダイレクト感を味わうことはない。
ゆえに真打ちともいえる茸とチーズを包んだそば粉のガレットは一番最後に取っていたのだ。
あれは正に天にも昇る美味しさ。
香しい茸に滋味にあふれるチーズの程よい塩辛さ。それを包むそば粉で作られたガレットの、ほのかな甘みと香ばしさ。これらが混然一体となって口の中を襲いかかり、しかもチーズが溶けるほどの熱々で供されるのだ。
だというのに、それだというのに!
「また、こんなところにおられた」
湯気が立つ出来たてのガレットを頬張ろうとした、正にそのとき背後から現れた巨大な機動甲冑。
建物の天井に届こうかという巨大な金属の甲冑に背後を取られたら、いかな中身を知っているレーアとはいえ驚きもしようというもの。
「ひっ!」
びっくりした拍子に手に持っていたガレットを落としてしまったのもさもありなん。そのあと泥がついて食べれなくなったガレットを手に、半泣きとなったのはご愛敬である。
一方無作法を働いたデーディリヒはというと「お迎えに参りました」と、空気を読まないことこの上なし。
市の雰囲気をぶち壊す非常識ぶりに腹が立たないはずがないが、レーアが咆えるよりも早く、もっと気が短い者がいた。
「ヒトの飯を邪魔しやがって。どっから湧いてきたんだ、コイツ!」
同じく買い食いを邪魔された翔太が非難するように指すが、残念ながら最後まで文句を言いきることはできなかった。
話の腰を折られたデーディリヒが眼前に剣を突きつけ「侍女風情がでしゃばるな!」と凄んできたのだ。
「って、うおっ!」
翔太が剣技に優れていようとも今は丸腰、さらに言えば身体は侍女のクリスのものである。機動甲冑の放つ剣に抗えるはずもなく、切っ先を避けるように2歩3歩とよろけると、腰に力が入らなくなったのか盛大に尻もちをつく。
「身の程をわきまえろ」
倒れた翔太を路傍の石のように払い除けると、デーディリヒは何事もなかったように振る舞い棒立ちのレーアの許に赴く。
「お迎えに参りました」
そのうえで膝を付いて恭しく口上を述べるが、言うに事欠いてコイツ何て言った?
「迎えって、何よ?」
「これより訓練の時間。姫には是非とも参加していただきたく、私めがこうして直接お迎えに来た次第です」
一見すると低姿勢で騎士の鏡のようにも見える。
しかし必要もないのに、わざわざ戦仕様の機動甲冑姿で広場に堂々と現れる無神経さ。それもレーアを城に呼び戻すためだけにである、機動甲冑を持ち出す理由がどこにある?
買い食いの楽しみを奪われたレーアにしてみれば腹立たしいことこの上ない。
「行かないわよ」
プイとそっぽを向くと、一言のもとに要請を拒否する。
「ワタシがどこで何をしようが、デーディリヒには関係ないでしょう!」
そもそもレーアは王女であって騎士ではないし、ましてや兵士でもなんでもないのだ。兵の訓練に参加する必要などどこにもない。
今まで参加してきたのは好奇心の赴くまま、詰まるところ己が我がまま謂わば趣味の一環である。
ところがデーディリヒは「これは異なことを」と、まるでレーアが訓練に参加しないのはおかしいとばかりに非難してきたのである。
「姫が所有するウィントレスはナの国が所有する機動甲冑、つまり我が国の剣であり盾であるのです。違いますか?」
問われれば「違う」とは言えない。
ウィントレスは国王が買い与えた、れっきとしたレーア個人の所有物であるが、彼女の身分が王女なのでレーアの持ち物=国家のものであることは否定ができない。
「ええ、その通りよ」
甚だ不本意ながらも「間違いない」と同意すると、間髪入れずに「ならば訓練をするのは当然のことではないですか?」と畳みかけてきた。
何でそうなる!
内心で「違うだろう!」ツッコミを入れて不満をぶちかますが、ウィントレスが国の財産だとの思想を振りかざしているのである。些か強引だとはいえ屁理屈ながらも筋が通っているだけに、藪蛇になるようなヘタな反論ができない。
なので返せた言葉は「今日は鍛錬場に出向くつもりじゃなかったから、何の用いもしていないわよ」と遠回しの出頭拒否の言葉。
これで察してくれれば良いのだが、デーディリヒはこのセリフが出てくることを予想していたのだろう。
「その心配には及びません」
そう言うとドロールで器用に指を鳴らし、広場のど真ん中に馬車を呼びつけたのである。
「ウィントレスは起動の支度を。この馬車は姫を最速で王城にお連れ致します」
ムダに爽やかな笑顔を見せつけると、レーアの退路をこれでもかというくらい完全に断ち切る。
もはや否とは言えず、レーアにできることといえば「分かったわよ。参加すればいいんでしょ!」とヤケクソ気味に叫ぶだけ。
レーアとデーディリヒとの舌戦は、デーディリヒが正論でズバズバと斬り込んだ結果、きゃつの圧勝で終わったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます